灯台の下は……


「! クイン・セ・テーが無償情報をばらまいている。沈黙の悪魔が新しい狩りに向かったと」


 悪魔の話をはじめた末席の男が不意に携帯端末に届いた新着文書を読んで顔をひきつらせた。


 だが、読みあげられた情報はともかく情報源を聞いて酒場は侮蔑の色で埋められた。情報屋内でも嫌われ者であるクイン・セ・テーの情報は正確、いや、精確そのもので有益なのだがたまに無償情報などと言ってデマをまいて、混乱を楽しむような輩なので傍迷惑なおバカである。


 だがたまに、本当にたまにではあるが誤情報に混ぜて本当の情報をまくことがあるのでそれが本当に面倒臭い。


「新しい狩り……、まさか、ここじゃねえよな」


「め、めめ、滅多なこと言うもんじゃねえ! 沈黙の悪魔が来たりしたらここを根城にしているやつは全滅だ」


「気のせいか、悪寒がしてきやがった。帰る」


 悪魔の話に耐えられなくなった男が席を立ち、外へでていこうとしたが男の姿は搔き消えた。


 風の轟音が耳にぶつかり、剝きだしの肌に激突する風の圧は男を現実から引き剝がす。そして気づいた時、男は無人灯台塔の真下にいた。表情には疑問。


 なぜ自分が灯台の下こんなところにいるのか。


 ただひとつの救いは距離があっても明かりがあることに尽きた。それでもその唯一の光源は灯台のもの。


 灯台下暗し。その言葉を正確に実感している男の後ろ手にまわされた腕が捻られる。尋常な力ではない以上に極め方が関節技の達人だけがなしえるそれだった。


 それだけでかなりの実力者だと知れる。と、不意に男は先までいた酒場での話を思いだしてしまい、青ざめた。だが、それこそまさかである。ありえない。


「バイグーシェ社の者だな」


 冷たい、声がした。底冷えするような声が男に確認を取ると同時に極められている腕がさらに折るほどの勢いで極まってきたので男は慌てて首を振って肯定する。


拠点アジトの正確な場所を吐け。なれば、己は見逃す」


「ひっ」


「アレに訊くのは金の都合で遠慮したい。無論、断ると言うのであればそれもよい。ただし」


 男に質疑を執り行っている冷たい声は断った時の条件をつけてくるつもりらしく極めている腕をさらに極めつつ先までと変わらない冷えた口調で続きを述べた。


「死骸がひとつ増えることになる」


「ま、丸、真ん丸の倉庫がわかるか? そばにある通路を進んだ先に見張りがいる。拠点アジトに入るには見張りが中のお偉方から教わっている合図をしなけりゃならない」


「己は」


「し、しし知らない、これから訊くところだっ」


「……ふむ。野良犬程度には使えるか」


 冷たい声の主、サイの脅しに一瞬以下で屈した男は内情を喋ってしまい、覚悟に唾を飲んだ。


 内情を喋らされたあとには死が待っている。誰かから必ず与えられる罰によって死に絶える。


 それが必定。今、男を拘束している者がくださずとも男が所属する組織の者が裏切りとして丁寧に殺してくれる。


 だが、選択肢はなかった。黙っていては今この場ですぐさま殺されてしまう。今を脱して組織から逃げればまだ生きる道は拓けるというもの。それ以外は愚者の賭け。


「……いけ」


 ややあって男の拘束されていた腕が解放される。


 男はすぐさま転がるように逃げた。サイは追わない。追わないが、その場に留まることに意味を見いだせず、脱したようで灯台の下にいる者は皆無となり、静まった。


 無人となった灯台の塔から距離にして約三キロメートル離れた場所に建っている一棟の丸い小さな倉庫。バイグーシェ社の所有している倉庫で、そこから主に欧州へ武器がおろされている。戦争までいかない、野蛮な者たちが小競りあいをする程度、手助けに使われる武器たちだ。


 だが、所有している社の男らにとってはちょっとした玩具にすぎず、それ以外使い道もない。


 まわりの角ばった倉庫と違う真ん丸い倉庫を見上げる影がひとつ、陰った月に淡く照らされる。時折吹く潮風が影の長い髪の毛を揺らしていたが、影は揺れて消えた。


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