第1話 ファーレシア

――ニ年後


「「「「「キャハハハハッ!!!!」」」」」


「コラーーーッ! 待たんかい、クソガキ共! それは――ハァ、ハァ……今日の晩飯だぞーーー!」


 所々に麦畑や野菜畑、家が点在し、遠景には山々が広がる簡素な村。

 その村の中に一見すると廃屋と見間違う程ボロボロの教会があった。

 その教会の周りを皿に盛られた芋のコロッケを抱えて駆け回る子供達と、それを追い掛ける理真の姿があった。


 理真は穴の中で気を失った後、豊穣の女神ノンナを奉るこの教会の孤児達が、好奇心で洞窟の穴の中を探険していた際に偶然発見された。

 そして教会を預かる神官やこの教会のあるティカ村の人達の手によって救出されたのだった。

 洞窟は理真が救出された直後、まるでそれを待っていたかのように崩れてしまったという。


 救出された当初、理真はここの人々と意思疎通が出来なかった。

 日本語が通じなかったのだ。

 何とか自分の意思を伝えようと相手の言葉を懸命に聴き取り言葉を覚えた。

 その努力の甲斐あって、今では日常会話と簡単な文章の書き取りくらいは熟せるようになっていた。 


「リシェン」


 理真に向かって呼び掛ける女性の声。

 ここでは理真はリシェンと呼ばれていた。

 理真の名前が発音し難いらしく、そのため間違った呼び方が定着してそうなってしまった。


「ごめんなさいね。 あの子達、相手してくれる人が居てくれて嬉しいのよ」


 灰色の神官服の出で立ちで、若く美しく、銀髪を編んで後ろで纏める――所謂しょいシニョンにした女性が理真――リシェンに話し掛けてきた。

 この教会を預かり、リシェンを助けた神官のレイニィ。

 歳は今年で十九になる。


「いや、その…慣れたから……」


 レイニィの金色の瞳に見詰められ、しどろもどろで答えるリシェン。

 今、リシェンはこの教会で世話になっている。その代わり、この教会の雑用仕事を一手に引き受けていた。


 何せ世界が違うのだ。

 元の世界に帰る方法も分からない。

 そもそもこのまま戻れずとも困らない。

 両親は既に亡く、身寄りもないのだから。


 それよりも親愛以上の好意を寄せているレイニィの側にいられる方がずっと嬉しい。

 リーシェンも男。

 美人には弱かった。


「あなたももう十五の成人、スキルカードを授かる歳ね」


「うん……」


 神官であるレイニィの話ではこの場所――この世界の事を人々はファーレシアと呼ぶ。

 そしてこのファーレシアには、人間以外の種族がいる事と、マナという万物の源が存在していて世界を満たしている事を知った。


 実はリシェンが住む地球では、リシェンが生まれる十五年以上前に新エネルギーが発見されており、それがマナと命名されていた。

 そのマナは、今ではクリーンエネルギーとして世界中で使われている。

 ただし、この世界のマナと地球のマナが同一のモノか、確認しようがないのでリシェンにはサッパリ分からない。


 ただこの世界では、そのマナの影響で、生き物はスキルカードというものを授かり能力――スキルに目覚める。


 その事について、リシェンには気掛かりがあった。

 自分はこの世界の住人ではない。

 果たして、自分はスキルカードというものを授かるのだろうか?


 そして、もう一つ――


「どうしたんだい、リシェン? 浮かない顔して」


 リシェンが考え事をしていたそこに、この村の村長の息子であり、この世界で初めてリシェンの友人になった、爽やかな笑顔が良く似合うイケメン――ウィロが野菜の入った籠を背負って訪ねて来た。

 年齢はリーシェンと同じく十五だ。


「あ、ウィロ」


「「「「「ウィロ兄ちゃーん」」」」」


「ハハハ、汚れた手で触るのは、流石に勘弁して欲しいんだけど……」


 服をペタペタと泥だらけの手で遠慮なく触りまくる子供達に苦笑いで懇願するウィロ。

 教会の孤児達はリシェンが来る前はウィロに一番懐いていた。


「ゴメン、ウィロ」


 リシェンはウィロから子供達を引き剥がす。

 だが、時既に遅し。

 ウィロの服はもう泥まみれだった。

 いつもの事と諦めて、ウィロは背負っていた籠を下ろす。


「これ、家の畑で取れた野菜。 皆で食べて」


「いつも有難うね。 ウィロ」


「困った時はお互い様だよ、レイニィ。 それにこの村――ティカ村で唯一のお医者様でもあるんだからさ。このくらい当然だよ。 と、言うか、これくらいしかお礼出来ないんだけど。 あ、そう言えば! 今年の成人式って、リシェンもだよね?」


「うん」


 ファーレシアでは人は十五で成人とみなされる。

 それはスキルカードというモノが体の中から出現する年齢だからだ。

 成人した子供達はそのスキルカードに刻まれたスキルによって職業の適性を知り、将来の進路を目指す。

 

 そんなリシェンのもう一つの気掛かりは、成人すると独り立ちしなくてはいけなくなる。

 そうなると、この教会にはもう居られない。


(嫌だ! 大好きなレイニィと離れたくない!)


 ここ数日間、どうすればレイニィと一緒に居られるかをずっと考えていたリシェン。


(最終手段は……だけど、それもスキルカードとスキル次第……。 ああ、どうすれば良いんだよ!)


 一人苦悩するリシェンであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る