12 侵入生歓迎会は喧嘩と仲良し

 ルビノワの話が始まる。

「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 遂に主殿のサイトが独立して新規スタートという事で、私や他の皆も頑張ったりそうでなかったりしながらやって行きますので今後ともよしなに。

『リンクロワイアル』をアップしました。まんま『バト○ロワイアル』風ですが、こちらでは

『出席番号の数が増えて行けばうれしいな』

という意味が篭められています。さて、どう売り込みに行ったものやら……」




 幽冥牢もどうにか回復し、屋敷に戻って来てから早くも一週間が過ぎようとしていた。




「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 2月も明日で終わりですね。こういう仕事をしていると曜日感覚が麻痺して来ます。たまにこのコーナーの分をまとめて収録したりするので尚更かもしれませんが、それが終わると途端に私は五日間休みになったりするので、あまり文句はなかったり。やはり身体が資本ですからきっちり休まないと」

 息をつくと、ルビノワはプライベートについて話を始めた。

「私の場合、一人の休みの時には何の用事がなくてもとにかく出掛けます。そして降りた事のない駅で途中下車し、適当にぶらつきます。変わった所はないかと目星を付けておいて、上手く朧と休みが重なった時は、彼女とそこへ行きます。新しい遊び場を発見して二人で楽しんで来る事も。

 でなければ場所は相手にお任せです。交代でそれをやります。何故ならお互いに自分の行き付けでない所に相手を連れて行くので、新鮮な気分になれるからです。時には掘り出し物を見つけたり、驚くほど品物が安いお店に出くわしたり。

 また、何となく入ってみた小さな食堂やお蕎麦屋さんなどで美味しい物を戴いたり。ゲームセンターで互いの腕を競ったりも。私は狙撃のゲームが好きです。

 そういう事が殆どなくても彼女は私を退屈させないのでいい意味で発散出来ます。朧は自分の服装に誇りを持っている様で、休日でもあのメイド服のままです。ですから目立つ目立つ。以前など

『何の撮影ですか?』

とお年を召したご夫婦に聞かれました。朧は一人でソフトクリームを舐めながらアンティークのお店を眺めているし、説明が大変でした。何と説明したかは忘れましたが」

 そこでおかしそうに笑う。

「一応私達は逃亡中の身の上なので、色々なアクシデントにも出くわしますが、

『家で寝ているよりもずっとマシよね』

と今では開き直っています。

 二人でなら今までも何とかなったし、次も何とかなる様な気がするから。

 まあ、それはさておき、素のままで気分転換に貢献してくれる朧に感謝感謝☆

 皆さんも有給が取れるときはきっちり取りましょうね。下手すると寝たまま死にますし。

 では、今日のお知らせを……」




 そこまでは良かったのだ。新人達とはここで初顔合わせと幽冥牢から聞いていたし、三人で会議をした上で、おかしな身元の人物だとは聞いていなかったから。

 二人加わると聞いており、いずれも日本人だという。つい先日、数日の休暇を取って幽冥牢は母方の祖父母宅へ出かけていたのだが、そちらで合流し、連れて来たという。

 広い屋敷とはいえ、生活で顔を合わせられるスペースなのだから、出くわしても良さそうなものだったが、それも全くなかった。

 地下の、朧に割り当てられている『朧スペース』みたいな場所が他にもあるのだろうか? 幽冥牢と朧と三人で、屋敷の探索は一通りしたはずなのだが。




「以上が今日の更新です。

 今日は夜には新人さんの歓迎会があります。その時間には帰って来るのですが、主殿はふらりと何処かへ行ってしまいましたので、私と朧がお留守番です。主殿のいけず☆」




 そんな流れがあり、いつもの挨拶で締め、更新した部分のお知らせが終わった。本日分の仕事の終了でもある。

(さて、顔合わせだ)

と、自然に心身が引き締まるのを感じながら、ルビノワは待ち侘びているであろう連中と、朧を呼んだ。

「どうぞ」

「いやっほう☆ 朧ですよう!」

「初めまして。鬼岳きがく沙衛門さえもんだ。

 明るい所はやはりいい。死んでいった仲間の顔が浮かばずに済む」

 そう言ったのは、ざんばらのボブカットで、顔の右半分に火傷の跡がある男だった。右目を閉じている事もあってか、眉間にしわを寄せている。服は黒の……忍び装束という奴だろうか? その上に、袖なしの濃い紫の羽織りを纏っていた。装束の袖は肩の部分で裂かれており、鎖帷子と思われる、ルビノワ達が呼ぶ所の薄手のチェーンメイルが上は彼の首元から、見える所では手首の先までを覆っている。そして指貫グローブを思わせる手甲。帯の代わりに胸の下から腰の上にぎっちりと撒かれているのは恐らくサラシだろうと、ルビノワと朧は察した。そして、脚絆に足袋に草鞋という佇まいであった。

 両頬の、鮫の歯を逆さにして、顔の中心へ向けて走っている文様の様なものは何なのだろう。

「初めまして。鬼岳沙衛門が従者、るいと申します。

 今日の沙衛門様は緊張していてこんな感じですが、きっと話していてもこんな感じです。ですから遠慮なくツッコミを入れてあげて下さいね」

 そう告げた女は、紫色の、まさにイメージにすぐ浮かぶくノ一風の、裾の短めの着物を纏っていた。膝上十センチくらい。下着のラインが見えないから、多分履いていない。こちらは沙衛門の様に袖は避けておらず、肘の先辺りまでのそこから先は、肘から手首までを覆う手甲があった。指貫グローブ風の部分だけは共通である様子だ。足元は膝下からの脚絆と旅と草鞋。

 ウルフカットのまま伸ばし続けた様な、長めの黒髪が美しい。その面立ちも美しく、肌も日本人独特の白さだった。

 髪の奥から覗く彼らの瞳の色を見て驚いた。沙衛門もるいも、黒目の部分の色が紫色だ。

(何か事情があるのだろう)

と、察しておく。眼球そのものに加工をしてしまう連中など、海外にはざらにいる。それに比べれば、仕組みはよく分からないが、可愛いものだ。

 ルビノワはフランクな微笑を浮かべつつ、告げた。

「ああ、そうなんですか。こちらこそよろしくお願いしますね☆」

「ツッコミOKですかあ。では」

「あなたは開いた手の甲で相手の胸を

『ぺしっ』

と叩くだけにしておきなさいね」

「ええー、何でですかあ?」

「あなたの手刀は切れ味が良過ぎるからです。しかもスピードとかに全然比例しない切れ味じゃないのよ、朧ちゃん。

 だから

『んもう、何いってるんですかあ』

とか言って チョップされた途端にあさっての方向に人のパーツが飛んで行くのを私は見たくないの」

「ああ、そうですよねえ。いっけな~い☆

 私、すっかり失念していましたよう!」

「分かってくれてお姉さんは嬉しいぞ。こいつめ☆」

 優しく朧のほっぺをつつくルビノワ。くすぐったそうに微笑む朧。

「ああん、ルビノワさあん☆」

「仲がよろしくて羨ましいですねえ。沙衛門様」

「全くだ。 敵の組屋敷にうっかり入ってしまった時の様な居心地の悪さだな」

「帰りましょうか」

「一抹の寂しさが胸中をよぎるな。後で慰めてくれないか、るい」

「まあ、沙衛門様ったら」

 赤く染まった頬に手を当てるるい。只それだけの事だったが、その仕草は匂い立つような、壮絶な『おんな』の妖艶さを辺りに振り撒いた。

 二人の姿が陽炎の様にぼんやりとして来たのに気が付いた朧とルビノワ、それぞれがそれぞれにひっしと縋り付いた。

「二人の世界に入ってしまって済みませんでした!」

「謝りますから帰らないで下さいっ! 帰ったら泣き喚きますよう!?」

「あ、沙衛門様、ずるいです。ルビノワさんの奮い付きたくなる様な豊かな乳房の感触を一身に受けたりして。きい」

 袖を噛んで引っ張るるい。

「るい、お前こそ朧殿の全ての生き物の獣性を狩り立てずにはおかぬその白い肌と 西洋女給服の融合を正面から抱きしめているではないか。俺は代わって欲しいくらいだぞ」

「気持ちが良いですよ。ルビノワさんのは私はまだ味わった事がありませんけれど、朧さんは抱き心地が最高です。

 この緩やかな曲線を描いた胸とお尻が何とも言えません。

 何だか……押し倒していけない声を上げさせたくなって来ました」

「あのー。そろそろ離して頂けませんか?」

「あっ……くっ。変な所に……指を這わせないで下さい……っ」

 自分はともかく朧があっさり陥落しそうなのに気が付いたルビノワが警戒モードで告げた。

「あら、残念。では最後に少しだけ交換しますか?」

 沙衛門が表情を和らげ、言った。

「……いや、また今度にしておこう。ルビノワ殿。失礼した。

 何しろ我ら

『次の刹那には冥府にいるやも知れぬ』

という世界で生きて来た故、

『毒を食らわば皿まで』

という考えが性根に染み付いていてな。いや、

『花を食らわばその根まで』

と言った方が正しいか。重ね重ねの無礼、お許し頂きたい」

「朧さん、ごめんなさいね。もうやめますから、私の首の後ろの手刀をどけて下さらない?

 私はあなたを消し炭にはしたくないわ。また、首を飛ばされるのもご免こうむりますしね」

「じゃあ、変な事は控えめにしてくれますかあ?」

「たまには抱きしめてもいいかしら? 可愛いもの、あなたもルビノワさんも。

 これは馬鹿にしているのではなくて、正直に誉めているんですよ」

「……考えておきます」

 声を揃えて告げるルビノワと朧に、ほほほと口元を袖で隠して笑うるい、ははは、と快活に笑う沙衛門を見ていると、不思議に警戒心が薄れていく。

(これも彼らのやり方の一つなのだ)

と思ったルビノワと朧は何か空恐ろしいものを感じた。

 しかしまだ最初だし、こちらを警戒しているのかもしれない。仲良くなればこの奇妙な感じも変わるのではないか、と思う事にした。

 でないと、この先程から頭の中でうるさい本能の警戒アラームが鳴り止みそうにない。

(こんな時に何処に行ってしまったのよ、主殿)

 ルビノワは何だか無性に、あの飄々とした幽冥牢の姿を直に視界に納めたくてしょうがなかった。

 彼がそこにいればすごく安心出来る様な気がした。

「ご主人様、早く帰って来ないかなあ。私、何か怖くなって来ちゃいましたよう……」

 その言葉にいつもの朧らしからぬものを感じ取ったルビノワは、朧の手を軽く握り締めた。向こうも握り返して来る。

(一人でなくて正解だったかもね)

と久々に心底思った。自分も怖いのだ。目の前で明るく笑うこの二人が。

 その時。


「ただいまー……あれ、何? この寒々しい雰囲気は」

 買い物袋を下げた幽冥牢がルビノワ達の方へ歩いて来た。

「ご主人様ぁ!」

 その首っ玉にかじりつく朧。ルビノワもそれとなく主の後ろに立つ。何故なら、小声で

「あら、逃げられちゃった」

とるいが残念そうに呟くのを聞き取ったその時、初めて鳥肌が立ち、

(今回は強がるのを止めよう)

と思ったからだ。

 それを知ってか知らずか、朧の頭を撫でつつ、ルビノワの背中をぽんぽんと叩きながら幽冥牢が声をかけた。

「ん、喧嘩?」

「いや、違うぞ、主殿。少し悪ふざけが過ぎた様で警戒されてしまって困っていた所でな」

「あ、分かった。たらし込もうとしたんでしょう?

 沙衛門さんってば俺の苗字が昔の仇のそれと同じだからって。やっぱり信用してもらうにはまだ早いみたいですね」

 ため息を漏らしながらテーブルに買い物袋を置いた幽冥牢に、ルビノワが怪訝な表情を浮かべた。

「仇?」

「ええ、どうも因縁があるらしいんです。沙衛門さん、話してもいいですよね?」

「ああ、その方が助かる。早めにはっきりさせておこう」

「じゃあ。俺の苗字は『躯螺都くらつ』っていうでしょう? どうもね、こちらの鬼岳沙衛門さんが昔、敵対していた相手の名前と、何と字まで同じらしいの。

 それで、イマイチ安心してもらえてない、という事なんです」

 沙衛門を見て、話を向けた。沙衛門が

「説明は受けたが、あっさり信じられる稼業ではなかったものでな。幽冥牢殿は生まれも育ちも異なるのだが、そいつの子孫なのではないかと思っている。それで、幽冥牢殿の母方の祖父母の血縁についても、彼の協力を仰いで調べてみたのだが、少なくとも六十年はその土地にいるという。しかも元は武家の血筋だったとか。

 俺達は刀は持てたが、それでも郷士。幽冥牢殿のご先祖は恐らく上士だろう。そこで何とか合点が行ったが、様子を見たいと、そこのるいと三人で話をしたという次第なのだ」

「なるほど、昔の仇の子孫じゃ、確かに落ち着かないですよねえ」

「ありがたい、朧殿。まあ、そいつとも別に元々敵同士ではなかったのだが、話がこじれにこじれてしまって、収まりがつかない有り様になってしまった。挙句の果てに、刃を向け合う立場となってしまって……」

 苦い過去を秘めているらしく、隻眼の男は言葉を濁した。ルビノワがそこで口を挟んだ。

「ちょっと待って、沙衛門さん、

『刀を持てた』

って今言いましたよね?

『郷士だ』

とも。郷士って、かつての、江戸時代とかその辺りのこの国の身分制度の呼び方だったかと思うんですけれど、違います?」

「いや、当たっておる」

「そうだね。仕事のポジションの違いでもあるけれど、上士と郷士の間には埋められない格差があったって、何かで読んだ」

 沙衛門が頷き、幽冥牢が、多少の補足をする様に告げた。

「それってどういう事ですか? 沙衛門さんもるいさんも、

『どこかの武道を嗜む人達かな』

と思ってましたけれど、そういう事じゃないんですか?」

「ふむ……」

「まあ、それで通れば良かったんだけれど……お二人とも、打ち明けていいですか?」

 苦い顔で幽冥牢が沙衛門とるいをそれぞれ見やると、彼らは存外にあっさり頷いた。

「俺達がここで仕事を手伝うにあたって、幾つか質問をさせてもらったのだ。戸籍が必要だとか、そういう事を。

『身分証名証を用意する為のコネはある』

と、幽冥牢殿から聞いている。

『朧殿に頼んでみる』

とも」

「ああ、そういえばそんな話をしましたねぇ」

 朧の傭兵時代からの独自のコネがあるそうで、

『そちらを通せばおよそ用意出来ないものはない』

という話になった事が、以前幽冥牢とルビノワを含めた三人の間にあったのだった。改めて朧は、幽冥牢が実家に戻る前にその確認をして来たので、用意するにはどうしたらいいのかを説明したのである。

 息をついて、朧はいつになく真面目に言った。

「すると、このお二人の分の日本人国籍を用意すればいいと」

 幽冥牢が頭を下げた。

「そう。お願いします」

「お金がかかる話はしてありますよねえ?」

「俺がこの屋敷の管理を任された時、最初に屋敷の当面の維持費という事で、かなりまとまったお金を渡されてる。それを今回使いたい」

「幾らくらいですかあ?」

「九桁」

「十分ですねえ。三分の一も使わずに済みますよう。数日だけ頂ければ」

 顎に手をやり、虚空を眺めて返事をする朧を見て、幽冥牢が安心した様に息を吐いて、言った。

「お願いします」

 妙に真剣な幽冥牢を見るのは初めてではなかったが、話は済んでいない。ルビノワが訊ねた。

「で、どういう関係の方達なんですか?」

「率直に言えば、母方の祖父母の係累から二人の身柄を預かる事になりました。付け加えれば、今の時代の人達ではないです」

「……それを信じろと?」

「今までも信じ難い話をルビノワさんと朧さんにしたけれど、明かせる範囲で明かしたものは、少なくとも全部事実だったでしょ? 今回もその範疇の話です。俺も正直びっくりしてるんだよ」

「それは今の時代の人じゃないと聞かされればびっくりはしますよね」

「でしょう?

 それだけじゃなく、しかもつい先日、分かりやすく言えば転生させたんだって。方法は知らない。で、お二人とも全盛期の様子のままだそうです」

「転生って……」

 今度こそルビノワも首を傾げた。この国に在住して半世紀程になり、その間、信じ難いものも色々見聞きして来たが、いやはや、人間の転生とは。

「だよね。

『漫画かよ』

って思うでしょう? 俺も問い詰めたんだ。で、

『そうじゃないんだ』

って言われた。

 だから俺も真面目に困っているし、二人に力を貸して欲しいんだよ」

 なるほど、ほとほと困り果てた時の幽冥牢の様子だ。実家に戻る前にも

『担がれている可能性がある場合はそっちに帰るまでの日数がずれると思って。いい加減な事も割とサラッとやる家だから、その時はちょっと怒って来るんで』

と言っていた。それが予定の日数通りに戻って来て、二人も連れが増えている。

 今は幽冥牢の言葉を信じるしかなさそうだ。

「じゃあ、正真正銘、真面目な話なんですね?」

「です。で、さっき郷士だって話したけれど、どういう流れでうちの母方筋に話が行ったのか分からないんだけれども、お二人ともご出身は甲賀で、お仕事は忍者をされていたそうです」

「忍者……」

「真面目な話、現代でも継承者はいるんだよ、忍者の。ただ、

『自分の代で終わらせる』

という事で、弟子を取ったりしている人はほとんどいないって。だから、調べ様はないと思う。甲賀忍者については伝承が残っているけれど、このお二人が生きてらした時代は織田信長が本能寺で死んだとされた時期と前後して、十年後かそこらだそうです。ですよね?」

「幽冥牢殿の話は本当だし、俺達も嘘は付いていない。正直うろたえている。

 甲賀の出身ではあるが、抜けた」

「抜け忍っていう奴ですかあ?」

 朧が腕組みをして訊ねた。何かを思い出したのか、沙衛門は寂しげな微笑を浮かべ、肯定した。

「左様。よく知っておられる……」

「私達、日本に興味があって、海を渡って来たんですよう。それからかなりこっちで生活してましてえ。

 ね、ルビノワさん」

「ええ。まあ、私達も色々訳ありですけれど、先にお二人の話を済ませましょう。ややこしくなるわ」

「良かろう。で、その後は、各地を点々としていてな。仕事の途中で、俺もるいもヘマをして死んだはずなのだ。

 それが、目を醒ましてみれば、るいと一緒に得体の知れない者達に囲まれており、

『何奴』

と問えば

『故人の遠い昔からの約束で、あなた方を蘇らせたのです』

と言う。で、死なない奴というのには出会った事があるが、死人を、それも元の本人の状態で蘇らせるわざなどというのは俺もるいも見聞きした事がない。で、俺とるいの使い道と言えば、今言った通り、戦の道具よ。となれば、それとなく蘇らせられた後にさせられる事も予想出来るというものだ。

『訳の分からぬ傀儡にされるのは真っ平だ』

と跳ね除けるつもりだったが、話をしてみれば、俺達にも関わる何かが、どういう訳か幽冥牢殿のその連中の所へ流れたという。連中も親から子へ、俺とるいを蘇らせるわざと事情を伝え続けて、で、

『何か俺達がすべき事は文献みたいなものに遺されていないのか』

と聞けば、

『ここからはあなた方お二人が全てを決め、その先で知って行かれよ、との事です』

と言ってくれる。その人物も、その親も、俺達を蘇らせ、それを伝える為だけに代々それを秘匿して来たのだという。役目が果たせてすっきりした顔をしていた。

 それから事情を知った幽冥牢殿と対面し、今日ここに連れられてやって来たという流れなのだ。

 お主らも雇われの身で、戦に臨んだ過去があると聞いてな。何から何まで知らない事だらけ故、せめて仲間となると言われる者達がどの様な連中なのか腕を見られれば、という事で試す形を取ってしまった。

 申し訳ない」

 沙衛門は頭を垂れた。ルビノワはそこでやっと合点が行った。遅過ぎるくらいだったが、こういう流れは傭兵稼業ではいつもの事だ。新しい場所で舐められない為の最初の一歩。所謂『挨拶』という奴だった。

 やれやれだ。綺麗に失念していた。

 なので、自分からお詫びも込めて告げた。

「なるほど……私達もそういうのはよくやった事があります。嫌なやり方だけど、確実だから」

「そういう事だったんですねえ。色々とお二人のいらっしゃった時代とは違っていてびっくりにも程があるとは思いますけどお、事情が分かったら、もう何だかOKです。

 沙衛門さん、頭を上げて下さいよう」

 にっこりと朧が微笑したので、ルビノワも警戒の雰囲気を漂わせるのはやめた。

「朧さん……」

 るいがそのウルフカットを伸ばしに伸ばした長い前髪の奥で、瞳を滲ませた。

「ありがたい。ルビノワ殿、朧殿、先程は本当に、びっくりさせてしまって済まなかった」

 沙衛門は改めて深々と頭を垂れた。

「私も申し訳ありませんでした。朧さんをすっかり怖がらせてしまって」

 るいも続いて頭を下げる。

『いいからいいから』

と二人になだめられ、るいも沙衛門も、やっと頭を上げてくれた。

 さて、と呟いてルビノワは額に手を当てた。

「いやはや、参ったわね……どうしたものかしら」

「ご主人様にも沙衛門さん達にも事情が分からないんじゃあ、みんなで改めて話し合って、今後の色々を決めて行くしかありませんねぇ」

「ほんっとにすいません! どうか助力を!!

 金ばかりでどうにかこうにかなるもんじゃないんだろうけれども、放り出せるんならこの人達も連れて来てないし、うちの母方の祖父母ってもうその代の親戚はバラバラでどこに話を持って行けばいいのかも分からないし、金銭的な助力も出来ないんだって。

 そこはさすがに怒ったんだけどさ、逆切れされました。で、喧嘩になりました。祖父母は一応こちらの味方らしいけれど、

『一度土地から出たら、親戚でも他人』

っていう土地柄で、前述の通りなんだ。基本的に母方の血筋は女が強くて、かと言って金持ちの相手を掴まえられた訳でもなくて、具体的に言うと貧しいです。一部の叔母を除いて色々駄目駄目なんです。

 でもさ、今更そんな沙衛門さん達を放り出せないよ! 正直途方に暮れたけれど、ルビノワさん達に相談する為に連れて来ました。お願いします!!」

 幽冥牢も頭を下げた。完全にお手上げの様子だ。

(さっぱり分からない事を丸投げされて、幽冥牢さんもとんだとばっちりね)

と、ルビノワは朧と無言で困惑した視線を合わせ、吐息を漏らした。困難なだけで、何とかし様はあるのだ。

「分かりました。皆で相談して、何とかして行きましょう?

 だって、まだ出会ったばかりだけれど、皆、社会で苦労も一杯して、それを分かち合ってもいい、仲間なんでしょう?」

「ルビノワさん……! ありがとうございます!!」

「かたじけない。ルビノワ殿、朧殿、どうか、この鬼岳沙衛門とるいを、よろしく」

「ありがとう、ルビノワさん、朧さん……ううっ」

 幽冥牢がうつむいて、拳で涙を拭ったのを見て、他の四人が慌てた。

「な、泣かなくても大丈夫ですよう!? さっきのお金の事だって、あくまで社会人としての最低限の確認で、それはご主人様も良くお分かりだと思って……脅しとかじゃないんですから、安心して下さいよう!」

 彼の腕をさすりながら、朧が言った。

「うん、うん……だよね。分かる……その事じゃなくて、もう話が突然だし、こういうので呆れられて縁を切られる事が一杯あったからさ、全くいい展開が予測出来なかったから……えぐっ」

 ルビノワと朧はそこそこ見慣れていたので対処のし様はあったが、日頃の飄々とした佇まいからは予想も出来ぬ弱り具合をそんな彼の姿に、声を上げた者がある。

 誰あろう、鬼岳沙衛門その人であった。

「何と……! 幽冥牢殿もなのか」

「幽冥牢さんもなのですね……」

(あー、見た事ないもんね)

と、ルビノワはどこかで冷静になっている自分を感じずにはいられなかった。るいまでが両手で口元を覆いながら、瞳を潤ませている。

「ひっく……お二人もなんですか?」

 沙衛門が肩を震わせ、慟哭した。

「いい事なしだ! 今回みたいに!!」

「転生なんかさせられてポイですもんねえ……」

「その前だって、出来る事はおよそ全てやった。財布の中身も全てはたいた!

 何も出来ないなりに、俺としては付いて来てくれていたるいにそうしてやりたかったのだ……!!」

「沙衛門様……!」

 彼が震わせる拳に手を沿え、るいがその腕にそっと寄り添った。

 ルビノワが恐る恐る訊ねる。

「あの……失礼ながらお伺いしますけれど、そもそも何で抜け忍の立場に?」

「俺達のお頭がまず……若い頃に俺の母親代わりの師匠を嬲り殺しにしたのだ。そして、そいつは頭領となって俺達の里の頂点に君臨した後、よりによって、今度は俺に仕えておる事を知りながら、

『るいを寄越せ』

と言ってのけたのだ……!」

「なっ……」

「酷い……!」

「そして、るいは里での俺の立場が悪くなるばかりか、暗殺される危機を避けるべく、自らその頭領の所へその身を差し出そうとした」

「……その時は、そうするしかなかったんです……」

 るいがしょんぼりしながらポツリと呟いたので、朧が彼女の腰に腕を回して、そっとその背に抱き付いた。

「大変だったんですねぇ……」

 朧が頬を擦り付けると、るいは背がやや低い彼女を振り返った。朧が潤んだ瞳で彼女のそれを見つめると、るいのそれから、大粒の涙がこぼれた。

「朧さん……」

「るいさん……!」

 見つめ合う二人。過酷な状況下をルビノワと朧も経験して来たので、それは良く分かる。

 しかし、その経験が今、彼女をどこか冷静にさせている。何故だろうか。男運のなさが成せる弊害とかだろうか。嫌な耐性だとしみじみ思った。

『誰かが怒っている場合は、傍にいる人は相対的に冷静になる』

というのをどこかで読んだ事があり、理解してはいたが、これではまるでデリカシーがない人間みたいではないか。

(人懐っこいのってこういう時、いいなあ)

 朧は何も悪くない。

 ルビノワはどうするか考えたが、ひとまず沙衛門の肩をぽんぽんと叩いてやる事にした。

「ありがとう、ルビノワ殿。

 それでだ、そこで俺はるいが奴の所で師匠の様に好き放題されると言うのがどうにもこうにも耐え難くてな。無性に腹が立って来たのよ。くくく、くくくくく……!」

 怒りの果ての笑い。彼の気持ちはルビノワには良く分かった。多分朧にも。

「そうなったら、

『誰が奴になどくれてやるものか』

と気持ちが煮えたぎって来てな。ふふ」

 深く沙衛門はため息をついて、続けた。

「遂にその前日、という夜、るいと話をした。そうしたら、るいもはっきり、

『行きたくない』

と言ってくれたのよ。泣きじゃくってな」

「思い出すと何だか……少し照れくさいですね……」

 指の背で涙を拭いながら、るいが少し笑った。

「全然変じゃないですよう~! そんな奴の所に行くのは普通に考えて絶対に嫌じゃないですかあ~!!

 話が徹頭徹尾酷過ぎますよう~!」

 そう叫びながら、朧がぼろぼろと涙していた。

「なので、村を抜けた。くくく、手に手を取って、大脱走をぶちかましてやった。

 それから、お役目で外の世界を知っていた俺を手伝う形で、仕事をもらいながら追っ手を返り討ちにしつつ、るいと各地を点々とする事になった、という次第なのだ……」

「出身地が甲賀で、その後がはっきりしなかったのは、そういう事だったんですね。

 私達とそう変わらないわね、朧?」

「おんなじですよう!

 わ、私達だって、ぼろっくそに扱われて、私なんかもルビノワさんがいなかったらとっくに死んでましたよう……うわああああああああああああああああああああああああああああああぁ……!!」


 ルビノワにとっては、意外な一言だった。この国に来てからも、

 その前も、ずっと自分は支えてもらっているつもりだったから。

「……そうね、おんなじよね」

 ルビノワの双眸から涙がこぼれたが、彼女はそのままに、微笑した。


「そのままずっと行けたならどれほど幸せだったか知れぬ。だが、るいは俺をかばって先に逝ってしまった。

 次には、新しい仲間を見つけ、支えてもらいながらも、俺が……うぐっ……!!」

「沙衛門様……!」

「うう~!

 でもまたこうして一緒になれて良かったでずねえ~!」

「そうよね。幽冥牢さんの血族が何を考えてそうしたのか分からないけれど、それはとても良かったと思います」

 らしくない様な気がして、ルビノワはトレードマークのひとつである眼鏡を外すと、ハンカチで涙を拭った。やはり自分以外の全員が激しく号泣している。

「め そ め そ……!」

という謎の擬音が聞こえた様な気がするが、スルーした。

 涙を流したらすっきりしてしまった。それで、自分だけ仲間はずれみたいで、何だか寂しさを感じた。

 けれど、多分仲良くやって行けるだろう。そんな気がした。




 ルビノワがほっと吐息を漏らして微笑みかけた、その時。




「あのさ、俺の説明が足りなくて本当にごめんなさいだったんですけど、そもそも何で揉めそうになったの?

 後学の為に伺いたいんだけど。嫌でなければ」




 悪意ゼロの幽冥牢の問いかけ。かつてない緊迫感が、カタルシスも何もかも弾き飛ばした。

 ルビノワが素早く

『理由があまりに些細な事だから話すな。普通の大人なら怒るから。何をするか分からないから』

という思惑を秘めた目配せをした。おおよその内容を察した様子の沙衛門とるいが頷く。

 先程まで殺気を絡ませ合い、やっと和解した連中のファーストミッションになってしまったのを感じていたのはルビノワだけではあるまい。それはそれは見事な連携だった。


……朧以外は。


「実はお互いに相手の方が仲が良さそうに見えて喧嘩しちゃったんですよねえ!

 ホント馬鹿みたい☆」




 ぴたりと全ての音が止んだ。

 朧は静かになってしまった自分以外の他の三人の同僚を見て

(何故この人達は姿の輪郭のあやふやな白黒反転印刷になっているのだろう……)

と、首を傾げた。

「ふう……」

 幽冥牢が吐息を漏らし、突然すっくと立ち上がり、てきぱきと買い物袋以外の自分の荷物をまとめ始めた。

 涙の跡はあったが無表情であった。それから壁の方へ歩いて行くと、

「オラァ!」

と唐突に壁に頭突きをかました。

「クラァ! もう

『仲良しで喧嘩する』

とか

『うらやましがって対立する』

とかさっぱり、もう訳分からんわああ分からんわ分かりたくもないわ悪かったなクソがァ!!」

 そう叫びながら三発の頭突きを壁にかますのを、呆然としながらも見守るしかないルビノワ達。それが済むと、彼は

「ハッ!」

と侮蔑する様に一笑しながら、次に無言で壁に裏拳を叩き込んだ。今度は十発ほど。がん、というかなり容赦のない音がそれに連なって響くも、彼の前述の言葉がとても耳に痛いルビノワ達は動くに動けなかった。

 それが終わると背を向けたまま、彼が激しく肩を落とした。昔、朧は、ふとした一件でもらったばかりのボーナスを全額紛失したサラリーマンを見た事があるが、それに恐ろしいほど酷似していた。

「はぁ……あーあ。もう……何か……あーあ」

『あーあ』

の内容がとても気にかかる佇まいであった。

(せめて怒ってー!

『酷いよ』

とか何とか言ってー!!)

とルビノワは心の奥で叫んだ。怒ってくれた方がずっとマシだった。

 が、

『大変時間を無駄にしてしまった』

という投げやりな雰囲気が漂っていて、しかし、毅然とした態度なので変に凄みがあり、かえって声をかけ辛い。

 今までに彼から感じ取った事のない冷たさが、空気を凍りつかせた。

「お騒がせを。僕は今日はこれで」

『僕』と来た。あの彼が『僕』!

 どう考えてもただ事ではない。

「あ、主殿?」

 ルビノワのそれは、恋愛沙汰で揉まれに揉まれまくった彼女らしくもない、明らかななだめすかしの微笑だったが、他にいい方法が思い付かなかった。

「何ですか? ルビノワさん。用件は手短にお願いします。

 僕も暇ではないので」

 彼の癖である切り裂く様な流し目が今回は全く違う意味合いに感じられた。目が据わっていた。底知れぬ剣呑さが服を着て目の前に立っている。

「……いえ、何でもありません」

 消え入る様な声で、ルビノワが言った。

「では、僕はこれで。食事は皆さんだけで取って下さい。

 今日は気分が優れないので、僕は部屋で取らせて頂きます」

『大変恐縮している』

という、貼り付けた様な微笑を隠しもしない。明らかな拒絶だった。

「あのう、どうしたんですかあ?

 おなかが空いてるんでしたら皆で食べましょうよう。すぐにお持ちしますから待って……」

「申し訳ありません、朧さん。自分で準備しましたので大丈夫ですよ。あなたの手を煩わせる必要はありません」

「そう、ですかあ……」

 まだ理解し切れていない様子の朧。今度は沙衛門が声をかける。

「幽冥牢殿、いやさ、今日からは主殿だ!

 俺達は、その、どうすれば……?」

「今申し上げた通りです。お構い出来なくてホントに申し訳ない。

 明日からになりますけれど、よろしくお願い致しますね、お二人とも」

「よろ、しく……」

 何と力ない言葉だろうか。恐らく顔文字で言うなら沙衛門は今、多分『(´・ω・)』な表情になっていた事だろう。

 るいがその状況にもめげず、最後の一人として彼に訊ねた。

「あの、手当てをしなくてよろしいんですか?」

「何のですか」

 すっと微笑が消え去り、ぞっとする様なまっすぐな視線がるいのそれを射抜いた。彼女の顔から血の気が引いて行く。

「……いえ、勘違いです……」

「そうですか、良かった。

 あ、お祝いのケーキね、そこに買って来ましたんで、『皆で』食べて下さい。

 では皆さん、おやすみなさい」

 改めて微笑を浮かべ、幽冥牢は深々と一礼した。

「おやすみ、なさい……」


 挨拶を済ませ、廊下の奥の暗闇に姿を消す。

『ハハハハハ』

と、まるで老婆が搾り出す様な笑い声が響き、扉を閉じる音と共に掻き消えた。



 しばしの静寂。朧が口を開いた。

「ご主人様、どうしちゃったんでしょうねえ?」

「それをあんたが聞くのか……」

 そう告げると、ルビノワは

『ちょっと待ってて』

と出て行き、来客用のスリッパを何故か片方だけ、それも三つ持って戻り、沙衛門とるいに手渡した。

「ルビノワ殿、これは……?」

「こういうじゅうたんを敷いた場所や、板張りのおうちの中での履き物なんですけれど、時にはこうも使うんです。私に続いて真似して下さい」

 次の瞬間、対象との距離と踏み込む位置を素早く見切ったルビノワによる、思い切り振りかぶってからの横殴りのスリッパによる一撃が朧の頭に炸裂し、乾いた音が部屋に大きく響き渡った。

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