第六話 天使が下した罰の意味がやっとわかりました


「改めて、おめでとうユア! 良かったな、ほっとしたぜ」

「ありがとうございます、ウーヴェさん。皆さんが色々と助けてくれたおかげです。お金も集めてくれて、本当に嬉しかったです!」

「何の、気にすんな。それからアキマル、ハルトとシナモンも。ユアを助けてくれてありがとうな!」

「あー、いえ」

「大したことはしてねぇっすよ」

「にょほー! シナモン大活躍にゃーん!」


 借金完済、ならぬ借金帳消しが確定してからしばらく。すっかり日が暮れた頃、明丸達はウーヴェ達に連れられてエルの庭へとやって来ていた。

 帳消し祝いとのことで、今までに見たことがないような豪勢な料理の数々。しかも、なぜだかその場に居たほとんどの住人がついてきたらしく、エルの庭は店内とテラス席の全てが満席になってしまっている。


「おまえらの頑張りが報われてくれて嬉しいし、それを少しは助けられたみてぇで良かったぜ。だから、今日はおれの奢りだ。好きなだけ食ってけ!」

「わわ、ありがとうございます!」

「やっほー! おやっさーん、ゴチになりまーす!」

「おいコラ、奢るのはユア達のテーブルだけだ。あとは全員自腹だかんな!!」

「えー!?」

「けちー!!」

「うるせー!」


 やれやれ、結局のところはただ飲んで騒ぎたいだけらしい。でも、今日のところはこれで良いかもしれない。

 苦手だ、と避けていたけれど。明丸はもしかしたら、ずっとこんな風に友人や仲の良い人達に囲まれて同じ時間を過ごしたかったのかもしれない。


「おお! 前々から気にはなっていたが、この店は酒の種類が豊富だな!」

「……あのー、セト様? 本当に帰らなくて良かったんですか?」


 目をきらきらさせながらメニューを見つめるセトに、思わず問い掛ける。あの後、街にやって来た気難しそうなダークエルフの大臣さんにジョナン達を押し付けるなり、彼までもがこうして明丸達にくっついて来てしまったのだ。

 大臣さんは相当焦ってたけど、大丈夫なのだろうか。アレクの姿で遊びに来ていた頻度を考えると、今更な心配かもしれないが。

 

「ふっ、構わん。この日の為に、執務を全て終わらせて来たからな。こう見えて、私は意外と出来る男だぞ」

「そ、そうですか。でも、お酒は駄目ですよ。肌に良くないので」


 今にも大量注文しそうなセトの手から、メニューを取り上げる。アルコールは肝臓で分解する際に、多くのビタミンを消費してしまう。肌への影響も大きい為、アトピーが治ったばかりの彼の身体には負担が大きいだろう。

 それに、どうやら彼はかなりの酒豪らしい。


「そ、そんな……! 一か月も禁酒したのに!?」

「また痒い思いはしたくないでしょう? だから、駄目です」

「うう、この世界はなんて残酷なんだ……」


 しゅん、と項垂れてしまう魔王陛下。ううむ、顔が良いからか彼の悲しそうな表情がなぜか胸に突き刺さる。

 いや、でもこれもセトの為だ。自分は何も悪くない、うん。それにしても、ちゃんと聞き分けてくれるところが素直で可愛らしい。


「それじゃ、乾杯でもするかー。おーい、アキマル。何か一言頼むぜ!」

「へ……お、俺?」

「そうにゃそうにゃ! 今回のことは、全てアキマルが居たから上手くいったのにゃん! だから、今日の主役はアキマルなのにゃん!」

「お願いします、アキマルさん」


 ハルトやシナモンだけではなく、ユアにまでお願されてしまう。渋々椅子から立つと、明丸の言葉を聞こうとしているらしく、今まで騒いでいた皆が口を閉じてこちらを振り向いた。

 うう。こんな席での挨拶、就職したての歓迎会以来だぞ。


「え、えっと……本日は、お日柄も良く」

「あ、アキマルさん。披露宴の司会者さんみたいになってますよ!」


 すかさず、ユアのフォロー。あはは、と数人が和やかに笑った。ちょっと恥ずかしい。


「え、えっと……俺は、その。この街に来てから、まだ三か月しか経っていないんですけど。ルサリィの森で気絶しているところを、ユアさんに助けて貰って。それから、ハルトやシナモン、ウーヴェさんや街の皆さんと仲良くして頂いて。流れと勢いで、ユアさんと借金を返すことになって。そこからは、無我夢中で……そ、の……」

「あ、アキマルさん?」


 ユアが心配そうに声をかけてくる。滲む視界と、ぽたりとテーブルに落ちた雫で、明丸は自分が泣いていることに気が付いた。


「え……あ、ああ……そういう、ことか……」


 自覚すると、もう止まらなかった。止められなかった。ぽろぽろと零れる涙は、拭っても拭っても溢れ続けた。傍から見たら、これまでの努力が報われた感動の涙に見えるかもしれない。

 でも、違う。この涙は、どうしようもない後悔と悔しさによるものだ。


「違う……お、おれは……そんな、立派な人間じゃないんです。本当は、全然違う世界から来て。そこでは本当……何も出来ないクズで、どうしようもないダメ人間で……」


 理解した。今、この瞬間。明丸はサリエルのあの言葉を、二度と前の世界には戻れないという罰の真意を。本当の意味で理解したのだ。

 前の世界では、確かに良いことなんて無かった。友達は居なかったし、仕事も上手くいかなかった。明丸の居場所はどこにも無いと思ってしまうくらいに。


 でも、そうじゃなかった。


「あ、アキマルさん? 大丈夫、ですか?」

「お、れ……この世界に来て、大切なものが何かを知りました。そして……大切なものを、蔑ろにしていたことも思い知りました」


 頭の整理も出来ないまま、不格好な言葉がぼろぼろと零れてしまう。この世界で、エステレラで大切なものがたくさん出来た。でも、その大切なものは前の世界にも確かにあったのだ。

 ただ、明丸が最初から見ようとしなかっただけ。明丸のことを心配して、時々に電話をくれた両親。仕事の大変さを分かち合おうとしてくれた友人や同僚。思えば、上司だって最初は丁寧に仕事を教えようとしてくれた。

 それらを全部踏み付けて、否定して。恵まれない、見つからないと喚いていた。でも、悪いのは他ならぬ明丸自身だったのだ。もちろん、全て明丸のせいだとはやはり思わない。でも、同じくらいに罪深い。


「やり直したい……それが無理なら、せめて謝りたい……あの人達に、大切だったあの人達に……!」


 明丸は、この世界で変わった。自分が頑張れる人間だと知った。それなら、あの世界でもきっと頑張れた。何かを変えられた筈なのに。自殺なんて無様な真似をしないで済んだのに!


 大切なものを、全部置いて来てしまった。泣こうが、喚こうが。もう、戻れない。


「――アキマルさん!」


 不意に、軽い衝撃をが明丸の身体を揺らした。鼻孔を擽る、花と薬草の香り。胸元でくすんと、彼女が小さく鼻を鳴らした。


「ありがとう、ございます。私に力を貸してくれて。あなたがどこから来たのか、何者なのかを私は聞きません。ただ、お礼を言わせてください。ありがとうございます」

「ユア、さん」

「あなたは、私の願いを叶えてくれた。お店を護ってくれたし、お薬のことをたくさん教えてくれた。だから、自信を持ってください。あなたは努力家で、凄い人なんですよ」

「う、うぅ……」


 ユアの言葉で、明丸の心にあったせきが完全に壊れてしまった。押し寄せる様々な感情で、情けないことに言葉が出なくなってしまう。嗚咽を堪えるだけで精一杯だった。 


「おいおい、泣くなよアキマル! 仕方ねえ、抱き締めてやるよ!」

「にゃー! シナモンも抱きつくにゃー!!」

「む、ずるい。では私も」

「キャー! あたしもセト様とハグしたーい!!」

「いやん。アキマルー、悲しいならお姉さんが慰めてあげるわよー? もちろん、カラダでっ」

「コラー! 店の中で暴れんじゃねぇ!!」


 大惨事だった。四方八方からぎゅうぎゅうと抱き締められ、もみくちゃにされて。でも、その混沌カオスがひたすらにありがたくて。

 見栄もへったくれもなく。今日だけ、今だけは。前の世界への未練で、明丸は子供のように泣いたのだった。

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