第19話

 会見は昼頃からなので、午前は偵察と下準備に当てた。

 私の仕事は場所取りと足場固めだ。乱入といっても、エリンがわざわざ会見場のど真ん中に現れるわけにもいかないので位置関係は実地で少し吟味する必要があった。

 コルベ家とヴァール社の私兵も当然警備はするだろうから、あまり陣取られたくない位置には不審さ満点の書き置きを残してきた。嫌がってそのポイントを外してくれれば御の字なのだけど。

 ・・・・・・しかし、完全な単独行動というのも随分久しぶりだったなぁ。


 会見まで後1時間という頃になって、待ち合わせ場所にしていた街の往来に戻る。

 ゼルとエリンは既に来ていて、私の姿に気付いたゼルが手を振ってきた。振っている手の反対側には何か買い物袋のようなものを抱えているが、あれはなんだろう。

「お待たせ」

「おかえり。俺も今戻ったばかりだけど」

「おかえりなさい。問題はありませんでした?」

 エリンの問いに頷く。誰かと鉢合わせることもなかったし、陣取る場所も決めた。

「こっちも問題ないよ。あ、エリンのお姉さんは他の人と一緒に捕まってたけど」

「え。何やってるんですかあの人」

 ゼルはバイエル家に潜入して状況を確認する手筈になっていた。

 コルベ家に制圧されて警備は厳しいはずだが、ゼルの隠密はその程度まるで意に介さないらしい。

「折角だからちょっと話聞いてきたんだけど、捕まったのは昨日らしいよ。それまでは色々画策してたみたいで、それこそ今日の会見の形式は彼女が裏から上手く誘導したらしい。だから今日俺たちがやろうとしてることも自分でやるつもりだったみたいだけど、結構動き回った分目をつけられて逃げ切り損ねたんだって」

 聞いてきたって。バイエル家の人たちはどういう状態で囚われているのやら。

「よく会話できましたね・・・・・・。でも自分でやるつもりだった、か。案外無茶しますね姉上も」

「お前も言われると思うけどね、それ」

 ゼルが苦笑する。

「ともかく、バイエル家の方々は特に大きな怪我をしてる様子もなかったし、すぐ乱暴に扱われそうな気配もなかったから。軟禁状態ではあったけど、会見中にいきなり人質にされることもないと思う」

「分かりました、ありがとうございます。それなら予定通り、会見ブチ壊しを優先しましょう」

 エリンは冗談めかして言うが、その本音までは読み取りづらい。

 もし人手が足りるなら、同時並行で救出にも当たりたかったのではないかと思うのだけど。

「で、その袋は?」

 私は先程から気になっていた、ゼルが持つ袋を指差す。

 ゼルは上機嫌な様子でそれを私に突き出すと一言。

「勝負服」

 ・・・・・・なんだって?


 ******


 結論から言えば、それは全身と口元を覆う黒装束だった。

「俺もレナも今回は大立ち回りになるから、多少はそれらしい格好の方がいいかなって」

 作戦の最終確認を終え、私達は人気のない路地裏に隠れながら着替えをしていた。

 そりゃ確かに普段使いの装備で臨む気はなかったけど。昼の街中でこの色はむしろ目立つのではないだろうか。

「見られるのはどうしようもないから、顔に注目がいくよりは服装が目立ったほうがいいと思ってね。それにまあ、今日の主役はそっちだからそれの対比ということで」

 そう言って、ゼルがエリンに視線を送る。私もつられて目をやれば、エリンは私達と初めて会った時と同じ白い品の良さそうな衣装に着替えていた。

「見栄えが大事じゃないとは言いませんけど。余裕がありそうで何よりです」

「お前に比べればな」

 エリンが呆れたようにぼやくと、ゼルは皮肉っぽく笑った。

 そうかと思えば、目尻を下げて優しげな表情になる。

「気張るのは分かるけど。今回のことは、本来エリンが一人で背負わなきゃいけないものじゃないだろ」

「それは」

 硬さを指摘されたエリンが少し、言葉に詰まる。

「・・・・・・あなた方の話を聞いた後だと、何も言い返す言葉が思いつきませんね」

「そこは気にしなくてもいいのに。えっと、」

 私もエリンに声をかけてあげたくて口を開いたが、どう励ましていいのか分からず。

「なるようにしかならないよ。多分」

 楽観とも悲観ともつかない、曖昧なものになってしまった。

 エリンは私を見て目をぱちくりとさせたが、やがてクスクスと笑い出す。

「そうですね。説得力がありすぎて嫌になります」

 なんだか、年上にからかわれているような気分だった。いや一応エリンは年上なんだけど。

 エリンは自らの頬を叩くと、息を吐いて顔を上げた。

「ありがとうございます。行きましょうか」

 私達は頷いて、そこで二手に分かれる。

 ゼルは会見が行われる野外広場へ。

 私とエリンは、会見をよく見下ろせる――或いは、広場からよく目立つ時計台の屋上へ。



 地上20m弱の高さの時計台屋上は、人が数人歩き回れる程度のスペースはあった。

 端に行って腰の高さ辺りまでの鉄柵に手を置いて見下ろせば、今回の会見が行われる野外広場が一望できる。そこまで離れているわけではないので、広場からもこちらを見上げれば顔が判別できる程度の距離感だった。

 会場には、建物を背にして一段高くなったスペースが作られ幾つか背もたれ付きの椅子が置かれている。コルベ家の関係者と思われる人たちが既にそこに座っていて、壇上を囲むように警備の兵士が等間隔に6、7人配置されている。大勢の民衆が、その数m離れたところまで詰めるように集まっていた。面白半分の者やよく分かっていない者は居るだろうが関心が高いことには違いなく、会見直前で広場の喧騒はかなり大きくなっていた。

 広場を見下ろした時、時計盤を背後に背負う形になるので真後ろを警戒する必要はあまりない。私が警戒すべきは、それ以外の方向の高さが近い建物からの狙撃と時計台に直接乗り込んでくる曲者だ。

 会場そのものの警備はある程度厚いが、こんなところに送り込む人員が居るかどうかは分からない。居たとしてもそう多くはないだろうから、私一人でも十分エリンの護衛は可能だろう。


 ちなみに、この時計台の管理者には先程エリンが直接顔を見せに行って場所を借りる許可を取り付けたので、勝手に占拠しているわけではない。コルベ家側以外からのちょっかいが入ることもないだろう。

 管理者である初老の男性はエリンが出歩いていることに相当驚いてはいたが、快く頼みを聞いてくれた。なんとなく想像していたが、バイエル家の市民からの人気は今もなかなか高いようだ。

 ついでなので少し市民目線からのこの数日の動静を聞いてみたが、やはりまだ状況がよく分からず困惑している人が多いらしい。今日の会見はその雰囲気を変えるためにコルベ家が用意した契機であり、同時にエリンが逆転する僅かなチャンスでもあった。


 エリンは一度会場の様子を確認すると、目立たないように後ろに下がる。胸に手を当てて深呼吸をする様子を見る限り、もう心配の必要はなさそうだった。

 ゼルはもう広場に紛れているだろうか。軽く気配を辿ろうとしたが、とっくに隠密に入っているだろうしこの人混みでは見つかるはずもなく。まあ、今回はある意味私より気楽な暴れ役だしなんとでもやることだろう。

 と、民衆のざわめきが一段と大きくなる。見れば、スラッとした長身の男が壇上に登り民衆に対して手を上げたところだった。

「――来た」

 エリンがその男を睨みつけるように見やる。

 コルベ家の会見が始まった。

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