己が為に、刺はある―1―


 さて、突然だが。物語とはすなわち、料理である。


 カレーライスを作るのと同じで、地盤となるストーリー、魅力的なキャラクター、アッと驚くアイディアなどの具材を使い、執筆者が調理を行い完成するのだ。

 語彙力を炒め、知識を煮込み、構成力で盛り付ける。経験を積めば積む程その腕は磨かれ、いずれより上手く、より美味い作品が出来上がって行く事だろう。

 そしてある時、ふとこう閃く。そうだ、一度レシピにはない事を試してみようではないかと。普通なら明かして当然の何かを、たまには隠して作ってみても面白いんじゃないかと。

 そうして出来上がった、いつもとは一味違うメイン。それらを振舞われた客人は次々に絶賛した。この味の深みは何だ?今までと何が違う?気になる、答えを知りたい………客人らは味の秘密を追い求め、何度もその料理人の元に足を運ぶ事となる───。


 料理で言う隠し味を人間に例えるなら、それは恐らく“嘘”や“謎”の類を指す。故に皆、一つくらい秘密を抱えて生きてみた方が、案外魅惑的になるのかもしれない。


 綺麗な花にも棘がある。

 物語にも、意外なるスパイスを。


 そう……例えば。辛さが売りのカレーライスに、甘い甘い、蜂蜜が溶かされているように─────。

 

──

─────


 一人の少女が、全力疾走している。それはそれはもう、無我夢中で猛ダッシュしている。もしこの場所が、雲一つない快晴の陸上コースで、彼女の右手にバトンの一つでも握られていれば、さぞかし心象は違っただろうが……残念ながらそのような青春要素は皆無である。

 走り抜けた風圧で「廊下は走らない」と書かれたポスターが剥がれ飛んだ音が後方から聞こえた気がしたけれども、申し訳ない、それでも今はどうしても足を止める気になれない。

 

「な……何だったんだよ今のぉ!?」


 それは、件の少女── 一年B組、出席番号十八番の華の女子高生──咲夜の絶叫が校内に木霊した事以外は、至って爽やかでしかない朝のドッタンバッタン脱走劇であった。





 【瀧本咲夜】。五月十七日生まれ、O型。内巻きにしたミディアムボブ、低めの身長、まだ制服に着られているといった様子の可愛らしい、どこにでもいそうな平々凡々の少女。周囲のほとんどは、彼女への第一印象に“守りたい女の子”と選ぶらしい。

 だが、そんなイメージとは裏腹に気さくな性格で、協調性もあり、それでいて求められればハッキリ自分の意見を述べられる、意外な芯の強さもある。言わば、誰とでもすぐ仲良くなれるタイプの人間である。


「あっぶないギリギリセーフ!おはよー!……ございます」

「はい、おはようさん」


 と、慌ただしく教室に飛び込んだ咲夜を出迎えたのは、教卓にてにっこり笑った担任の【加島紫乃】先生だ。冗談好きなのがウケたのか、生徒人気が高い若教師である。

 壁時計を見上げれば、時刻はピッタリ八時半。見渡せば学友達は皆既に着席しており、各々くつくつと喉を鳴らしたり、肩を震わせたりなどしている。そんな彼女らを少々恨みがましく思いながら、咲夜もとりあえず笑ってみせた。ニコリ。


「……瀧本さん?」

「ち、違うんですよ、先生。ちゃんと校内にはいたんです」

「うーん。そうは言ってもね、出席を取るのは教室なんだから……」

「だ、だって……ずっと捕まってたんですもん、仕方なくないですか?」

「捕まってた?どなたか、先生に?」

「あ、いえ……あー」


 思い返すは、意味不明なレベルの美女に意味不明な言い寄られ方をされた何もかも意味不明でしかない先程のアレコレ。印象の強いいくつかの場面が走馬灯のように蘇り、またもや顔から火が出る思いに苛まれる咲夜であったが、それと同時に「何でアタシがこんな目に遭わなきゃなんないの」とこっそり理不尽に感じ始めたので、ブツブツと唇を尖らせて答えた。


「じゃなくて、生徒会の……スカーフが赤かったから多分二年生……竜峰、とかいう」

「え、竜峰さんに?」


 意外そうに聞き返した担任に少し驚きながら、知ってるのかという目でコクコクと頷く。すると何故か、その名に反応したらしき何人かのクラスメートも興味ありげに注目し出したではないか。


「え…………!? や、ただほら、その……あっ!そう、昨日、竜峰先輩、ウチの店にお客さんとしていらしてですね?」


 予想外の展開に慌てた咲夜は、馬鹿正直に全てを───話せる訳がないので、咄嗟に思い付き且つ、絶好の言い訳を双方へ話し出した。


「お互いここの生徒だって知らなかったから、さっき校門のとこで再会した時、竜峰先輩、てっきり私がバイトしてるんだと思ったらしくて。だから、誤解を解いた後に軽い世間話をしてたらいつの間にかこんな時間に……すみませんでした」

「……なるほどねェ、よくわかりました。お話するのは構わないけど、次から時間には気を付けるのよ?さ、席に着いて」

「はぁい」


 そんなこんなで。その一日の始まりはいつもより少し賑やかなものになったとか、ならなかったとか。





『はい!初めまして、瀧本咲夜です。最近引っ越して来て、今は親戚の家にお世話になってます。あのー、【blooMomentぶるももん】って知ってますか?……あ、そう!商店街の。ありがとー!そう、そのケーキ屋さんです。オマケしとくよう言っておくんで、仲良くしてくださいな!よろしくお願いしまーす!』


 と、新学期恒例の掴みバッチリ☆自己紹介から早数日。少しずつ友達の輪が広がって、慣れない土地ながらも咲夜のSixteen My Dream(今はまだFifteenだが)は好調な出だしを切った。


 はずだった。

 ……少なくとも、今朝までは。



 ──『要は、証明出来ればいいんでしょう……?』

 

「……!」


 数分前に起きた爆弾宣言の一連を思い出し、頬っぺたをつねる。痛い。夢じゃない。……熱い。夢じゃない……。

 ああ、とんでもない事になってしまった、と、咲夜は心の中でがっくり項垂れた。悪い癖だ。カッとなるとつい後先考えずに行動してしまう。でもだからって、上級生相手に啖呵を切るのはいくら何でもやり過ぎだろう。…………その後のワケワカラン返しの責任は放棄するけれども。


(……最悪だ。変わろうって決めたのに)


 後悔から、ぐっと唇を噛む。と、左側から声を掛けられたのに気付き、咲夜は顔を上げた。どうやらいつの間にか朝のホームルームは終わっていたらしい。


「咲夜ちゃん、もう部活決めたぁ?」

「部活?ああ、そういえば今週が締め切りなんだったっけ、入部届け」


 【仲西あずさ】。のほほんとしたタレ目のポニーテールガールである。


「そうそう」

「それさ、実はもう出してあるんだ。入りませんって」

「え、そうなのぉ?」

「うん。お店の手伝いがあるからね」

「あ……そっかぁ。うーん、残念」

「えー?はは、何で?」

「生徒会に入らないのかなぁって思ったから」

「……何で?」


 突然のキーワードに目元がヒクついた。


「竜峰先輩とお話したんでしょ?いいなーって思わなかった?」

「へ……?」

「あの人、すっごくモテるんだよ。頭も良いし、気品もあるし、美人だし!ファンクラブもあるんだって。知ってたぁ?」


 知らんがな。 と、危なく喉まで出かかった言葉を飲み込み、あくまで感心顔を突き通す。


「……へ〜〜、そうなんだ……知らなかった。確かにその、凄く綺麗な人だなーとは思ったよ」

「やっぱりぃ!?」

「わっ!」


 興奮気味にずいっと顔を寄せられ、咲夜は反射的に身を仰け反らせる。キラッキラに目を輝かせるあずさはどうやらかなりのミーハーというか、いやもう既にファンクラブ会員だったりするのでは?と咲夜は少々呆れてしまった。


「ああ、いいなぁ……私も間近でお会いしてみたい、竜峰先輩……」

「……だったらにっしーが入ればいいじゃん、生徒会。そしたら見放題っしょ?」

「駄目だよ!そんな不純な動機で神聖な生徒会に入ろうだなんて!」

「え、あ、ごめん」

「それに実際目の前にしたら人でいれる自信ないし……」

「人でいれる自信」

「だから代わりに咲夜ちゃんにレポートしてもらおうと思って」

「充分不純だよね?」


 ジト目で友人を睨みつけ、やれやれと一限目の準備に取り掛かった咲夜に、尚もあずさは食い下がって。


「でもでも私、ほんとに、結構向いてると思うよぉ?咲夜ちゃんって何でだか目が離せないけど、実は結構みんなの事よく見てるじゃない?気配りさんなのかな?」

「……さぁ、自分じゃあんまわかんないけど。いやいや、だからやんないって。てか、やれない」

「そっかぁ……惜しいなぁ。内申点もかなりいいらしーのに……」

「……」

「お?今ちょっと惹かれた?惹かれたね?」

「惹かれてないってば!」


 少々顔に出やすい所は、他人からすれば中々可愛い一面かもしれない(※本人は気にしているが)。

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