名前も分らないソレ

カゲトモ

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 目の前を一組の親子が笑顔で横切って行った。

「えっ、あの人って子供さんいたんですかっ!!」

「ん、なによぉ、知らなかったの?」

 惣菜屋の女将、カオリさんは大げさなリアクションで返して来た。

 そうだよ、知らなかったよ。あの美女に子供が居たことなんて。だってそんな感じ全然しないんだもんよ。

「確かにねぇ、小暮さんの奥さんって綺麗だし若く見えるから子供が居るようには見えないわよね」

「え、小暮さんって言うんですか」

「え、知らないの? 小暮楽器の奥さんよ」

 知らないもなにも、たまに商店街で見掛ける美人だとばかり。そうか、楽器屋の奥さんだったのか。確かにピアノとか凄い弾けそうな感じするもんな。いつも見掛ける度、そう思っていたし。

商店街の女将たちとは少し感じの違う、大きなつばの帽子とか白いワンピースとか似合いそうなあの感じ。長い黒髪とか少し切れ長な瞳とか、上品で儚いあの人にまさか子供が居るなんて。しかも小学低学年くらいの。

「サキちゃん、あ、小暮さんの奥さんサキちゃんって言うんだけど、あの子凄く綺麗だからねぇ、うちと同い年の子供が居るようには見えないわよね」

「え、そうなんですか」

「ちなみに私とサキちゃんも同い年なのよ」

「え、そうなんですか!?」

「なによ、どういう意味?」

 いや、どういう意味って。だってカオリさん、ザ・母ちゃんって感じなんだもん。あの人とタイプが違うから、カオリさんだって若いだろうけどなんか年齢が一致しないっていうか。納得いかないと言うか。

「結婚して婦人会に入ったのが同じ年で、その時同世代の人があまりいなくてね。あの時からあの子はずっと変わらなく綺麗なのよ。私なんかブクブク太っちゃったってのに」

 あは~、反応に困るやつぅ。

「でも本当にびっくりしました。全然知らなかったから」

「そう? 結構有名よ。楽器屋の女将なのに全然楽器がダメだって」

「え、あんなにピアノが弾けそうなのに?」

「弾けそうなのに、ね」

 ふーん。

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