38 ルビノワと朧、世界の果てでご対面

 ルビノワがいつもの更新内容の報告を終えた後の事であった。




「それでは今日は、朧と私の出会った頃の事でも明かしましょうか。

 私、ルビノワはこれまで、よそで本名を名乗った事がありません。朧と同じ様な理由から、暗殺者育成キャンプ地であった村を出ました。そうね、十代前半だったはずだから、およそ70年くらい昔のお話です。で、彼女と同じく特別な処置をされ、ずっと20代中盤の姿のままです。実年齢は……まあ、ご容赦を。

 で、職に就くのは思ったより簡単でした。仕事は皆のやり方を見ていれば覚えられましたし、絡まれても、村での仕事で覚えた事が役に立ったんです。そこだけは感謝。そこだけですけどね。


 ある程度のスキルを身に付けた私は、会社に勤める事にしました。そこで、当時はそういう言葉は勿論なかったんですけども、上司にセクハラをされ、嫌になって辞めました。

 朧とは違う方向性でしばらく男嫌いになりましたね。


 その後、追跡の目を逃れる為に、あるつてを頼って外人部隊に入りました。傭兵だけの部隊ですね。

 そこで初め、事務処理の仕事をしていたのですが、やはり事務仕事って体力的な面で馬鹿にされ易いんですよね。で、訓練を受けて実戦投入してもらいました。

『自分の力を見せなければ舐められっ放しだ』

と思って。

 そこで色々な人脈を作ってから、別の部隊、別の部隊という風に移って行き、朧と出会いました。


 初めは、まあ言い訳ですけど、私は長年の傭兵生活ですれまくり、ものをすんなり信じない、かなり嫌な性格になっており、彼女の事は

『技術だけはある、場違いなお嬢さん』

という風にしか見ていませんでした。傭兵をしている以上、そんな訳がないんですが、彼女が

「一緒にご飯食べませんか?」

と言って来ても無視してましたし、大変失礼な女でしたねー。

 改めて反省。おサルのポーズで。これしか誠意の示し方が見つからないので。


 それで彼女の態度は、と言いますと今と変わらず、ほよほよとしてました。こちらの態度に関わらず、いつも良くしてくれていて、私はそういう彼女の優しさに、居心地の悪さを感じていました。

『優しくしてくれているのに、素直に受け入れられない』

という、ホントに今思えば駄々っ子の見本でしたね。そんな私を見て

『困ったなあー』

と苦笑いを浮かべて

『ごめんなさいねえ』

と言って去って行くのを見て、今度は少し寂しがったり。




 そんなある日、朧と同じ班で作戦をする事になりました。後は良くある話で、怪我をした自分を助けに来てくれたのが彼女だったんです。

 私は野戦病院に入院して、治療を受けていましたが、彼女が来た時、遂にこう言ってしまったんです。

『何故自分を助けたりしたのか。どうして死なせてくれなかったのか』

とね。泣き喚きました。

……本当は、早く死にたかったんですね。

 村からの追跡をとりあえずかわす為に傭兵部隊に入った事は、少しも私の心に平安をもたらしてくれてはいなかったのです。

 で、彼女が黙り込んだのを見て

(ビンタが来るな)

と思って少し身構えていました。ところが彼女、泣き出したんです。そりゃもうおいおいと。

 そして言いました。

「そんなに辛いならどうして相談してくれなかったんですか?

 せっかく

『こんな場所でも仲良く出来る人が見つかったかな』

と思ったのに」


 呆気にとられました。彼女は私の態度を少しも悪く思っていなかったみたいなんですから。てっきり口汚く罵られると思っていたので、拍子抜けして彼女を見ていると

「私が付いてますから。だから……一緒に頑張ろう?」

と言って抱きしめられ、ほっぺにキスされました。頭を撫でられました。一緒に寝てくれました。

 それが今日まで続いている彼女の、私に対するベタベタの記念すべき第一回です。

 これまでそういう扱いを受けた事がないばかりか、妙な不信感を抱いて自分から遠ざけていた状況。上司のセクハラの後は更にそれが酷くなり、自分の周りに壁を作っていた事になりますが、朧はその壁をひょい、と飛び越えて、私の中に入り込んで来たんですね。

 それで、寝てくれる事になった夜、お互いの事を少し話しました。朧が打ち明けなかったのは彼氏の話と、教師だった事、そして同じ村の出身である事。村の話は私もしませんでした。

 彼女の身体の事もそこで知って、びっくりしました。


 朧の場合はその手術を受けるチャンスを得た時に、

『違う名を名乗らないと、歳をとらない生命活動を営む事が出来ない』

と言われた様ですが、あれって酷い事に、値段によって差がある様なんです。私の時は何も言われませんでした。

 ですからその事をうっかり漏らしてしまった時、彼女はその業者に対して凄く怒りましたね。無理もないですけど、なだめるのが一寸大変でした。


 それから私は、彼女に対して少しずつ素直になって行きました。姿の見えない日は仕事の後に探し回ったり。げんきんなお話です。

 しばらくして私は、自分らしくもなくおずおずと彼女に言いました。

『傭兵稼業を続けながらでも、そうでなくてもいいから、一緒にあちこちの国を旅してみないか』

と。彼女、その途端に表情が明るくなりまして

「わお☆ 素敵ですね。何時にします? ねえねえ」

と言いながら抱き付いて来たので、かえって気が引けたり。

 結局少しだけ傭兵を続けながら、一緒に旅をする事にしました。身分証明に関する書類の用意が大変でしたけど。

 それからもう、30年、もっとかな、ずっと一緒ですね。どんなピンチの時も……。




 あ、そうそう。

『朧と同じ村にいた』

というのは、以前朧の墓参り中に少し明かしましたが、ひとくちに『村』と言ってもそれは広いものです。まして、噂が広がり易いとは言え、面識の無い人についての話に耳を傾けるはずも無く、この国に来る遥か前、これまたそう……およそ30年くらい昔の話ですが、不意に彼女からお墓参りの話が出るまで、同郷だとは思いませんでした。

 そして、その事を知った時、私は彼女を、村からの追っ手だと信じ込んでしまったのです。だって実に効果的なやり方ですから。

……勝手な話ですよね。自分だって村の話を避けていたくせに。

 まあそういう事も含め、はっきり言って、その時ほど悲しい思いをした事はなかったです。

 それで、そう聞いた瞬間に

『そういう事か』

と言って間合いを取りました。そしてあろう事か、彼女は私の攻撃を受け続けたんです。

 私の攻撃はホントに相手の出方の様子見になっていました。朧は、投げられ、蹴られ、当て身を食らい、それでも立ち上がって、悲しそうに微笑して私を見ていたんです。

 口の端が切れて、血が出ていました。あちこち青アザだらけになり、それでも防御なしで黙って立ち尽くしていた彼女。向こうも当然、何故そういう目に遭うか分かっていたんです。

 でも、油断は出来ませんでした。だって、そういう仕事を生業として来た村の出身でしたから。気を許した瞬間に死んでいておかしくないのです。

 業を煮やし、彼女に足払いをかけて転ばせた私の手には、サバイバルナイフがありました。それを彼女の頚動脈の辺りに押し付け、泣きながら聞きました。


『何もしないなんて、私を何処まで馬鹿にすれば気が済むんだ』


 すると彼女は

「昔、友達が感情を抑えきれずに

『自分と喧嘩しろ』

って言って来た時の事を思い出したら、何だかホントにもうどうでも良くなってしまって。

 あなたは間違っていません。そういう事も平気でする村です。

 どうぞ、殺して下さい」

と言って目を閉じました。

 後で聞いたらあの子、

『殺し辛かったら悪いから、命乞いも涙を流す事もしなかった』

と言うんです。また、

『そういう事をしてはかえって疑われると思ったので、

『誠意を示すしかないかな』

と思った』

とも言いました。私はそこで、

『何があっても朧を信じよう』

と決意しました。

 そこまで行ってやっと、ね。


 で、彼女を抱き起こして

『私が馬鹿でした。ホントに馬鹿でした!』

とボロボロ泣きながら彼女に謝り、知り合いの闇医者に連絡をつけ、治療してもらいました。あまりにも申し訳なくて、彼女の顔をまっすぐ見られませんでした。

 辛いくせにあの子、無理して微笑んで

『出て来た時、私に悪いと思って自殺していたりしたら、本気で怒りますからね』

と言って治療室に入って行きました。


 一晩中

『あの子を死なせないでくれ』

って廊下の椅子に座りながら祈っていました。普通そういう時って

『自分の命と引き換えでもいい』

とか言ったりするんでしょうけど、それをすると約束破りで彼女が怒りますから

(何を引き換えにすればいいのかしら……)

と、かなり悩みましたねー。

 困ったなあ、あの時。


 話が長くなりましたね。

 この続きはまたいずれ。皆と晩御飯を戴いて来ます。おなかが空きましたー。今日のおかずには私の大好物の切干大根があるんです。素敵よ、朧ちゃん☆

 ではごきげんよう……」

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