第2話 ガイダンス

「……えーっと大滝くん? 元気があるのは良いんだけど何故扉を壊すのかな」


 まるで割れ物を扱うように慎重に俺に尋ねてきた。

 何をしでかすか分からないタイプの生徒だと思っているのだろうか。

 その通りだが。


「すまん。押すタイプのドアだと思ってたんだ」

「……いやどう見ても引き戸だよね?それからだとしても蹴り上げることないよね?」


 若い女教師の笑顔がみるみる引きつっていく。


「蹴り上げるタイプのドアだとおもっ……」


 言いかけてやめる。女の額に血管が浮き出たような錯覚を覚えた。


「若き日の衝動ってやつだ。許してくれ」

「はあ……問題児ばかりだと聞いてたけどこんな子がいるなんてね…あとで反省文書いておくように」


 反省文……嫌な単語が聞こえたな


「おい聞いてんのかお前、反省文書いとけよ」


 俺は近くにいた気の弱そうな男子生徒に擦り付ける事にした。


「え?ボク?」

「君に言ってるんだよ? 大滝くん」


 女教師は笑顔を張り付けたままワナワナと震えだした。


「どうした、震えてるぞ? アル中か? それとも生理でもきたのか?」


 ブンッ!!

 鋭い右ストレートが飛んできた。

 俺の人中を的確に捉える。

 女の癖になかなか良い拳持ってやがる。


「ま、避けるまでもないがな」


 この程度俺にとってはノーダメージだ。


「鼻血出てるよ」

「うるせえよ」ゴッ


 俺は生意気な口を利く気の弱そうな男子生徒の頭を殴った。

 俺がかっこよく決めたのに台無しじゃねえか


「コラコラ、学園内で暴力は禁止です」


 ん?今俺が教師に殴られたのは気のせいか?


「まあいいわ……大滝くん、とりあえず席に着いて。今学園について説明していたところだから」

「わかった」


「どうせそのうち嫌でも優等生演じるようになる……」


 女教師がボソっと何かつぶやいたようだがうまく聞き取れなかった。


「なにか言ったか?」

「なんでもないわ」


 そいつはすぐにまた貼り付けたような笑顔に戻った。


「俺の席はどこだ?」

「大滝くんの席は柊さんの隣ね。それからその口調は教師に対してどうなのかな?」


 俺は教師の言葉を無視して、柊とやらの隣にズカッと腰を下ろした。

 席は窓際の一番後ろだ。寝てるのが目立たないなかなか良い席だな。


「ん?」


 なにやら隣の女は俺の顔をじーっと見ている。

 机に置かれた名前のプレートには『柊冬美』と書いてあった。

 綺麗な長い黒髪に前髪をピンクのヘアピンで留めたその女は、清楚という言葉がよく似合う。

 客観的に見て、かなり可愛い部類の女だった。


「なに見てんだよコラ」

「ご、ごめんなさい!」

「コラ! 女の子を怖がらせない!」


 怖がらせたつもりはない。俺は人を怖がらせるのは嫌いなんだ。


「はあ……今調度話し始めたところだから一から説明するわね」


 女教師は俺に対して再び溜息をつくと話し始めた。


「私はこのクラスの担任を受け持つ事になった森田京子です。よろしくね。」

「おう。よろしくなタモリ」

「そうそう。このクラスの担任受けてくれるかな?いい○もー!って感じで……って違うわ!」

「…………」


 俺が何も言わないでいるとオホンと一つ咳払いして


「えー、この学園は大滝くんのような問題児を更生させて社会へ送り出すために作られました。勉学だけではなく、ここでは様々な職業訓練を行っていて、ここで作った部品が工場で実際に使われてたりもするんですねー。」


 なんかむかつく喋り方だな


「他にもですね。この学園では農業を営んでおり、そこで生徒のみなさんには実際に植物を育てて貰ったりします。わーやったねー!すごーい!」

「えー、更には……」


 長いので割愛すると、要するに俺たちは、職業訓練という名目で学園の小銭稼ぎの手伝いをさせられるようだ。

 俺たちが普段生活するのは、学園の裏にある学生寮で、二人部屋での共同生活となるらしい。

 食事は決まった時間に食堂で得られ、風呂は男女別で共用の大浴場があるようだ。


「そしてそして、あなた達生徒みなさんが思いっきり学園生活をエンジョイできるように学園からは様々なイベントを提供していきます!楽しみにしててね♡」


 はぁん……イベントねえ……

 この学園にも学園祭やら体育祭といった行事のようなものがあるんだろうか?


「それでは、以上でガイダンスを終わります。何か質問ありますか?」


 どうやらこれで森田の長々とした説明は終わるようだ。

 俺は何やら聞きそびれた事がいくつかあるような気がしたが、また話が長くなりそうだから黙っておいた。


「あ、大事なこと言い忘れてた。」

「まだあるのかよ……」


「この学園では月に一度、嫌いな生徒や苦手な生徒の名前を紙に書いて『投票』してもらいます。最も票を集めた生徒は公表されるので皆さん気をつけてくださいねー」


 森田は最後に今日一番の笑顔でそう付け足した。


「は?」


 周りの生徒達も同じような表情をしていた。

 周囲がざわつき始める。


 なんだって……?嫌いな生徒の名前を紙に書いて投票?

 しかもそれを公表するだって……?

 そんな『公開処刑』みたいな真似して何の意味があるんだ……?


 外を眺めると空を暗雲が覆いパラパラとした雨が降り始めていた。

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