第二話 頑張れる人は眩しいです


「そうだ、アキマルさん。私、お薬を持ってきたんです」


 ぽんと手を打って、ユアがお盆で運んできた包みを手渡してきた。白色の紙に包まれているのは、粉薬のようだ。


「お薬、ですか」

「はい。私、こう見えて薬師なんですよ」

「薬師……え、もしかしてこの薬、ユアさんが作ったんですか? へえ、凄いですね


 驚くアキマルに、ユアが照れ臭そうに頬を赤くしてはにかむ。そうか。異世界でも薬という概念があるのか。

 ……いや、別におかしくはないのだろうが。アキマルが考える薬というのは、お堅い研究所で白衣を着た人間が難しい顔で研究し生産しているイメージが強いから。


「えへへ。作るって言っても、レシピは父が残してくれたので、それを基礎としているだけなんです」

「それでも、十分に凄いと思いますけど」

「ありがとうございます。はい、お水です。どうぞ飲んでください、ぐいっと!」


 水差しから水が注がれたコップを手渡されて。促されるままに包みを開けた瞬間、ふと考えてしまう。


「……ちなみに、ユアさん。この薬って、何の薬ですか?」


 明丸は特に薬物アレルギー等は無いし、好きではないが粉薬も漢方薬も飲める。だから、薬を飲むのが嫌だというわけではない。

 いわゆる職業病のようなものだ。気を失って――パラシュート無しのスカイダイビングで気絶していたということは黙っておこう――倒れていた明丸に、彼女がどんな薬を用意してくれたのかが気になっただけ。


 でも、そんな何気ない疑問が、明丸の運命を少しだけ動かした瞬間だった。


「これは、『元気になる』お薬です!」

「……は? げ、元気になる薬?」


 素っ頓狂な声が出た。いや、だって。何、元気になるって。大体の薬はそういう薬なんだけど。子供相手ならまだわかるよ。でも俺、もうすぐ三十歳なんだけど。

 あれ、異世界だと違うのかな。これがジェネレーションギャップというやつですか?


「これはですね、頭痛薬とか胃薬とか栄養剤とか向精神薬とか……とにかく色々な薬を合わせた万能薬です! 父のレシピをアレンジした、私の自信作です! その一包みだけで、お身体の不調は全部解消出来る筈です」

「え、ええ……」


 綺麗な目を更にキラキラさせるユア。どうしよう。医療従事者の端くれとはいえ、医薬品の奇跡とも言える効果や実績は数え切れない程見てきたつもりだ。

 そして、それらの恐ろしさも。


「あー、えっと……」


 どうしよう。一度死んだ割に、得体の知れない薬を飲むのが怖い。ユアが毒薬を持ってくるとは思えないが。いや、でもここは異世界。今までの常識は通用しないと考えた方が良いだろう。

 ……ということは、もしかしてこういう滅茶苦茶な薬も案外平気なのかも。何より、彼女の好意を無駄にするわけにもいかない。


「い、いただきます!」


 包みを開けて、妙にカラフルな粉薬を口に流し込み一気に水を煽って飲み込んだ。舌に残る妙な甘さと、花のような香りに脳が混乱する。

 今、何を飲んだんだっけ? 粉砂糖かな?


「どうですか、アキマルさん。どなたでも飲みやすいように工夫したんですけど、男の人には甘過ぎましたか?」

「う、うーん。どうでしょう、ね」


 元々甘いものは普通に食べられるが、どちらかと言えば確かに男性向けではないかもしれない。

 薬における男性、女性向けって何?


「と、ところでユアさんって薬師さんだって言ってましたけど」

「ええ。ここ、私の自宅兼お店なんです。今居る二階が自宅で、一階が『薬局カナリス』です。そうだ、アキマルさん。お身体が大丈夫でしたら、運動を兼ねて少し見て回ってみませんか?」

「はい、ぜひ」


 ユアの提案に頷くと、アキマルはベッドから降りてゆっくりと立ち上がってみた。若干ふらつく感じはあるが、信じられないことにほとんど怪我をせずに済んだようだ。

 サリエルの加護とやらは本当に実在したのか……! どうしよう、ちょっとだけ泣きそう。


「ユアさんは、ここでご家族と一緒に住んでいるんですか?」

「いいえ。今は独り暮らしです。母は私が幼い頃に亡くなって、二年前までは父と一緒に薬局を営んでいたのですが、他界してしまって。あ、この部屋は父の部屋だったんですよ」


 お盆を両手で持ちながら立ち上がり、ユアが案内するように前を歩いて部屋を出た。温かみがある空間だが、ここに彼女しか居ないというのは何だか寂しい。


「そうだったんですか。すみません……迷惑をかけてしまった上に、お父さんのことを聞いてしまって」

「いいえ、気にしないでください。さっきも言いましたが、私はただ困ったり苦しんでいる人を見捨てないで、自分に出来るベストを尽くしたいんです。それに、アキマルさんをここまで運んできてくれたのは、私ではなくハルトさん達ですし」

「ハルト、さん?」


 リビングにキッチン、バスルームの順で家の中を案内して貰いながら。思わず、ユアの話を聞き返してしまう。


「はい。今日、私のお手伝いをしてくれていた冒険者さん達です。アキマルさんをここまで運んでくださった後、馬車の護衛のお仕事があるからと帰ってしまったんです。近いうちに紹介させてください、とっても親切な方達なんですよ!」

「え、あー……はい」


 何となく居心地が悪くて、項を掻く。考えてみれば、今まで人付き合いが苦手過ぎて職場でも浮いてたし、友人もほとんど居なかった。

 ユアも含めて、全く知らない人ばかりというのは気疲れする。


「次はお店と作業場ですね。ここでお薬を作っているんですよ」


 そんな明丸の気も知らないまま、ユアは階段を下りる。奥には倉庫と作業場、手前にはこじんまりとした売り場。日当たりが良く、温かみのある空間。

 薬局カナリス。まさか異世界にも薬局があるとは。それにしても、明丸が知っている調剤薬局やドラッグストアとは全然違う。旅行先で小物を売っているお土産物屋さんが一番近いかもしれない。

 カラフルな小瓶に、小袋。可愛らしい小箱など、女の子が好きそうなものばかりだ。

 作業場の方は、学校の理科室に近いかもしれない。やはり、大掛かりな機械などはない。全部彼女の手作りなのだ。


「父が作ったお薬は、とても評判が良かったんですよ。良く効くって、風邪でも切り傷でも、何でもすぐに治ってしまうって。父が……お父さんが亡くなってしまったのは、確かに悲しいですけど。だから、私はこのお店を護りたいんです」

「……そうなんですか。凄い、ですね」


 笑顔で隠しながらも、じくじくと胸が痛む。凄い。大切な人を亡くしながらも、悲しみをバネにして前を向いて頑張ろうとしている。

 羨ましい、悔しい。様々な感情が押し寄せては心臓を圧迫するよう。だって、明丸には出来なかったことだから。

 見当違いな嫉妬だとはわかっている。無意識に拳を握り締めれば、手首でブレスレットが小さく揺れた。


 

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