メイドと秘書のぼやき 6

 ルビノワの話が始まる。

「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 今日は主殿の横で彼のプレイする『侍』(PS2)の内容をずっと見ていました。あのゲームって目的は特にないんですね。生き残った者勝ちの様に見うけられました。今日の主殿は一応初クリアを成し遂げましたが、5番目のエンディングというものらしく、悲壮な結末でした。

 私も横で見ていて面白そうなので一回やらせてもらいました。結構捌くのが難しく、景気良く斬られてしまう事が多かったです。でも楽しかったからノープロブレム。またやらせてもらいます。

 では今日のお知らせを……」


 ルビノワの話が始まる。

「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 今日の関東地方は蒸しましたね。風が吹いているのが救いでした。

(長袖はもう要らないかな)

と思ったら、夜はそれなりに冷え込んでますね。私も一枚羽織っています。そろそろ暖かいか寒いかどちらかにして欲しい所です。

 では今日のお知らせを……」


 ルビノワの話が始まる。

「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 今日皆でイチゴを食べました。主殿が買って来たんですけどもジャム用のイチゴだったので甘くないんです。でもそれぞれ味が違っていてなかなか楽しめました。1パック298円プラス税。

 何故それを選んだのかと主殿に訊ねました所、

『一杯入っていて安かったから』

との答えが帰って来ました。質より量なんですね。うーん。

 それでは今日のお知らせを……」


 そんな感じで穏やかかつスマートに日常を送っていたルビノワだが、そこからのこの夜である。




 いつもの大衆居酒屋、いつもの席、いつもの二人。何も変わらないいつもの飲みに来た二人の様子である。今日も一日の仕事を終えたルビノワと朧であったが、今日は珍しく店頭で合流した沙衛門とるい、幽冥牢の姿があった。

 奥の、いつも朧が指定する座敷に通される。荷物を置いて、まずはゆったり。

 そこから、ルビノワによる、乾杯の挨拶だ。

「『サイト独立大体一ヶ月、無事に過ぎて良かったですね』

という事でお祝いです。カンパーイ!」

「おめでとうございます」

「おめでとうございますう☆」

「俺達の地道な活動もこれで実を結んだという訳だな」

「これからも皆で『暁幽冥牢帖』を盛り立てて行きましょうね」

 それぞれが注文した品のグラスを鳴らす。

「何だか

『ろうそくの最後の派手な灯火というのはまさにこれの事ですね』

という気持ちで一杯ですよう!」

「ふっ、仰って下さる……! もう酒が回ってらっしゃるんですか? 朧さん。

 こいつめこいつめ☆」

「んー☆」

 先日の騒動以来、イマイチ元気がなかった様子の朧だったが、どうやら少しずつ回復しつつある様だ。

 幽冥牢にほっぺをつつかれる朧が羨ましいので、ルビノワは挙手した。

「そこっ! 私も混ぜて下さい」

「何……だと……!?

 まさか欲求不満ですか? ルビノワさん、私が不甲斐ない雇い主なばかりに。

 どうぞ。かむかむ」

 打ちのめされた表情からそれは見る見る申し訳なさそうな顔になったが、いざなう幽冥牢。

「ではお言葉に甘えて……って、何だか主殿だってもう回っている様ではないですか!」

「はははは、ルビノワさん☆」

 珍しく幽冥牢が、ルビノワの左手を無邪気に優しく握った。

「ち、ちょっと主殿、困ります。その、いきなりそんな……恥ずかしい」

「たまには、その、何となく」

「むぅ……」

 しれっと言ってのける。食えない雇い主だ。

「ルビノワさんもちゅーしましょうよう☆ あなたの為に取ってあるんですよう?

 早く荒々しく奪いに来て下さいよう☆」

「やだもう、朧ちゃんたら嘘ばっかり。と言いますか変な期待するな」

「ルビノワさんも一緒に飲みましょう。悪い様にはしないですから、多分。

 と言いますか、物理的に勝てないし。私、搾取される側だし」

 ダウナー系の濃い陰影を、その自虐的な笑みにはらませる幽冥牢。

「あのー。人を捕食者とか傲岸不遜系成金みたいに言うの、やめてくれます……?」

「ああ、そこはすみません。

 ともあれ、この面子ではいずれにせよ、私など流れ次第です。はい、コップ」

「あ、主殿……」

 それとなくルビノワは受け取ってしまったが、幽冥牢のいつも以上の崩れっぷりに彼女の眼鏡が激しくずり落ちた。

 沙衛門がお猪口で一口飲んでから呟く。

「むう。頬を染めて笑う主殿というのは初めて見たが、控えめに言って怪しさ大爆発だな。とてもいい」

「日頃の冷徹ささえ感じさせる、キリリと澄ましてばかりの表情だけではなかったのですね。

 これからも

『健康には気をつけているはずなのに、見た目は不健康の塊』

に見える様に頑張って頂かないと」

「主殿は三食きっちり食べるし、絶対に喫煙はしないし、たまにしか酒を飲まないし、朝型だしで、下手をするとすぐ血色が良くなってしまうだろうからな。我々も苦労が絶えぬ。

 だが我々が陰で地道に頑張ればきっと何時の日か努力が実を結ぶはずだ。その目標に向かって力を合わせて頑張ろう、るい」

「やりましょう、沙衛門様……!」

 決意する二人の忍びのバックに火柱が燃え上がったのを、ルビノワは確かに目撃した。そして一応の忠告を投げかけてみる。

「お二人とも何の怪しい相談をしているんですか? 主殿の血色が悪いのは別に狙ってやっている訳ではないんですよ!?

 天然なんですっ、天然! ネイティヴ!! ナチュラルフーズなんです!」

「私は健康食品だったんですね。いやー、また後付け設定が加えられちゃったわー」

「明かされる真実とは違うのが憂鬱ですよねえ。

 まあ、見えない明日に乾杯を」

「そうしましょう。かんぱーい……」

 雰囲気がお通夜! 朧までその愛らしくも麗かな顔に陰影を漂わせつつ、どこからか出したワイングラスを軽く幽冥牢と打ち鳴らし、口へと運ぶ。

 怪訝な顔でそれを見やりながら、沙衛門が、ジト目で柿ピーを頂くルビノワに囁いた。

「まさかあれは素なのか……!?」

「ええ、素れふ」

 るいも怯える様な表情でルビノワに囁いた。

「元からですか……!?」

「ええ、元はられふ」

「そんな人間がこの世に存在していると申されるか!?」

「れふからあの人がそうれふってば」

 口元を手で覆いながら柿ピーを堪能しつつ、そう言ってルビノワは、朧とにこやかに談笑している我らが主を指差した。

 これまた久方ぶりに白黒反転印刷になる二人の忍法者。

「沙衛門さん達、静かになっちゃった」

「そうですねえ。赤くなったり白黒になったり忙しいですけど、どうしたんでしょうねえ☆」

 穏やかながらも楽しくお酒を頂戴し、歓談する幽冥牢と朧。その内の幽冥牢へ、奇怪な生き物でも見る様な視線を飛ばす二人の忍び。それを察した幽冥牢が口を開いた。

「……何だか途轍もなく失礼な思考を含んだ視線を浴びている様な気がするのは気のせいかな?

 ちょっと、どうしたんですか、二人とも。黙っていちゃお母さん分からないよ?」

 忍び二人の背中をかつて経験した事のない怖気が走った。そしていたたまれなさを前面に押し出した様子で、雇い主を見つめた。

 るいが拳で目元をぐいと拭う。

「あの主殿が……ご自分の事をお母さんなどと申しておいでですよ、沙衛門様」

「この前はこーひーを飲んでミラクル三○になったが、あれだけではなかったのだな。

 血行不順の為に人格障害まで起こす様になっているのに気がつかなかったとは……この鬼岳沙衛門、一生の不覚……!」

 沙衛門が両手で奥ゆかしく口元を覆い、嗚咽する。

「言われとる。わたくし何だかとてもえらい事言われとる」

 哀愁漂う様子の幽冥牢の発言はスルーされた。沙衛門が涙ながらに、隠された美貌を垣間見せながら呟いた。

「済まぬ、主殿。一人でずっと苦しんでいたのだな……!」

「いえ、お二人ともご存知の様に、この人、何だかんだで毎日それなりに楽しくお過ごしでした」

 沙衛門とるいの将来を心配する眼差しで、ルビノワが告げておく。沙衛門はゆっくりと首を振った。

「ルビノワ殿。それは主殿の寂しさの裏返しなのだ。

 何と……何と不器用な御仁よ。うう、涙が」

「明らかに沙衛門さんとるいさんの勘違いの様な気が……」

「とりあえず言わせておいて下さい。すぐ収まります。

 沙衛門様のこれは、所謂ガス抜きの様なものです」

「はい」

 沙衛門との旅路のあれこれの賜物か、我に返るのも早いるいとルビノワの話もスルーし、沙衛門は幽冥牢に近付くと、その両肩をがっしと掴んだ。

「主殿、これからは俺と皆が付いている。遠慮なく甘えて来てくれ」

「あ、はい。

 良く分かりませんが、ありがとうね。よしよし」

 沙衛門の頭を優しく撫でる幽冥牢。彼にとって親しい者の頭を撫でるのに理由は要らないのだ。

「ううっ、主殿!」

「何なのもう泣いちゃってコイツ~☆

……って何で押し倒すかなあー! 酔っ払い丸出しでこらこらシャツの中に手を差し込むんじゃないよってそこは弱点なんだからあああールビノワさーん!!」

 とりあえず沙衛門を羽交い絞めにする、口の端に苦々しげにするめの切れ端をくわえたルビノワ。

「おお! ルビノワ殿と来たら、何と大胆な!」

「いえ、何らか見たくらい展開にらりそうなので」

「俺はドキドキする。この際、皆でどうだ?」

「勿論私も混ざりますよう☆ ご主人様ぁ☆ ちゅうー☆」

「嗚呼、恐れ入り……!」

 おもむろに幽冥牢の頬にキスをする朧。彼女も既にかなり回っている。

 尤も、一応礼は言ったものの、幽冥牢は三人分の体重の下にいるのでそれどころではない。

「おーもーいー。苦しいー。

 荒い息が首筋にかかって何だか恥ずかしいー。沙衛門さんの鎖帷子が食い込んで痛いー。

 ルビノワさんの太ももは……えっ、太もも!? あー、まあその何だ、失礼します!」

 もらえるものはもらっておけ。それが幽冥牢がこの社会で得た苦くも頷かざるを得ない教訓のひとつだ。

 そんなあれこれからの一礼。そして、どさくさに紛れて彼女の脚を優しく撫でる。

「きゃっ! 主殿のエッチ!!」

「えー、だって、触っていいのかなと思うじゃないですか!」

「ルビノワさん、今日は言ってる事が滅茶苦茶ですよう。さっきは私とご主人様を

『気が済むまでマーベラスしたい。メイ○アップシャドウしたい』

と言っていたのにい」

「そこまで言ってない! 何故井上陽○なんだ!?

 そもそも、何で皆だけそんなに回ってるの? 私もお酒飲みたい!」

「では僭越ながら私が飲ませてあげますよう。口移しで。るんるん☆」

 朧が口に日本酒を含み、ルビノワの首に抱きついた。勿論びっくりして逃れようとする彼女だったが、今度はるいが後ろから抱きついて来た。

「逃がしませんよ☆ ほほほ」

「キャー!」

 朧の唇が彼女のそれをやや乱暴に覆った。抵抗したが飲まされてしまったルビノワ。

 先ほどから結構エキサイトしているせいか、身体が熱い。これではきっと、すぐ回ってしまうだろう。

 彼女は諦めて、この状況に身を任せる事にした。

 口中の酒はムカつくので嚥下してやった。やったのだが。……長い!

 やがて、

『ちゅっぽん☆』

と全日本栓抜き音当て早当て選手権的な音をさせ、ルビノワから唇を強引に離した。

「はぁ、はぁ……あんたね、窒息するでしょ!」

「ふええ、もう終わりだあ……」

「黙れ!

 沙衛門さん、罰として朧に頭撫で撫での刑で」

「あ、はい」

『はい』て。

 そう思いながらも、めそめそする朧を任せ、ルビノワはるいに訊ねた。

「もうっ……るいさん、一体どういう話の流れなのか分かる様に説明して頂ける?」

「『私も酔ってますから』

というのでは駄目でしょうか?」

「説明になってないです」

「申し訳ございません」

 テーブルに手を着いて、深く頭を垂れるるい。彼女は顔に出ないタイプだとルビノワは見ていたのだが、様子がおかしい。多分回っている。

 幽冥牢は依然として、皆の下でもがいている。

「ねえ、そろそろホントにどいてー。何かアバラがミシミシ言ってるんですけどー。

 あんまり意地悪しないで下さーい。何か俺にしたいなら言ってくれれば内容次第では言う事聞きますう」

 それでやっと皆がどいた。

「何と、醜い人達なんだ……」

 驚嘆を隠せない彼は、尊敬する声優さんである玄田哲○さん風に、ついぶっちゃけてしまった。三人のジト目が幽冥牢を貫く。

「ほほう、俺達の重みが忘れられぬと仰せか」

「まあ、それじゃあまた何となく載せて頂きますかねえ」

「ふふ、読めないお方ですね、主殿」

「いや、違うので。そういう事ではありませんので!」

 改めて乗り直そうとする朧達に深く一礼して、それは回避出来た。




 幽冥牢はとりあえず一杯水をもらって飲み、ルビノワの勧めで膝枕をしてもらう事になった。ルビノワもちびちび飲み始める。

 すぐ傍らで、沙衛門はるいと

『あー』

だとか

『うー』

だとかうめきつつも穏やかな笑顔で、手酌酒。




 やがて、ルビノワと朧が、静かになってしまった幽冥牢を、心配そうに覗き込んだ。

「主殿、どうですか? 気分は」

「脳にアルコールでも回りましたかあ? ご主人様」

「そら、回るでしょう……うう、疲れたよー。もう駄目です、ルビノワさーん……」

「はいはい。よしよし、疲れましたねー。

 主殿がお酒を飲むとどうなるのかは良く分かりました。今度はもう一つの

『延々と最近思った事を真面目に話し続ける』

というのを確認させて下さいね?

 主殿と長話をする事ってあまりありませんから……主殿?」

 アルコールに弱い血族と見えて、彼女の言葉をどこまで聞き届けたのか、幽冥牢は既に眠っていた。

「ぐっすりお休みですねえ」

「寝かせてあげましょう。私は見てますから、皆は隣のもう一つ借りた座敷の方で悪いけど飲んでてもらえますか?」

「そうしようか」

「そう致しましょう」

「ですねえ☆」

「では、後はよろしく」

「ええ」




 すやすやと眠っている彼。

(また逃げられちゃったな……)

と思いながら、その幽冥牢の頭を、そっと優しく撫で続けるルビノワだった。

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