夢と引き換えに喪ったもの

『俳優の○○が結婚』

 そんな見出しの記事を見つけてしばらくすると、スマホから通知を知らせるバイブが鳴った。

 メッセージを読むと、今回の結婚に関して友達が怒っているらしい。

 怒ってるのが正しいのか…。

 それとも、悲しんでいるのが正しいのか…。

 私にはそのどちらもわからなかった。

 俳優さんだって同じ人間だもの。

 ファンなら、『おめでとう』が言えないのだろうか……。

 その『俳優さんの彼女になりたい』と思っている人だったなら、先を越されてしまったのだからショックだと思うのだけど…。

 だってもし、自分が俳優さんの結婚を祝えないタイプだとして、仮にご縁があって俳優さんと結婚するってなったらどうするの?

 他の人が結婚したら叩くけど、自分だったら幸せだから関係ないの?

 ファン心理というのは、本当に難しい。

 基本的に理不尽な内容が多いし、ファンの個人的な理想を押し付けるものが多いから。

『他の髪色に染めてくれないかなぁ』

『タバコ吸わないで欲しい』

『髪型変えてくれないかな』

 押し寄せる願望の波を纏って…。



 林檎喫茶で、愛華さんにこの件を話してみる事にした。

 愛華さんは、『劇場に居る客の中には魔女狩りをするような人も居る』と愛子が話した事を出して、

「全ての劇場全ての舞台において、そういう事が起こってるかは別として、いかにアクターが最高のパフォーマンスをしても、さらにファンサービスを所望するんだもの。

 …いいこと?

 ・恋人をつくらない。

 ・結婚しない

 ・夜のプロ以外との肉体関係を持たない。

 ここら辺は、最早ファンサービスの類いよ。

 私からすれば悪質で過剰なファンサービスね。

 それに、その手のプロだっていつ金に目が眩んで裏切るとも限らない。

 その結果がゴシップ記事ってわけよ。

 人間に絶対なんて存在しないもの。

 私達は、役者になると決めた日から徐々に衣服を喪っていくのよ。

 姿ってやつね。

 役者の事を、なんて表現する人もいた気がするけれど…。

 まぁ…目に見えない衣服を役者に着せているのは、あなた達第三者の場合が多いと思うけれどね。

 それか事務所の偉い人ってやつね」


 私はただ…相槌することもせず、


「じゃあ、愛華さんも?」

「そうねぇ…。私も遠い昔に全て弔ったわ」


 愛華さんの事は、とても素敵な女性だと思う。

 でも、それは偽りの姿だったという事なのだろうか?

 誰かが着せた【鬼怒川愛華像】ってこと?


「………」

「あんまりくだらない事で悩んでると知恵熱でるよ?」

「あら、くだらない事とは心外ね」


 盗み聞きした挙句会話に割り込んできた店主。

 何故だか愛華さんに対してキツイ口調で話すんだよね。

 でも、2人の掛け合いはまるで犬猿の仲って感じがするから、ずっと聞いていられる。


「『まるで役が憑依した様な演技』って言葉聞いたことはない?」

「『まるで人が変わった』みたいな…?」

「そうそう。そんな感じ」

「カーテンコールの時と、本編とで雰囲気が真反対みたいな役者さんは何度か見たことがあります」

「実際にどうなってるか…は別として、第三者からすると『役者本人の人格』と『演じる役の人格』を入替てるように見えるかもしれないんだけれどね、『生物としての人格』『役者名義としての人格』『演じてる役の人格』みたいな感じで何重にも殻が重なっている事もあると思うのよね」

「…何となく、その感じわかる気がします」

「演じる役が増える度、ファンが増える毎にどんどんとその殻が増えてく人もいるでしょうしね」


 …でも、そんな事をしていたら……


「そうね。そんなことばかりしていたら窒息してしまうわね。でも、そういう風に仕向けてる人達も居るって話よ」




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