第3話

あれから、数分が過ぎた。サイレンの音が、徐々に大きくなっている。僕は、また、妹を抱き締めた。


 ピンポンとインターホンがなる。僕は、その音を聴きながら、家の鍵を開ける。そこから、見える景色は、オレンジ色が輝いて見えた。

「お母さんとかお父さんは、いる?」

救急隊員の男の人が、僕に寂しげな表情を見せる。僕は、激しく首を振った。

「いまどこにいるの?……」

男の人は、僕の手元を見たっきり口をつぐんだ。


 しばらくして、数人の救急隊員の人が家のなかに入ってくる。彼らは、口には出さず、指だけで指示を出していく。

「一、ニ、三」

掛け声に合わせ、妹が担がれていく、運ばれていく。妹を救急車ないにいれたあと、あの男の人が、悩みこんでいる。

「どうしようか」

そんな独り言を漏らす。しばらくして、何か考えが浮かんだのか僕の目を見てくる。

「僕、お母さんとお父さんの電話番号を知ってる?」

僕は、なぜだか安心して、泣いてしまった。

「僕が悪いんだ。僕は、お母さんが妹を殴ったり蹴ったりしていたのを知っていながら、誰にも相談しなかった。僕が妹を」

僕の涙は、治まらなかった。今までの後悔が溢れだし、滝のように僕をとめさせてくれない。ダムさえあればいいのに。


 男の人は、黙って背中をさすってくれた。その手は、誰よりも優しいものだった。もしもこの人が、本当のお父さんならよかったのに。


 あれから、時間だけが過ぎていった。

「僕、ここに乗る?」

僕は、黙って頷いた。小学校で知らない人の車に乗らないと教わったが、そんなのは、どうでもいい。ただ、この家から、母から逃げたかった。


 僕は、とある病院に着いた。この病院は、近くの総合病院。行ったことはなかったが、名前だけは、聞いたことがあった。

「ここでまっててね」

僕は、看護婦さんに治療室前の椅子に座らされた。


 しばらくして、母が僕のところに来た。僕は、赤の他人かのように目をそらす。

「遥の体が冷たいって本当なの?」

母は、ぶっきらぼうに聞いた。義理ではあるが、娘なのに。僕は、黙って頷いた。しかし、そのあと聞いた言葉が、僕の人生を変えることなんて誰もしなかった。

「何してんのかしらね。母親を困らせないでちょうだい。あの人の娘だから、世話している


 僕は、もう、女というものが怖くなった。もし、妹が、あんなことをしなければ僕は、変わっていなかったのか。妹を死に追いやっていなければ、僕は、変わっていなかったのか。僕のなかには、あのときの後悔しか積もっていなかった。

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