欲が為に、意味を持つ―3―

─────

──


 そんなこんなで今日、ここ、blooMomentぶるももんへ訪れた天華。咲夜の事を聞きに来るのに、その本人がいたのではやりようがない。だから、次はいつ手伝いをするかの予定を聞き、逆にその休みを狙ってきたという訳だ。

 足しげく通い続けてきた甲斐あり、今ではもう大体のスタッフの顔は覚えている。最初から最後まで対応してくれた、この元気の良い男性もそうだ。


「お買い上げ、毎度ありがとうございます!」

「いえ………ところで、瀧本さんの事なんですけど」

「瀧本?ああ、咲夜さんが何か?」

「さ……というか、その、な、名前で呼んでるんですね……」

「? スタッフのほとんどがそうですよ?」

「……」


(……羨ましい)


 妬ましさで思わずギリリとなった口元を咳払いで隠し、気を取り直して本題へ移る。


「最近、変わった様子はありませんでしたか?どこか疲れてるようだとか……」

「……そうなんですか?」

「……いえ、私が勝手にそう感じただけで。何もないならいいんです」


 ──収穫なし、か。

 落胆の色を宿した瞳を逸らす意味も含め、天華は軽く会釈する。


「では、また来ます。あ、今日私が来た事は、彼女に言わないでいてもらえますか?杞憂であったならそれでいいですから」

「あ……!ちょっと待ってください。俺が気付かなかっただけかもしれないんで、他のスタッフにも聞いてみますよ!」

「いえ、あまり話を大きくされても……」

「大丈夫です!そういう事なら今、この店で一番咲夜さんに詳しい人呼んできますから!」

「詳しい?」

「オーナー!富田オーナー!」


 と、制止しようと伸ばしたこちらの手に気付かず、彼は早速バックヤードに入って行ってしまった。内々の質問で済ませるはずの予定が早くも狂い出し、天華は内心焦る。だがそれよりも気になるワードが……オーナー?富田、とな?


 ──『誤解させてしまってすみません。あそこ、私ン家の店なんです』


 初めて咲夜とまともに会話した時、確か彼女はそのような事を言っていた気がする。だから今の今までこの店は、てっきり“瀧本家”が運営しているものとばかり思っていた。何度かこの店に来ていれば、その内咲夜の両親にも顔を覚えてもらえるかもしれないとも。


(でも、苗字が違うのね?)


 とすると、“私ン家”とは一体どういう意味だったのだろう?もしかして二世帯住宅とか?訳あってどちらかが旧姓を名乗っているとか……


(……駄目ね、私。本当に全然知らない、瀧本さんの事。もっとあの娘を深く知りたいのに……)

 

「……オイ、何だうっせえぞ。客にメーワクだろが」

「──!?」


 初めて聞くハスキーボイスに視線を移した天華は、思わず半歩後ろに下がる程ビクついてしまった。何故ってそれは、現れた人物の風貌が少々──いや、実を言うとかなり──恐しかったからである。

 長身。短眉。強面。ワックスでガチガチにキメられたオールバックの短髪に、ピアスホールのある両耳。その引き締められたガタイがもしパティシエ服に包まれていなければ、間違いなくTHE•不良──いや、ヤンキー……もしかしたら893……?とまで思っていただろう。そしてそのアンバランスさがより一層近寄りがたさを増幅させている。……失礼極まりないが、正直な第一印象はそれだった。

 いや本当に、見た目のイメージだけならヴィンテージもののバイクなどを嗜んでいそうな厳つい成人男性である。とは言え“何となく”で判断される憤りを誰よりも知っているので、これ以上とやかく考えるのは止めたが。

 ……でももし、前情報無しでこの人をパティシエだと見破った人がいれば、全力の拍手と共に金一封を差し上げてもいい、とは思った。


「……らっしゃい。すまねえな、騒がしくしちまってよ」

「い、いえ」

「あっ、ビビりますよね、オーナー!俺も面接ん時チビるかと思いましたもん」

「おらっ!いいからお前はさっさとフロアに戻れ」

「うーす!」


 外見通りの乱暴な言葉遣いと、無愛想な表情。けれど今の打ち解けた風なやり取りからして、もしかしたら見た目程怯える必要もないのかもしれない、と天華はすぐに思い直した。であれば……と警戒心を幾ばくか落ち着かせ、まずは常日頃の感謝から伝えてみる。


「お……お忙しいところ、わざわざすみません。いつも美味しいケーキをありがとうございます」

「おお、若えのにしっかりしてるじゃねえか。こっちこそありがとよ。これからもよろしく頼む。で?話ってのはそれか?」

「た……。……咲夜、さん、の事でちょっと」

「……あ?何でここでアイツの名前が出てくる。ウチのサクの何なんだ、嬢ちゃん」


(“サク”?可愛い!そんな愛称があるのね!)


 うっかり綻びかけた頬を引き締め、真面目に、本当に真剣に答える。


「私は、神楽坂女子二年、竜峰天華と申します。咲夜さんは生徒会の後輩です」

「ほお、そうかい。俺ぁ、富田虎由。ここの店主で、サクの叔父だ」

「……! 叔父様でしたか。道理で……」

「……似てねえってか」

「え!そ、そうではなく、苗字が……」

「ああ」


 ──全然似てないのは確かだけれど……

 と心の中だけで呟きながら、虎由の鋭い眼光が更に細められたように見えたので、いち早く話題を元に戻す。


「……それで、私の思い過ごしだったらいいのですが、最近、どうも彼女に元気がないように見えるんです。富田さんは、何か心当たりはありませんか?」

「………レイも似たような事言ってたな」

「レイ?」

「あ、いや……情けねえ話だが、俺はアイツと……あー、生活リズム?っつーのか?がいまいち合わなくてだな。たまの休みくらいにしか顔合わせられねえんだ。だからっつー訳でもねえが、俺にはわからん。すまねえ」

「そうですか……」

「だがな、ウチのモンが嬢ちゃんとおんなじような事言ってたんだよな。ソイツの目は信用できる。となると………」

「じゃあ、やっぱり……!」


 ようやく掴めた手掛かりに安堵するも、嫌な予感が当たっているのであればそれは決して喜ばしい事ではない。天華は軽く俯き、次に出るべき手を思案し始める。


「ありがとよ、気に掛けてくれて」

「はい……?」

「サクの事だ。こうなったら俺も何とか時間作ってみっからよ。嬢ちゃんはこれまで通り、アイツと仲良くしててくれや」

「……え」


 声が漏れた。露骨な反応をした自分に、誰より自分自身が一番愚直であると感じる。


「何だ?」


 不思議そうな様子の虎由。それはそうだろう。ただの先輩がこれ以上、ただの後輩に何をしようと言うのか。

 こうして店先にやって来てくれただけでも充分だ、と虎由の目が語っている。きっと天華も、もし彼の立場ならそう思ったに違いない。

 だけど。でも!

 ここで引き下がっては、意味がない。ただの先輩と後輩で終わらせる気なんてさらさらないのだから……!


「あの……!差しでがましいようで恐縮なんですが……私にも、何か出来る事はありませんか?あの娘の支えになりたいんです、私も──いえ、私こそ、が……!」

「………お前、まさか」


 胸を張ってあの娘と並び立つ為に、臆せず前へ行こうと決めた。その決意の一角を見せた途端、虎由の雰囲気がスッと変わった。

 言うなれば今までは、娘の学友に接する父親といった感じだったのが、これではまるで───


「言っとくが……咲夜は、俺の姪だ。だが、共に暮らしている以上、俺の家族で、大事な娘だ。つまり、俺は親父って訳だ。わかるか?わかるな。だから──もう一度だけ聞いてやる。お前は……アイツの、何なんだ……!?」


 ───まるで、じゃない。どこぞの馬の骨に娘を奪われまいと肩を怒らせる、父親の態度そのものだった。


 『娘さんを僕にください!』

 『お前なんぞに娘はやらん!』


 いつの間に知っていたのかも覚えていない、あるあるなドラマの台詞。それが天華の脳内に浮かび上がった瞬間、身体中から滝のような汗が吹き出した。下手をすれば今ここで、何もかもが決まってしまいかねない境界線。そこに立っている事を悟り、緊張と恐怖で体が震えた。失敗──?そんな事は到底許されない。


 たった数瞬の間に、天華は歯を食いしばり、カッと目を見開いた。そして自身の胸を……手のひらで、思いっきり!ばしん!と叩く。

 大事な時に脅えるような心臓なんて要らない。

 それくらい、それこそ、死んでもいいくらい。──欲しいのだ、咲夜が!


「私は───あの娘の、“運命”です!」

「…………くは。ははっ……くははははは!」


 地底から沸き上がるかのような、豪快な笑い声。それが天華には、まるで巨大な虎が咆哮を上げているようにも視えた。店内にいる全ての草食動物達が、何事かと遠巻きに自分達を見つめているのを気配で察する。


「運命!運命だあ?しかも嬢ちゃんにとってサクが、じゃなくて、嬢ちゃんがアイツの運命とはまた大きく出やがったなこりゃ!くはは、そんでよくもまあこの俺を前に……上等だコラ」


 ぎらり。……恐らく彼は、また笑ったのだと思う。腕を組みつつ目尻が僅かに下がり、鋭い歯が光って見えたから。人相さえ悪くなれけば「きらり」とした笑みだったかもしれないけれど。


(……あ)


 その時天華はふと、そんな虎由の姿に既視感を覚えた。今の言われた言葉と、その勝気な振る舞い方は………そうだ、あの時。咲夜と例の勝負を始めた時の───!


 ──『やっぱり主人公は、私しか有り得ない。他でもない、自分の人生だから』

 ──『………上等!』


 ほら、そっくりだ。その闘志に燃える目なんて特に!


「………あの。凄く似てますね、富田さん。瀧……咲夜さんと」


 なんて、素直に感想を伝えてから、「あ、しまった」となる。話に脈絡がなさすぎた。急に何言ってんだ、そんな事今はどうだっていいだろ、などと怒らせてしまったらどうしよう。


 しかしそんな天華の焦燥は、コワモテ店主からの意外な一言で片付けられたのだった。


「…………何か食ってくか?」

「……えっ」

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