第四話 イケメンは何をしても威力が凄い


 セト……セト? その名前は知っている。この世界で彼の名前を知らない者は、新聞を投げつけられて説教をされるくらいに有名な名前だ。

 セト・ジル・ティアレイン。ティアレインとは、魔人の中でも特に高い能力を持つ血族の名前。そしてジルは、人間界と魔界を繋いだ名君の名前。

 ……ということは、どういうことだ?


「……まっ」

「ま?」

「ま、まま魔王陛下!? 何で、どうしてこんなところに!」


 明丸以外の全員が驚愕し、特に中でも魔族がその場に膝をつき平伏した。え、魔王? 本当に?


「はわ、はわわわ……まさか、アレクが陛下だったにゃんて……! は、ハルト。今まで陛下にした無礼、どれくらいか覚えてるかにゃ?」

「いや……思い出すどころか、頭が考えることを放棄しているぜ」


 ついさっきまで勇ましく暴れていたシナモンとハルトまでもが、地面に這いつくばっている。わあ、友達のこういう姿を見るのって凄く複雑!


「あー、そういうのは良い。面倒だ。ラクにしていろ」

「い、いやー……そういうわけには」

「はあ……ならば命令だ、全員立て」

「はい、陛下!」


 ざっ! と意気がぴったり合う魔族達。こんな形で魔族と人間の違いを知ってしまうとは、魔王さまってやっぱり恐れ多い存在なのだろう。ていうか、明丸の頭が思考を放棄しているだけかもしれない。

 まあ、考えてみればシンデレラとか人魚姫とか、魔法で姿を変えるのって結構常套手段だよな。


「あ、あのー……アキマルさん。私達、セト様にお掃除とかラッピング作業とかを手伝って貰っていたってことですかね?」

「気づいちゃ駄目です、ユアさん!」


 知らないままで良いこともあると思います!


「さて……話を戻そうか、ジョナン・アンドレアルフス」

「は、はひ!?」


 いつの間にか、こちらも別人のように変わったジョナン達にセトが歩み寄った。一人だけ氷点下の中に放られたかのようにガタガタと震えながら、顔面を真っ青にしている。


「もうわかっているとは思うが、先程の契約書は偽装工作などではなく全て私の優秀な部下達の働きによって得た本物だ。貴様は多くの詐欺罪に、職務怠慢。それから、こちらも偽っていたとはいえ、民間人への攻撃。まだ余罪を調査中だが、判明しているだけでも数え切れない不正行為の数々。上場酌量の余地は無い。よって、魔王権限により貴様に懲役刑を科し、現時刻をもってアンドレアルフスの座を剥奪する」

「そ、そんなバカな話がありマスカ!? 大体、借金の件もまだ詐欺って認めたわけではありませんし!」

「なるほど。確かにそうだな、それなら……今すぐ私の納得のいく説明をしてみろ」


 ただし。セトが片手で軽々大鎌を持ち上げると、切っ先をジョナンの首元に添えた。ひいっ! と情けない悲鳴が一つ転がる。


「これ以上、皆の前で醜態を晒すなら……相応の覚悟をしろ」

「か、かか……かく、ご?」

「そうだ。私はアレクとして、この街で貴様の横暴な振る舞いを何度も見てきたのだ。魔族の王として私は非常に恥ずかしく思う上、今すぐこの大鎌を振り回したい衝動を必死に抑えているのだ。つまり……」


 猫のように目を細めながら、口角を上げて薄い唇を舐め。そして、底冷えするような低い声で、セトが流れるように言葉を紡ぐ。


「地獄を見る覚悟くらいは出来るのだろう、ああ!?」

「ぴゃー!! ゴメンナサイゴメンナサイ! 全部陛下の言う通りデス! 階級も返します! だから命だけは、命だけはー!!」


 ついに、ジョナンが石畳に這いつくばって命乞いをし始めた。あれ程憎らしかった宿敵のまさかの姿に、思わず四人で顔を見合わせる。


「……イケメンがキレると、めちゃくちゃ怖いんだな」

「っていうか、あれハルトが教えたセリフにゃ。とんでもにゃいこと教えちゃったにゃ」

「アキマルさん……もしかしてあの時、ルサリィの森でドラゴンから助けてくれたのって」

「ええ、あの人ですね間違いなく」


 あの闇色の斬撃は忘れもしない。彼には知られてしまっていたのだ、明丸達が何をしようとしていたのか。


「……あはは、何だ」


 やっぱり、明丸を助けてくれたのは明弥ではなかったのだ。謎が解けてすっきりしたような、少し拍子抜けのような。いや、魔王が明丸みたいな庶民を助けてくれたっていうこと自体が震え上がるような事実なのだが。


「ふん、まあ良い。詳しいことは城で聞こう。先程、私の部下を呼んだ。貴様の身柄は、このまま魔界へ強制送還させて貰う。後ろのお前達、ウオとサオ……だったか?」

「ひゃ、ひゃい!」

「魔王陛下! そうです! 魔王陛下!」

「どっちがどっちかわからんが……その金庫をユアさんに返せ。手が空いている方はそこの愚か者を拘束しろ。私の言葉に素直に従うなら、貴様らの処罰は軽くしてやろう」

「ひゃい!」

「魔王陛下! わかりました! 魔王陛下!!」


 結局、どちらがどちらかはわからなかったが。片方が金庫をユアさんの腕に押し付け、もう片方が放心状態のジョナンを縛り始めた。自分の部下に思いっきり裏切られる形にはなったが、ジョナンに抵抗する気力はもう無いらしい。

 ていうか。虚空を見つめる死んだような目は、生死さえ疑いたくなるレベルの虚ろさなのだが。


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