3章 奪還と、決意の話

第15話

 その日は結局、エリンを私達のところに泊めることになった。

 他に泊まる当ても金もなかったとのことで、「当てがあるならこうはなってないです」と少し汚れた衣服を示されれば拒む理由もなかった。


 そして翌朝。

 私が目を覚まして身体を起こすと、ベッドとは反対側の壁際でエリンが床に転がって寝ていた。

 ベッドは2つしかなく、私もゼルもそれを譲ることはなかったためである。一応、余っていた掛け布団を渡して包まっていたので、直に床の温度を味わっていたわけではないだろう。多分。

 若干眉が寄っていてうなされているようにも見えるが放って置く。

 ベッドに寝るゼルの方に目をやれば、ほぼ起きかけてはいたのか薄目を開けながらぼーっとこちらを見ている。

 と思ったら布団をかぶり直した。少しくぐもったあくびが聞こえてくる。

 このままダラダラしていても私とゼルはあまり問題ないのだが、エリンは一応急ぎの用があると言っていたわけだし。起こしてあげてもいいかな。


 私が軽く手を叩いて音を立てると、ゼルは相変わらず鈍い動きで顔を出し、エリンはビクリと動いた後跳ね起きる。

 そんな反応を見ながら、私は私で目が半開きのまま告げた。

「ご飯」


 宿付属の料理屋で、丸テーブルを三人で囲み朝食を取る。

 一通りそれが片付いたところで、エリンが話を切り出した。

「取り敢えず、話を終えたらすぐにトナジルに向かいたいと思っています。お二人はここでなければいけない用事はありますか?」

 ちなみに、今のエリンはゼルの服の替えを借りて着ている。

 見知った服を別の人間が着ているのはなかなか不思議な気分だった。

「俺はないけど。レナは?」

 話をふられる。リスニルでしたいこと、と言われると特にないのだけど――いや。

「ちょっと寄りたいところならあるかな。多分通り道だし、10分くらいくれればいいんだけど、いい?」

「それくらいなら構いません。では、私の事情の方を簡単に」

 エリンは一つ咳払いをして、私たちに告げた。

「おそらく今頃、バイエル家は制圧されています」


 ******


「・・・・・・制圧?」

「はい。武力制圧です」

 思わず聞き返すが、聞き間違いではないらしい。

 また突拍子もない話題になってきた。

「クーデターか? バイエル家は割と人気があったように思うけど」

「ええ。民衆から直接というより、コルベ家の扇動によるものなんですが」

 コルベ家。確か、トナジルではバイエル家の次に有力な貴族だったっけ。

「あそこかぁ。お抱えの新聞社を使ってデマでも流したってところか」

 ゼルが頬杖をつきながら推測を述べると、エリンは、静かに頷いた。

 私はもう大分曖昧な記憶であるが、コルベ家はあの辺りで最大手の新聞社と関係が深い、というのは聞いたことがあった気がする。

 それがまさか、コルベ家側が意図的な情報操作に使えるほど太い関係だとは知らなかったけれど。

「概ねその認識で合ってます。で、そのデマの内容というのが、」

 エリンの顔がこちらを向く。つられてゼルもこちらを見て、視線を集める形になった私は首を傾げた。


「バイエル家は勇者を匿っている、というものでして」


 突然の名指しに驚いて目を見開く。

 いやなんというか、それは。

「・・・・・・突然無視し辛い話題になったなぁ」

 貴族の権力闘争なんて手に余るから、適当に義理だけ果たして終えたいと思っていた矢先だったので私は露骨にげんなりしていた。

 そんな話が流布されているとしたら、私だって放っておきたくはない。

 ゼルにしても話の流れに呆れたようで軽口を叩く。

「実はそれも方便だったりしない?」

「どれだけ度胸あると思われてるんですか私は」

 確かに、ここで私たちを騙して利用しようとするならかなりの傑物だろう。

 傑物というか冷血なだけかもしれないが。

「戦争で被害を受けた所の復興だったり、霊魔両国との交渉だったり、戦後の後処理でバタバタしていたのでうちはここ暫く他家の動向をチェックする余裕はなかったんです。前からコルベ家がトナジルの実権を狙っているのは知ってたんですけど、その隙をうまく突かれた形にはなりましたね」

 これもある種、私たちが引き起こした事態ということか。

 一つの戦争が何に波及するのかなんて、当時考える余裕は全くなかったけど。

「もう死んでいるはずの勇者の存在を声高に叫び、罪人を匿うバイエル家を非難、正義の名のもとにバイエル家を潰して政権を乗っ取ろう――と、そんなシナリオですね。父上が水面下で色々交渉とか牽制はしてたみたいなんですが、コルベ家とヴァール社が抱えてる警備部隊がうちに突入してくるのがほぼ確実になったところで私と姉は家から追い出されました。巻き込まれて怪我をしない内にここから離れなさいって」

 ヴァール社というのは、コルベ家お抱えの新聞社の名前だ。

 そしてエリンは、家を追い出されて彷徨う内にリスニルに着いたと。

「それで本当に勇者と縁ができたんだから笑い話だねー」

 ゼルが暢気に笑う一方で、エリンは頭痛をこらえるようにこめかみを抑えている。

「笑えませんて。まあ、結果的には幸運だとは思いますけど」

「呪書に巻き込まれて死ぬかもしれないのに?」

「それは今忘れることにしてるんですから言わないでくださいよ!」

 エリンが机を叩きながら泣きそうな顔で睨みつけてくる。

 つい私も余計な軽口を挟んでしまった。エリンは打てば響く反応をしてくれるので、どうしても真面目に話を聞く態勢を維持しづらい。

 改めて、先程ちらっと出た言葉について聞いてみる。

「一緒に追い出されたみたいだけど、お姉さんとは一緒じゃなかったの?」

「割と最初から別行動でした。一緒に追い出された後、何の当てがあるのか知りませんがすぐ市街の中心の方に行っちゃったんですよ。私はやることがあるから先に行ってなさい、なんて言って」

 エリンは一度水を飲んで、大きくため息をついた。

「とにかく。本当にどうしようもなければ都落ちしかありませんでしたが、お二人の助力が得られるなら話は別です。これから急いでトナジルに戻って、なんとかできることを模索したいと思っています」

「トナジルに向かうのは別にいいけど、手遅れじゃないのそれ? 制圧されちゃってるんでしょ?」

 ゼルの問いに対してエリンは表情を少し暗くしたが、それでも淀みなく続ける。

「この目で見たわけではないのでまだ分かりません。思ったより粘ってくれているかもしれませんし、もう制圧されていたとしても父上たちの命まではまだ取られていないはずです」

 下手に前の権力者の命を奪っても、民衆の心象はよくないだろうからそれは納得できる話だった。

 だが、時が経てばどうなるかは分からない。

「実権をコルベ家から取り返すのは難しいにしても、何にせよこのまま放ってはおけません。個人の単位で言えば当代最高戦力を二人も動かせるんですから、私にはやれるだけのことをやる義務があります」

 そう言い切るエリンの目は真剣で、貴族らしい気品があった。


 強いな、と思う。

 今でこそ前向きな状況になってきているのかもしれないけど、私たちに遭遇するまでは家の助けどころか生命の危機にあったわけで、エリンは心細くてたまらなかったはずだ。


 それをこの少女は――、ん?

 私はふと疑問に思ったことをそのまま声に出した。

「ちなみにエリンって何歳なの?」

「今年で20ですけど。え、なんです突然」

 ゼルよりも更に小柄かつ幼い容貌で、怪訝な顔をするエリン。


 どいつもこいつも、少女詐欺ばっかりだ。

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