第5話

あれから僕は、高校生になった。校門をくぐると訪れる中学とは異なる景色、色彩、香り。この高校の校舎は、最近新しく建て直したのだろうか。まるで、僕がこの校舎の第一号かのようなそんな感じ。一歩踏み出してみると、先生たちが迎えてくれる。

「おめでとう」

挨拶ではないことに多少驚いたが、僕は、会釈をする。

「おはようございます」

こう付け加えながら。

僕は、体育館前のクラス表を凝視する。何度も何度も、僕の名前を探す。ない。まさか、僕は、合格していなかったのか。そんな絶望を感じながら。

「きみ、クラスどこだかわかった?」

不意に、誰かが声をかけてくる。僕は、隣を見ると、少し小柄な男子がいた。僕は、中学校の時の男子を思い出す。僕は、首を振る。

「名前は?」

「最上隼人」

彼は、僕の名前を聞き、真剣な眼差しで、クラス表を見ている。僕も、もう一度探してみるが、見つからない。

「あったよ」

彼は、一組のクラスを指差す。出席番号、三十四番最上隼人。僕の名だ。どうして気づかなかったのだろう。

「あれ、最上君って、僕の前の番号じゃん」

彼は、僕の番号を見て叫ぶ。それはなぜか運命かのように数字が見えた。

「僕は、八代夏樹。よかったら、一緒に教室にいかないかい?」

僕は、迷いもなく頷いた。彼は、少し嬉しそうに見えた。


 昇降口に向かうときに聞いた話だが、彼は、一時期からかわれていたことがあるらしい。そう、それは、女っぽい名前だからだ。「夏樹ちゃん、夏樹ちゃん」と何人もの同級生に言われたことがあったという。そのため、この夏樹という名前が、コンプレックスだった。しかし、ある女子だけは、認めてくれたという。

「かわいい名前だね。夏樹くんにピッタリだと思う」

そのようなことは、初めてだったため今までにない感情が沸き上がってきたらしい。

「僕は、その子と影ながら付き合ってはいたんだ。でも、女子たちの視線がきつかったらしくて一年くらいで別れたかな」

彼は、悲しそうに語っている。少しでも、八代くんに嫉妬してしまった僕が、嫌になる。

「最上くんの中学時代は?」

八代くんは、ためらいもなく僕に質問してきた。妹がなくなったこと。母親が刑務所にいること。その関係で女子と話せなくなったこと。僕は、すべてを話した。八代くんは、口出しすることなく、いやむしろ、共感できるといったかのような頷き方をしていた。


 「僕の下駄箱、最上くんの隣だ」

八代くんは、共感できる部分をもつ僕に親近感でもわいたのか、嬉しそうである。そして、なぜか僕も、笑いたくなった。こんなにもプラスの感情がわいたのは何年ぶりだろう。

僕らは、一年一組の教室があるという三階に向かう。まだ誰も来ていないのか、とても静かである。ホコリが見当たりそうにないキレイな廊下は、下手をすれば、滑ってしまいそうだ。

「あったよ、教室」

八代くんは、まるで合格発表の時の高揚感みたいに僕に教えてくる。

「みて、僕たち一番乗りだ」

僕の高校生活は、こんな感じで始まっていった。

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