白音と麻由の邂逅

「は、初めまして」


「……初めまして」


 半分腰を引かせながら白音がペコリと頭を下げた。 まるで謝罪しているかのように……。

 

 だがそう見えてもしょうがないかもしれない。  


 眉を吊り上げた麻輸は何故か不機嫌そうに表情を固くしているのだから。


「ま、まあ……挨拶はそれくらいにして……乾杯しようか」


 居心地の悪い空気を和ませようとしたところで、


「わ、私……お酒取りに行って来ます!」


 アタフタと白音は行ってしまう。

 

 に、逃げやがった……あいつ!


「…………」


「い、いや~て、照れてるのかな~?」


 冷たい視線から目線を逸らそうとするが反比例するジリジリと焼かれる目で見られているのを強烈に感じている。

 

「友人って女の子だったのね」


「あ、ああ……まあな。 言ってなかったっけ?」


「聞いてないわね、そしてあんたが私に一言も相談無く会のメンバーにしたこともね」


「い、いや……色々忙しかったみたいだ……からさ」


 きっと視線を向けて詰め寄るように距離を詰めてくる。


「一応貴方には私のメルアド教えておいたわよね?そりゃくだらない内容だったら怒るだろうけど……こんな大事な事を勝手に決めることなんてないじゃないの」


 やはり麻輸の機嫌が悪い原因はそれか……。 確かに彼女が機嫌を損ねるのは理解できるが、それでも少し怒りすぎなんじゃないだろうか?


「それにあいつと勝手になんだかよくわからない約束もしたらしいじゃない。一体どんな内容なのよ? それって」


「い、いや……まだ。 そのときが来たら教えるって」


「ハアッ? それじゃ白紙の委任状じゃないのよ、あんな胡散臭い男を信用するなんて本当に馬鹿じゃないの?」


「い、いや……芳樹さんだけじゃなくて、洋子さんや明さんとも……」


 それを聞いて心底飽きれたように黙りこんでしまう。 一呼吸置いて大きく溜息をつく、


「それこそ信用できないわよ。あんたも見てたはずでしょ?あの女は芳樹がそうだといったらなんでもキャ~スゴイ!とか言ってOKするようなアホで、明さんはなんだかんだ言ってもあの男の立場に立つわよ、そもそも三人ともあいつの身内じゃない」


 ……言われてみれば。 冷静になってみれば人柄はともかく、あの二人が芳樹さんに対して不利になるようなことを言うわけが無いし、するわけがない。


 やはり俺、まずいことしたんだろうか?


「まあとにかく過ぎたことはしょうがないわ……本当に馬鹿だとは思うけどね」 


 白音のお披露目は先が思いやられてしまう程に最悪に始まった。


 どうしてなのかはわからないが、麻輸の機嫌が最高潮に悪くなってる。


 とにかくは酒を飲まそう。 白音もそこそこ飲めるし、麻輸は酒も好きだ。 日本人ならやはり仲良くなるならアルコール。

 

 いわゆる飲ミニケーションってやつを駆使すればきっと打ち解ける……はずだ。


「も、持ってきました~!」


 俺がコーディネートした服と慣れないパンプスでヨタヨタと戻ってくる。 


「お、お~!戻ってきたか、それじゃかんぱ……白音、それなに?」


「はい!さっき飲んだんですけど美味しかったんでまた頼んじゃいました!」


 先ほどよりもやや顔を赤くした彼女が持っているグラスには透明な液体、しかし強いアルコールの香りが鼻を刺激する。


「ショットガン……つまりウオッカね」


 さっきまでは底が無いと思っていた麻愉の瞳がさらに冷えていく。


 ウオッカ……アルコール度数 70パーセント。 ちなみに火を近づければ点火するほど強い酒だ。


「い、いきなりなんて……白音は飛ばすな~! と、とりあえず乾杯しようか?」


「ええ……乾杯」


「乾杯~!」


 チンとグラスを軽くぶつけながら酒に口をつける俺達。


 と、とりあえず……アルコールパワーで二人の仲を取り持たないと……。


 そう思っていた俺の目の前でゴクゴクと白音がウオッカを飲み干す。

 

 絶句する俺と麻輸。


「これ美味しいですね~」

 

「ま、まあ確かに一気に飲み干すもんだからな……これって」


「そうね……扱い方も知らないと自分を撃って死ぬという意味もあるらしいわね」


 うわっ、凄えイヤミ。


「へ~、そういう意味もあるんですね、これ。 おかわり貰ってきま~す」


 そしてこいつはそれに気づいてねえ。


「……あの娘、大丈夫なの?」


 ルンルン気分で酒(アルコール度数70%)を取りにいく背中を見送りなら表情を渋らせている。

 

「大丈夫……かな~?」


 胸を張って答えたかったが視線を逸らしてしまう。


「本当にだ・い・じょ・う・ぶなの?」


「そ、その……やっぱり不安……だから、助けてもらいたい……かな~」 

 

 無理やり視線を自分に向けながら責めるような麻輸の瞳に見据えられてしまうと、誤魔化しが出来ない。


 なのであっさりと降参してしまった。


「ふふん、まだ頼りないわね。 そりゃ貴方が決めたことだからどうにかしてやりたいとは思うけどね……でも」

  

 とたん、ガチャリと言う音と、意外に通る声で「ごめんなさ~い!」という声が 

響いた。 


 もちろん白音が酒のグラスを落としたのだ。


「かなり骨が折れるわよ?」


「ま、まあ……大丈夫……だと思うから、ちょっとい、行って来る!」


「あっ!ちょっと!」


 駆け出しながら、これでまた機嫌が悪くなるんだろうなという予測は出来たが、それでも駆けつけずには居られない。

  

 まったく世話のやける女だ。 


 ふと何故だか先ほどの麻愉の顔が思い出される。 それはきっと俺も彼女と同じ顔をしているからだろう。 


 仕方が無いなと少し嬉しそうに……。


 その後の結果だけを言うと……この日は大失敗だった。 色々な意味で。


 しばらくこの日のことを後悔することになったが、いま思うと俺と白音、麻愉、三人の未来を決定付けた日でもあった。

 

 良くも悪くも……だが。





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