02:見回りとお弁当

 翌朝ラフィが里の入り口までやってくると、外套を被り肩に弓をかけたシデが待っていた。やぐらの上ではなく下で、門柱に寄りかかっている。


「何してるのシデ」

「お説教くらった。んで団員たちを絞ったら、何人も怪しい奴が出て来てな」

「なにそれ。どうなってるの青年団」


 ばつの悪そうに言うシデに対し、ラフィは腰に手を当てて頬を膨らませていた。

 毎回そんな仕草をするので、シデとしてはついにやけてしまうのだが、首を振って誤魔化し話を続けた。


「収穫祭とかと勘違いしてんのさ。だから浮かれてんのあいつら。んで、団長直々に見直して来いって爺ちゃんが」

「それで?」

「鈍いな。この俺に十年前の詳細の記憶があって、一目で判別できると?」

「なんで偉そうなの。わかった。手伝うよ。私も気になってたし」

「助かる。流石巫女様だ」


 最後の台詞にラフィは右手の突きで応えた。三つほど違うとは言え、幼馴染のような相手に巫女様と呼ばれるのは納得がいかない。それに、今のは間違いなくからかいだ。

 しかしその攻撃もシデには簡単にいなされ回避されてしまった。青年団長として身体を鍛えるシデに、年々攻撃が通じなくなっていたからラフィとしては困る。


 そんなやり取りから世間話へ入り、昨晩のおかずから近所の噂話まで及びつつ、里外周を一周するように仕込んでいた毛束を確認していく。

 既に何か所か適当に処理された部分を発見していて、ラフィは何度も頬を膨らませていた。


 御使みつかいの白い毛は多くの魔力を含み、それだけでも弱い獣程度なら寄せ付けない効果を持っている。

 それをわざわざ里を囲うほど途切れなく敷き詰めている時点で、この祭事がいかに大きな事なものかわかって欲しいものだ、とラフィはお冠だった。


「教育、失敗してるでしょ」

「なんだかすまん。いや、俺だって祭りの詳細は知らないけど」

「長はなんて?」

「大事な祭事だとさ」


 教育にお熱なはずの長が青年団長にこれなのか、とラフィは少々呆れてしまい、その頬がしぼむ。二人は昨日のラフィのように、毛束の確認修正をしながら会話を続けていた。


「十年に一度、この辺りには猛吹雪が来るの。それに苦しんだ里の人々が、その猛吹雪に耐えるため御使みつかい様の加護を得る儀式を生み出した。それが白霊祭よ」

「なるほど?」

「……団長がこれで本当に大丈夫なのかな」

「まぁそう言うなって」


 二人は里南を出て東、北と反時計回りに調べながら進んで来ていた。そして昨日ラフィが南から一人で調べて修正してきた西の箇所へと到達した頃には日が高く昇り、昼の頃合いになっていた。


「結構かかっちゃったね」

「思ったより多かった。これは午後いっぱい懲罰もんだな」

「うん。厳しくしてやって。それでも駄目なら御使い様に懲らしめてもらう」

「それは勘弁してやってくれ。とまぁ飯は?」

「あるよ。シデは?」

「持ってきた。確か森出てもうちょい行くと丘があったよな」

「あ、うん。御使い様が来るかもしれないけど」


 二人は丘まで進み、いくつかあった岩のうち一つに並んで座る。東の方を見ても森に阻まれ里は見えないが、南西を見るとなだらかな下り坂の先に広がる森と、その中に走る川を少しだけ見ることが出来た。


 尖った木々の森は葉が落ちることなく茂り、薄らと見える山の遠景を背負ってなかなかの見栄えである。

 時折吹く風だけはいただけないが、と外套の隙間をおさえラフィは持参した弁当を取り出した。


「眺めは良いがちと寒いな」

「シデは軟弱だねー。私は毎日だからもう慣れたよ」

「本当かよ。じゃぁその被った外套外せよ」

「えー。そんなこと言って、シデも私の髪が好きなんでしょ」


「ばか言え。確かに雪みたいだなと思ったことはあるけど、それより“も”ってなんだよ。誰かに言われたのか?」

「ううん。御使い様がね。いっっつも外してきて、私の髪に鼻をつけてくるのよ。もー、こっちは寒いっていうのに」

「お、寒いって認めたな」

「あ……。もー、シデは意地悪だ」

「また頬が膨らんだぞ。飯はこれからだってのに不思議なもんだ」


 頬を膨らませてラフィは不満気である。シデはシデで楽しそうに笑いながら弁当を取り出した。

 ラフィも取り出した包みを開き、膝の上に四枚の薄くて丸い生地を取り出す。雑穀や木の実を挽いた粉を伸ばし、囲炉裏の灰に入れて焼いたものだ。


「お、ひらっこ。四枚も食うのか?」

「そっちは棒焼きかー。一本頂戴」

「駄目だ。交換なら良いぞ」


 シデの取り出した包みには焼き色のついた棒状のものが五本。こちらも穀物の粉を水で練り、棒に巻き付けて焼いたものだ。ただしひらっこと呼ばれるものより良い粉を使っている。

 雑穀や木の実の粉では成形が悪く、巻き付けたところでぼろぼろとなってしまうのだ。


「数的に交換じゃ割に合わない!」

「んじゃこれでどうだ?」


 シデが言って取り出したのは木彫りの小さな箱だった。装飾の彫られた手のひら大のそれは、上部の盛り上がった部分に孔があり紐が通され、下部に結びつけることで開かないように造られている。

 本来は重要なものを入れておくような箱だったが、シデがその紐を解いて蓋を開ければ、そこには赤茶の調味料が入っていた。


「味噌、使って良いぞ」

「本当? なら交換する。長のところの味噌美味しいんだよね。辛くて好き」

「里じゃ基本くるみ味噌だしな。あまりごっそり取るなよ?」

「それじゃ私が食いしん坊みたいじゃない」

「なんだ違うのか?」


 ラフィは答えず、差し出された平たい匙で思いっきり味噌を掻き出す。シデが慌てて何やら騒いでいたが、無視して自分の生地の上にのせ、ついでに棒焼きも一本引っ手繰ってかぶり付いた。


 棒焼きの表面はかりっとしていて中はもちもちとしている。焼き目の香ばしい中に小麦の風味がほんのりと甘みを感じさせてくれ美味しい。

 棒を持ちちょっとだけ味噌をつけてみれば、ちょっぴり辛みのある濃い味が一層それらを引き立てた。


 続いてとりあえずシデに一番下にあったひらっこを一枚渡し、その次の生地を自分で齧ってみる。粗挽きのため所々こりっとした歯応えがあるが、これはこれで。もちもちとはいかないものの、しっとりとした硬めの生地は食べ応えがあった。


 そうやってたっぷりと食事を堪能した二人がシデの持参した水筒から代わる代わるお茶を飲んでいると、視界の先。眼下の森からひょっこりと白い獣が顔を出して来た。


「あ、御使い様だ。私は御役目だけど、シデはどうする?」

「俺も坊主山の方行かなきゃだ」

「青年団?」

「ああ。竹も取りたかったが、ちと今からじゃ遠いな」


 里の周辺は葉の落ちない尖った木々ばかりだったが、少し南下すれば葉の落ちる木々が生えた坊主山と呼ばれる地域があった。冬の間青年団は狩人たちと狩猟に出たり、そうした外地に遠征したりと大忙しである。


「じゃぁまたあとでね」

「おう。御使い様によろしくな」


 里へと戻って行くシデに手を振り、ラフィは待っていた白い獣へと向き直る。獣はシデを警戒したのか坂の下から動かず、少し遠かった。

 ラフィはちょっと迷ったものの、すぐに坂を駆け下り始める。待っていようかとも思ったのだが、シデが見えなくなるまで動かなさそうだったので自分から行くことにしたのだ。


 首を伸ばし後ろ脚で立っていた獣は「きゅーい」と一声、駆け寄って来るラフィを見て四足に戻る。そして身を捩って尻尾を前へと向けてきた。ラフィは思わずににやけてしまう。

 ラフィはその気持ちを胸に一気に坂を下り切り、昨日のように尻尾のひとつに飛びついて、思いっきりふわふわとした毛並みを満喫するのであった。

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