第三話 醜い魔人の子はどこへ行っても独りで泣いていました


「やれやれ。あんな風に歳をとりたくはないものデスネ。それはそうと、カナリスさん。最近このお店、凄く賑わっているみたいじゃないですか?」

「え、ええ……」

「それは良かったデス! ビジネスとはいえ、アナタのようなお若いお嬢さんからお金をもぎ取ったり家を差し押さえたりするのは流石に胃が痛いので。しっかり稼いで、期日までにお金を用意してくださいね。ただ、これ以上の猶予は何があっても認めませんので」

「は、はい」


 作り笑いを顔面に貼り付けるジョナンに、ユアは溜め息を堪えるしかなかった。うう、交渉の隙も与えられなかった。

 思わず、視線をレジに落とす。


「ところで……そこのアナタ」

「え……ぼ、ぼくですか?」

「ええ。アナタ、魔人……ですよね? 冒険者や旅人のようには見えませんが、最近この街に引っ越して来られたんで?」

「あれ、そういえば」


 思わず、ユアと明丸がアレクを見る。ユアはエステレラで生まれ育った身だが、彼のような魔人はこの街に居なかった筈。引っ越してきたのなら、間違いなく噂になるのに。

 それなのに、一体なぜ。


「そ、それは……」

「まあ良いです。魔人族はあらゆる意味で大人気ですから、夜道や人通りの少ない場所には気を付けてクダサイ。でも……余計なお節介かもしれませんね。いくら魔人とはいえ、アナタのような、誰も欲しがらないでしょうし」

「なっ!?」


 思わず、息が詰まった。なんてことを!


「ちょ、ちょっとあんた! 今、自分が何を言っているのか、わかってるのか!?」


 明丸が立ち上がって、アレクを庇う。彼がこんな風に声を荒げることなんて珍しい。と言うより、始めて見たかもしれない。

 それでも、ジョナンの嘲笑はますます深まるばかり。


「もちろん、わかってマス。でも、本当のことでショウ? 何です、その顔。伝染病ですか? キモチワルイ。魔人のくせに、なんて醜い姿なのでしょう。それに、魔力自体も貧弱ですね。アナタのような傷物が、同じ種族だからと言って魔王陛下のコトを知ったかぶって語るのは止めた方が良いデスヨ。ああ……そうだ。いっそ、このまま人間としてお過ごしになられたらそうです?」

「この……!!」

「アキマルさん!」


 拳を振り上げた明丸の腕を、ユアが咄嗟に身を乗り出して掴む。レジカウンター越しだったので、彼が本気でジョナンに殴りかかっていたらユアはそのまま倒れ込んでいたことだろう。

 そこまで身を挺した甲斐があってか、何とか明丸を止めることが出来た。もちろん、ユアだってジョナンのことは許せない。でも、明丸に暴力を震わせてしまったら、彼までジョナンと同じになってしまうから。

 止まってくれて、良かった。


「ワオッ! コワイコワイ、若い人はお元気デスネー? でも、それで正解デスヨ。ワタシ、これでも結構強いので。返り討ちで痛い目を見ずに済みましたネ」

「くそっ!」

「……ぼく、帰ります」

「あ、アレクさん!!」


 目元を軽く拭ってから、ニット帽を深く被って。立ち上がった衝撃で椅子が倒れるのも構わずに、アレクはそのまま店から出て行ってしまった。


「アレクくん!」


 ユアの手を振り解き、明丸が慌ててアレクを追い掛ける。ユアも後に続こうとカウンターから出るが、その前にジョナンに言わなければいけないことがある。


「……あの、アンドレアルフス様。アレクさんを傷付けるようなことを言うのは止めてください。酷いです、アレクさんに謝ってください」

「アハハッ、嫌デスねぇ。ちょっとだけ、からかっただけじゃないですかぁ? それに、考えてもみてクダサイ。周りが光り輝く宝石ばかりなのに、あんなクズ石が一人ぼっちで居るなんて……もしもそれが自分だったらと考えると、ああ恐ろしい! だから、この街のように魔人が一人も居らず、他種族が集まる場所で暮らした方が良いと提案しただけデス。ま、あんなに醜い容姿ではどこにいても大して違いは無いかもしれませんが」


 そう言って、ジョナンがくるりと踊るように踵を返す。


「さてと、ワタシもこれで失礼シマス。次にお会いする時には、きっちり一千万リレを用意しておくように。アキマルさんにもよろしく言っておいてクダサイ」


 それでは。来た時と同じように靴音を鳴らしながら、店を後にするジョナン。穏やかで、平和で、楽しい日常があっという間に崩れてしまった。

 なんて呆気ない。ユアは一人残された店内で、へなへなと椅子に座り込むことしか出来なくて。


「……お父さん。私は、どうすれば良いのでしょう」


 もちろん、答えなど返ってくるわけもなく。誰も居ないがらんとした空間に、ユアの声が虚しく溶けて消えてしまう。少し前までは、これが当たり前だったのに。

 今は、どうしようもなく寂しく感じてしまう。今の幸せを手放したくないと叫びたくなる。


 ……でも、


「はあ……はあ……あ、アレクくん……意外と足、速いな……」


 やがて、よたよたと覚束無い足取りで明丸が一人で戻ってきた。彼の傍に誰も居ないことと、思い詰めたような表情に結果はおのずと伝わってきてしまうのだが。


「アキマルさん、アレクさんは?」

「すみません、見失いました。結構探したんですけど、結局見つけられなくて」

「そう、ですか。アレクさん……お薬、置いて行ってしまいましたね」


 カウンターに置かれたままの紙袋に溜め息を吐く。せめて、彼の家の場所さえ知っていたら届けられたのに。

 また、来てくれるのを待つしかない。ユアは泣きたくなる思いを持て余したまま、袋を丁寧に棚へとしまった。

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