最弱魔王が異世界から地球に戻ったら、勇者がチヤホヤされていたので、最弱クラスを率いて成り上がる

大小判

第1話プロローグ


 人間と魔族の上下関係が確立した時代、捕らえた魔族を奴隷とし、その尊厳を悉く踏み躙る悪習が、人間の世で蔓延り始めた。

 そんな彼らの欲望は留まる事を知らず、ある一国の権力者たちは異界から呼び寄せた人間を自分たちの都合の良い勇者として祀りたて、卑劣にも魔族を狩らせてその利益を貪らんと画策する。

 呼び出された勇者は二人。一人は女神の寵愛を受けた男。容姿端麗でありながら剣の才にも魔術の才にも愛され、より多くの美姫たちを虜にする光り輝ける者。

 しかしもう一方は女神から嫌われた、前者の出涸らしという蔑称を受ける才無き凡人。魔術の才も無ければ、優れた容姿も無い為に誰にも見向きされない輝きを持たない者。

 まるで光と闇のような二人は何時しか決別し、才覚無き者は虐げられる魔族の現状を見て、空席となっている魔王の座に座る事を決意する。

 輝きを持たない凡人がただ一つ、勇者よりも優れていた義の心によって、大勢の益荒男たちの信を得て、魔王は人の軍勢を次々と打ち破る。 そうして挑んだ一大決戦。同じ世界に生まれた者同士。違うのは勇者と魔王という立場。方や歴代最強と呼び声高い勇者、もう一方は歴代最弱と謗られる魔王。

 一見勝負は見えている、魔族からすれば絶望の戦いを制したのは、意外や意外、最弱の魔王であった。


「ここまでやったのにモテないどころか彼女すら出来ないなんて、おかしくね?」


 そんな偉業を成し遂げた魔王……男にしては少し長い黒髪をオールバック風にしている少年、間宮景久まみやかげひさは巨大かつ複雑怪奇な魔法陣の上で胡坐をかきながら一人、慙愧の念に堪えないと深刻そうに呟いた。


「ラノベで典型的な展開はさ、ここに至るまでにドラマティックだったりロマンチックだったりする展開があって、俺は美少女とハッピーエンドを迎えるっていうやつなのにさ……」


 景久はふと、ここに至るまでの経緯を思い返す。

 景久ともう一人の勇者は中学の頃から縁浅はかならぬ仲だった。まかり間違っても悪友とか遠慮のない親友とか、そんな関係ではない。文字通りの腐れ縁でしかないと、景久は常々思っている。

 でなければ勇者と戦うなんてことはしない。一緒に元の世界に戻るために行動していただろう。しかし勇者にとっても不運な事に、割と彼の事を嫌っていた景久に倒されたというだけの話。

 なぜそんなにも険悪な仲だったのか……それは景久の妬みが多分に混じった感情ゆえだろう。

 

「くっそー……あのいけ好かないイケメン野郎がくたばって、あわや洗脳スキルでも解けるのかと思ったらそんな事なかったしよー……」


 ただ単純に、彼女が欲しい願望がある割には女っ気が一切ない景久に対し、勇者は異常なまでにモテるのだ。地球に居た頃も学校でファンクラブが出来るほどの人気ぶりで男子から煙たがられていた勇者だが、それは異世界に来てからも変わらない。


『安心して? 僕が魔王を倒して、世界に平和を取り戻して見せるから』

『勇者様……』

『あぁ……なんて凛々しいのでしょう』


 高校生活が始まろうとした日の春、景久と共と異世界に召喚された勇者は、誘拐紛いの蛮行にでた挙句に魔王を倒してくれなどと宣った国の姫と巫女が美少女であると理解するや否や、特に中身が伴っていないフワフワした台詞を顔面偏差値で補正しながら口説き落とした。

 そこに至るまで掛かった時間、異世界事情の説明を除けば僅か一分あったかどうか。実に呆気なく口説き落とされた姫と巫女を見て、景久は嫉妬を通り越して戦慄すら覚えたものである。


『勇者様、今度の舞踏会わたくしと踊ってくださいませんか?』

『ずるいです姫様! 私だって勇者様と……』

『まぁまぁ。別に1人としか踊っちゃいけないってわけじゃないんだろ? 皆順番に踊ってあげるからさ』


 無尽蔵に思える魔力総量に加え、スキルにも恵まれるという分かりやすいチート能力に目覚めるという、王道を直進する勇者は訓練の片手間に王女や巫女だけに飽き足らず、令嬢やメイドまで無自覚に誑し込んであっという間にハーレムを形成。

 真面目に訓練している最中に隣でイチャイチャ空間を展開されて何度イラッときたことか。しかも「イチャつくなら余所でやれっ!」と割と正当な理由で怒鳴ると女性陣から一斉に睨まれるし。


『ふん……奴は本当に勇者の一人なのか? スキルも弱いし、まるで才能がないではないか』

『そう言ってやらないでくれ。景久だった出来ないなりに頑張っているんだから』

『全く、お前は甘い奴だな。……まぁ、そこがお前の良いところではあるが』

(うぜぇな、あの茶番)


 勇者とは正反対に一切チート能力に恵まれないどころか、これといった才能も見出せないまま謗られながらも、訓練を続けていた景久をダシに、女騎士(美少女)をサラリと口説き落としたり。


『あぁ、ようやくこの国からおさらばできる……!』


 目立たぬようにひっそりと、息を潜め身を隠すように魔術の基礎を習得してから召喚された国を出た時はもう涙が出た。これでようやく勇者ともおさらばできるのだと。

 そして元の世界に戻る為の方法を探している最中、王国から聞いた魔族の実体が侵略者ではなく虐げられる側であったと知った景久。

 よくあるラノベの主人公なら「俺は偽善者じゃない」とか、「誰がどうなろうと知ったこっちゃない」とか言いそうだが、実際目の当たりにするとそういう訳にもいかない。

 普通に考えて、何も悪い事をしていない者が下卑た征服欲の下で顔を踏みつけられていたら助けたくなるのが良心である。女子供老人であろうと容赦なく鞭打つ人間を見て見ぬ振りをするのは卑怯者か薄情者のどちらかだろう。この際、自分が持っている力の有無は関係ない。


「で、結局見過ごす事が出来なくて魔族の問題に深く関わって、なんやかんやあって魔王になったわけだが……」


 人間と魔族。勇者と魔王に分かれた地球出身の少年たちだったが、その戦いの軌跡……というよりも、仲間との思い出に関しても大きな違いがあった。


『君は頑張り屋だな。尊敬するよ』

『そんな……私なんてまだまだです』


 例えば勇者が神殿に住む聖女(またしても美少女)と巡り会い、なりゆきでデートしたり、ノックをし忘れたせいで着替えを覗くというラッキースケベしたりしてフラグを乱列させて意識させた後、ナデポで口説き落としていた頃。


『お前に何が分かるって言うんだぁあああああああああっ!!』

『分かるさ……だってこうして気持ちを教えてくれてるじゃねぇか……お前のそのお喋りな拳がよぉおおおおおおっ!!』

『ぐはっ!? ……そういうお前の拳だって、随分お喋りじゃねぇか。まだまだ喋り足りなさそうだぞ、お前の拳はぁああっ!!』

『どぶれぶばぁあああああっ!!?』


 恋人が勇者パーティに重傷を負わされ暴走しようとした細マッチョな魔族を止めるため、夕日に染まる砂浜で拳と拳で語り合って友情を深めていたりしていた。ちなみに結構一方的にボコボコにされた挙句、しばらく漫画の様に顔面を腫らす羽目になった。


『君は可愛い女の子なんだ。そんな君を危険な森に一人で行かせられるわけないだろう?』

『は、はぁっ!? か、可愛いとか、あんた何言ってるのよ馬鹿!』


 一人で冒険を続けるツンデレなエルフ(例によって美少女)と勇者が巡り合い、成り行きで共闘したり、水浴びしているところを覗くというラッキースケベをかましたりして口説いている時。


『はぁ……はぁ……カ、カゲヒサ……故郷の……おっ母に……ゲホッ! オデは立派に戦ったって……伝えてくれねぇか……?』

『バ、バカ野郎! 縁起でもねぇ事を言うんじゃねぇ! そんなん自分で伝えればいいじゃねぇか! きっと助かるから、だから持ちこたえてくれよぉっ!』

『オデ……カゲヒサと会えて……楽しかった……今まで……ありがと……ぅ……』


 土砂降りの戦場で、これまでずっと一緒に戦ってきた、腕の中で眠る横綱体型のオークの戦士を涙と共に看取ったりしていた。


『自分を卑下にする必要はない。例え魔術が上手く使えなくても、僕からすれば君は魅力的な女の子だよ』

『勇者様……素敵……』


 潜在的な魔力は高いが魔術の暴発が多い女魔術師(当然の如く美少女)を押し倒して胸を揉むというラッキースケベをしたり、爽やかな笑顔で励ましてニコポをかましたりしていた頃。


『ここで俺が殿を務めなきゃ、魔王軍は全滅だ。……今生の別れってやつだな。後は任せたぜ、大将』

『あぁ……! 絶対に勝つから……魔族の未来は任せてくれ……!』

『馬鹿野郎、泣くんじゃねぇよ。本当に、甘ったれで優しい魔王様だよ』

『泣いてねぇ……泣いてねぇよ……!』


 自分の右腕ともいえる筋肉ダルマなオーガが、単独で人間の大軍に立ち向かう背中に滂沱しながら、敬礼と共に見送っていた。


『魔族を滅ぼした暁には、国王陛下が王位を譲ってくださると言ってくれた。だから皆には、僕の妻として一生を支えてほしい!』

『『『はい、勇者様。私たち、一生貴方を愛し尽くします♡』』』


 一大決戦前、勇者が十人以上の美少女ハーレムに対して一斉にプロポーズしている時なんか。


『先に散って逝ったともがらたちの為に! 隣にいる戦友たちの為に! 帰りを待つ愛する者の為に! 後に続く子供たちの為に! 姿形も異なる同胞たちよ、今こそ燃え上がれ!』

『『『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』』』


 最終的には熱い展開をノリノリで繰り広げながら筋肉の鎧で覆われた魔族の戦士たちを鼓舞していたりしていた。勇者と魔王とで落差が酷い。

 とまぁ、こんな感じで過ごした異世界の日々。大抵の男が羨むであろう桃色ファンタジーを楽しんでいた勇者と比べて、とんでもなく漢臭いファンタジーを送っていた景久。

 その事を知った時は勇者に対する殺意のボルテージがどんどん高まったものだ。しまいには魔王軍で考えられる最強メンバーで臨んだ勇者との決戦時、パーティメンバーまでもが美少女だらけのハーレム状態で突貫してきたものだから余計に。

 しかもハーレムメンバーよりも明らかに強い筋肉ダルマな騎士団長とか流離いの男剣士とか居たにも拘らず、それらに手柄を取らせないようにするために遠くへ追いやっていたと知った時は、ふざけてんのかと逆ギレしそうになった。

 まぁ、それでも勝てるだけのスペックを持っているのが勇者と凡庸な魔王。苦戦に苦戦を重ね、何とか勝利をもぎ取ったが、次戦って勝てるとは微塵も考えてはいない。


「まぁ勝ったことは良かったよ? この世界に来て別種族の戦友が沢山出来たのも良かった。でもさ……途中でラブロマンスの一つや二つあっても良かったんじゃね!?」


 魔族には慕ってくれている女性も大勢いるが、男女の情というかと言われれば間違いなくNOだ。本当に、戦いと筋肉だらけの英雄譚であった。

 これでチート能力でも備わっていれば話は違ったかもしれないが、生憎景久は何処まで行っても三流の域を出ない。そんな男に女が寄ってくるわけも無く、これがイケメンとフツメンの違いかと頭を抱える景久に、後ろから声が掛けられた。


「魔王様、準備が整いました」


 振り返ると、そこには景久の左腕にして魔王軍随一の魔術師であるデーモン(後衛なのに筋肉質)。その後ろには、これまで共に戦いを潜り抜けて来た魔王軍(全員マッチョ)が一堂に会していた。

 

「おいおい、俺はもう魔王じゃねぇぞ? これからはお前が魔王じゃないか」

「……そうでしたな。貴女はこれから御郷里に戻るのでした」


 そして、別れの時が来る。大戦に勝利し、人間という種族全体に致命的ともいえる大打撃を与えた魔族が主体となる世界に残ろうかと悩んだ景久だったが、元々彼も勇者もこの異世界においては異物に過ぎないのだ。

 何時までも異界の存在に頼る訳にもいかず、頼らせる訳にもいかない。元々地球へ戻る方法を模索して旅をしていたのだからこの結果は当然と言えるだろう。

 その結果、左腕であったデーモンに魔王の座を渡すことにした景久。もちろん大勢に反対されもしたが最後には分かってくれたし、景久ももう思い残すことは無いと、地球送還の魔法陣の上に立つ。


「悪いな、こんなに土産貰って」

「いいえ、貴方の功績に比べれば少なすぎるくらいです」


 登山家が使いそうな大きなカバンの中には、大量の魔道具が収められている。科学の世界である地球に持ち込めば、残り一生を遊んで暮らすことも可能な類の品々だ。  


「じゃあ、これでお別れだ。やってくれ」

「はい」


 デーモンが詠唱を唱えると、魔方陣が強い光を放ち、景久の体を呑み込む。その光景を涙して見送る筋肉だらけの魔王軍に、景久は力強い敬礼と共に笑顔で告げた。


「ほんの一年くらいの付き合いだけど、お前らとの日々は一生の宝物だ。今までありがとう」

「それはこちらの台詞でしょうに……! ……さらばです、戦友ともよ」

「あぁ……じゃあな、俺の戦友たち……!」


 別離は熱く清々しい涙と共に。かくして、これが伝説の結末。三流の力しか持たない凡人の魔王が、圧倒的な才覚と潜在能力を秘めた勇者を打ち破り、魔族を救った御伽噺。

 虐げられる者に手を差し伸べた優しい魔王は、かつていた世界へと戻り平和に過ごす――――はずだった。




 ここは景久や勇者が通うはずだった学校、月観川つくみがわ学園のとある教室の黒板に、ルーン文字と魔法陣がびっしりと書き込まれていた。


「えー、このように術式を書き換えると、初級魔術である【フレイムスロー】でも中級に近い威力を発揮するようになり――――」


 時は現代。人が住む地は大抵コンクリートと鉄、電子機器が溢れ返るようになって当然となった時代。月観川学園で教鞭を振るう、中年に差し掛かった教師がさも当然のように魔術の講義をしていた。

 教室にいる生徒は30名近く。皆が皆、大真面目に黒板に書かれた内容を板書し、教師が授業内容の実演とばかりに、教壇で短く詠唱を唱えるや否や 手のひらに生まれたライターほどの小さな火が焚火のような炎に変わる。

 感心したようにどよめく生徒たち。それとほぼ同時にキーンコーンカーンコーンと、学生からすれば実に聞き慣れたチャイムの音が校舎内に響き渡った。


「それでは今日はここまで。次の授業は演習場で魔術の模擬戦なので、早く体操服に着替えて集合する様に」


「起立、礼」とクラス委員長が言い終わるとともに教室を出ていく教師に反応し、休み時間特有のガヤガヤとした喧騒が校舎全体を覆う。

 そんな教室の様子を廊下から気付かれぬように観察していた景久は、人形のような無表情のままトイレの個室に籠り、便座に座って額を抑えながら地を這うような低い声で呻いた。


「……地球が何時の間にかファンタジーになってた」


 景久が知る元居た世界……地球は機械科学文明万歳、魔術なんて創作やオカルトの産物に過ぎなかったはずだ。

 それがどうしたことだろう、異世界に行って2年も経たない内に戻ってきてみれば、学校では教師が大真面目に魔術を講義するどころか、実際に発動までさせているではないか。

 それだけではない。グラウンドでは魔術の実践が行われ、体育館に行けば生徒たちが魔力量の測定をし、図書室に行けば魔導書が立ち並ぶ。

 一歩外を出れば、オリンピックを始めとする多くのスポーツは魔術やスキル前提の闘技大会へと変貌し、将来を決めるには魔術やスキルの強さがものをいう世界。

 どうしてこうなったのか……憶測になるが、その全ての原因を景久は突き止めていた。


「おのれ勇者め、許さんぞ……!」


 西暦2千年代。異世界の道具や魔術、スキルを使って人生を楽に過ごそうという人生計画を立てていた魔王だったが、故郷は勇者に支配されていた。

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