第六話 手放したくない。それでも、決めました!


「はー? お転婆な妹が風邪引いて寝込むお姉さんに付きっきりで珍しく献身的に看病とか、何それ何つーご褒美? 好物です、ご馳走さまです!」

「ハルト、自重しろ」

「サーセン」


 夕方、というにはまだ早い時間なのだが。分厚い雲に覆われているせいで、もうすっかり空は暗い。ルッテ夫妻は三十分程前に帰宅した。二人を送り届けたハルトがずぶ濡れになりながらもこうして無事に戻ってきてくれたので、ひとまず安心だ。

 紫色の稲妻が雲の間を駆ける。風も強くなってきたし、雨足も更に乱暴になってきた。流石に限界だと判断して、明丸達に頼んで店じまいをして貰った。

 そういうわけで今は明丸とハルト、シナモンの三人がユアの部屋に集まっていた。小さなテーブルを四人で囲って、カルラがくれたお菓子や果物を摘まみ穏やかな団欒の時間を過ごしている。


「つーかさ、シナモン……おれ達、完全に帰るタイミング逃してねぇ?」

「にゃにゃ! 確かに! どうするハルト、この雨の中を青春っぽく走るかにゃ?」

「それじゃあ、今日はぜひ泊まって行ってください。お部屋もお布団もありますので」

「お、良いのか? いやー、悪いねぇアキマル。色々と邪魔しちゃってさぁ?」

「な、何で俺に話を振るんだ!」


 バシバシと明丸の肩を叩くハルト。ふふ、男の人同士の友情って何だか良いなぁ。


「やったにゃ、お泊まりにゃーん! シナモン、ユアと一緒に寝るー!」

「あらあら。でも、風邪がうつってしまうかもしれませんよ?」

「添い寝!? 姉妹で添い寝!? ありがとうございます!」

「ハルト、自重!」

「サーセン!」


 うーん、ハルトさんのたまに出るあのハイテンションは何なのでしょうか。発作ですかね?


「それよりも、ユアさん。もう起きていても大丈夫なんですか?」

「ええ、そうですね。この通り、もうすっかり元気です。色々とお世話になりました、アキマルさん。ハルトさんとシナモンさんも、ありがとうございます」

「にゃふふ。ユアの薬が効くってことを、ユア自身が証明したのにゃ!」


 小さく頭を下げれば、三人がにこにこと笑ってくれた。シナモンの言う通りだ。まさか、自分で作った薬を自分で飲むことになるとは思わなかったけれども。

 我ながら、お父さんの薬は凄いなぁ。


「ユアさん。さっき、アレクくんがお店に来たんですよ」

「え、そうなんですか!?」

「ええ。今度はちゃんと薬を持って帰ってもらいました。昨日はすみません、ユアさんによろしくって言ってましたよ」


 明丸の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。良かった、もう来てくれないかもしれないと思っていたから、顔を見せてくれただけでも安心出来た。


「そうだ、昨日のこと聞いたぜ? ジョナンのクソ野郎、アレクにひでぇこと言いやがって。おれがその場に居たら殴ってやれたのに、くそ!」

「にゃー! 絶対に許せねーのにゃ! 今度会ったらあの嫌味ったらしい顔面を引っ掻いてやるのにゃ!!」


 がるる、とハルトとシナモンが唸る。どうしよう、この二人は本当に実行しかねない。


「そ、それでですね。明日なんですけど、やっぱりお店はお休みにしましょう。ていうか、もうお店の窓に明日は休むって貼り紙を貼っておいたので。明日はお休みです、良いですね?」

「悪いな、ユア。おれ達で勝手に決めちまって……でもよ、金が必要なのはわかるが、それで倒れてちゃ元も子も無いからさ。こんな天気の時くらい、休んでくれよ」

「そうにゃん。天気が良くなったら、またシナモン達が薬草採ってくるにゃ。たくさん採ってくるから、きっと大丈夫にゃ。借金返せるにゃ!」

「……ありがとうございます、皆さん」


 ユアは力なく笑って、三人を見た。ルッテ夫妻もそうだが、こんなに気兼ねなく頼れる友人達が三人も出来て本当に嬉しい。


 だから、決めた。


「あの、アキマルさん。ハルトさん、シナモンさん。お話があります。聞いて頂けますか?」

「え、急にどうしたんですか?」


 ユアの真面目な表情に、三人が居住まいを正す。緊張のせいか、少し胸がドキドキしてきた。


「あの……私、薬局カナリスを守りたいです。お父さんが残してくれた、大切なお店だから。誰かに奪われるなんて、嫌なんです」

「うんうん、知ってるにゃ。ユアがお店の為に凄く頑張ってるって、シナモン達だけじゃなくて街の皆が知ってるにゃよ」


 シナモンの言葉に、明丸とハルトが頷く。でも。ユアは力なく、首を横に振った。


「そうですね……でも、駄目なんです」

「駄目って、何がだ?」

「足りないんです。どう見積もっても、期日までに一千万リレを用意するのは無理です」

「ええ!? な、何でにゃ! ユア、あんなに頑張るのに!」


 ハルトとシナモンが喚く。ただ、明丸だけは何も言わなかった。やっぱり、彼は知っていたのか。


「アキマルさんは、ご存知だったんですね? だから、ずっとエルの庭でアルバイトを続けてくれていた」

「あー……すみません。確かに、この一か月で薬局はびっくりするくらい生まれ変わりました。売り上げもずっと右肩上がりです。でも、だからといって一千万リレだなんて、簡単じゃないなとは思っていました」

「はい。このままどれだけお薬が売れても、一千万どころか……五百万リレでも貯められるかどうか微妙です」


 一日でユアが作れる薬の数にも限界がある。かと言って、今よりも薬の単価を上げるなんて出来ない。

 そう。三か月で一千万リレだなんて、最初から不可能だったのだ。


「そ、そんにゃあ……ハルト、どうするにゃ? 何か考えにゃい?」

「うーん……よし。こうなったら、おれ達も片っ端から仕事をこなしていくしかねぇな! 指名手配の魔物狩りとか、鉱山とか。遺跡に潜ってトレジャーハントでも良いかもな」

「おお! 一攫千金億万長者だにゃあ!! 借金どころか、壁や屋根を金ぴかにしてやるくらいのお宝ゲットするにゃん!」

「お、俺もバイト増やしますよ! 今度、新しく港の方で仕事を見つけたんです。貨物船の雑用なんですけど、結構給料も良いみたいで」


 三人があれこれと考えてくれている。そのどれもが、ユアにとっては泣きたくなる程嬉しい。ありがとう、と何回言っても足りない。

 だから、それを無下にしようとしている自分が、どうしようもない悪者のように思えた。


「ありがとうございます、皆さん。でも、もう良いんです」

「え?」

「ユア、それ……どういう意味だ」

「ごめんなさい、皆さん。私、本当に薬局カナリスを失いたくないんです。でも、それ以上に……私は、アレクさんの助けになりたい」


 そう、ユアは決めた。自分の店を手放すことになっても、それでも構わない。


「私は、アレクさんの病気を完治させるお薬を作りたいんです。このお店が無くなってしまう、あと二か月の間に」

「アレクくんの病気って……アトピーをですか!? でも、それは」

「わかっていますよ、アキマルさん。アトピーが簡単には治らない病気であるということは。でも、不可能ではないですよね。どんなに難しくても、方法は必ずある。私は、それを何とかして見つけたいのです」


 一番表情を曇らせたのは、やはり明丸だった。無理もない。彼が一番アトピーのことを知っているのだから。


「聞いてください。私は、お店とお父さんの思い出に縋って今まで生きてきました。そうやって悲しみや、寂しさを誤魔化していたんです。でも、皆さんが私を支えてくれた。皆さんのお陰で、私は何とか立てるようになりました。ですが、アレクさんはまだ独りぼっちです。彼は今までずっと、アトピーのせいで誰とも打ち解けられなかった。私が今まで皆さんから貰ったものを、今度はアレクさんに渡したい。あんな風に泣いているアレクさんは、もう見たくないんです!」


 店が無くなってしまえば、エステレラに居ることも難しくなるだろう。そうなれば、街を出ていかなければならなくなる。恐らく、二度とアレクと会えなくなってしまうかもしれない。

 そうなる前に、彼の病を治してあげたい。他の魔人と同じように、美しい姿で笑って欲しい。


 アレクが泣かないで立てるように。自信を持って、生きていけるように。


「……俺は構いませんよ。確かに、アレクくんのことは気がかりですし。彼が笑った顔、見てみたいです」

「アキマルさん……!」


 意外にも、一番最初に賛同してくれたのは明丸だった。てっきり、最後まで渋るのが彼だと思っていたのだが。


「ユアさんがそう決めたのなら、俺は従いますよ。全力でお手伝いします」

「……にゃふー。仕方にゃー! ハルト、シナモン達もユアに協力するのにゃ!」

「はは! わかった、微力ながら力を貸すぜ」

「アレクくんの病気、絶対に治しましょう。ね、ユアさん?」

「み、皆さん……」


 じわりと、熱くなる目元を指で拭う。勝手なことを言うな、と怒鳴られるかと思った。付き合いきれないと、三人が離れて行ってしまうかと思った。

 でも、そんなことはなかった。こんな我が儘を言っても、自ら振り回されようと言ってくれた。それ程まで強い絆を築けていたことが、ユアはどうしようもなく幸せで。

 ユアはテーブルに頭をぶつけんばかりの勢いで、何度も頭を下げた。


「はい! 皆さん、力を貸してください。よろしくお願いします!」

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