第4話 聖断の間

「ここはあの時の森なの?」


 記憶が戻ったカレンは、まず一番最初に思い浮かんだ疑問を口にした。


「もちろん違う。ここはあの森に連なる系譜なんだ」

「ふぅん……」


彼女は生返事を返しつつ、どこか納得がいかない表情になる。モノリスは少しでも理解してもらおうと、喩えを使って説明をした。


「分からなくていい、兄弟のようなものだって思って欲しい」


 モノリスのその言葉に思わずカレンはこの森の匂いを嗅いでみた。もし共通性があるのなら、何か気付くものがあるかもと考えたのだ。

 匂いは森ごとに個性がある。木々の匂い、大地の匂い、風の匂い、そして――。



 森の匂いを嗅ぐ事で彼女の意識が広がったその瞬間、カレンはここではない何処かへと飛んでいた。周りの景色がゆっくりと消え、そうして変わりに新しい景色が彼女の周辺に浮かび上がっていく。


「ここが君に来てもらいたかった場所だよ」


 モノリスはカレンにそう告げる。いつの間にか彼女は見知らぬ不思議な場所に立っていた。どこか懐かしさすら感じるその場所は、宗教的な祭壇のような場所。体中から感じる波動にこの場に流れるエネルギーを強く感じる。今までに見た事もないような仕組みでこの場所は構成されていた。

 何千年、もしかしたら何万年も前に作られたような時間の重みを、カレンはこの場所に感じるのだった。


 この突然の出来事に、事態が全く飲み込めない彼女はモノリスに質問する。


「え、何? もしかしてあなたがこの場所に?」

「そう……。聖断の間と僕達は呼んでいる」

「聖断? それに僕達って……?」


 はっと気がついたカレンはグルッと周り見渡した。よく見ると聖断の間と呼ばれたその場所には複数のモノリスが立っていた。


「ひぃ……ふぅ……みぃ……」


 彼女はその場にあるモノリスの数を指差し確認する。


「全部で6体。まるで時計みたい」


 円周状に等間隔に並ぶモノリスにカレンはそんな感想を漏らした。その中心に立つカレンの影――その光景はさながら日時計だろうか。


「何かすごく不思議な感じ……」

「僕達は意識を共有している。誰と話しても構わないよ」

「私……。やっぱり私にはまだ……」


 彼女は答えるのを躊躇した。自分の答え次第で世界が大きく変わってしまうかも知れないと言う責任に耐えられなかったのだ。


「難しく考える必要はないよ。ただ、今を望むか、新生を望むか。それだけさ」

「そんなの今を望むよ! このままが続くのが一番いいよ!」

「……本当に、今のままでいい?」

「やめてよ! 私には決められない!」


 カレンは耳を塞ぎしゃがみこむ。子供の頃から多少は成長したとは言え、まだ彼女は女子高生。世界の命運を決めるにしてはまだ幼過ぎるのではないだろうか?


「頭で考えず、直感で答えて欲しい……。君の感覚は今、星の意識と通じている」

「その意識と自分の考え、魂と対話するんだ」

「そうすれば自ずと答えは導かれる……」


 複数のモノリスがカレンの心に直接語りかける。彼女は自分がここに呼ばれた理由を心の中で考えていた。

 するとモノリス達とも違う様々な意識がカレンの心の中に流入してくる。


(これは……星の意識……?)


 多くの人々の祈りのイメージが彼女の心の中へ直接伝わってきた。人々の祈りはこうしてこの星へと届くのだろうと彼女は感じ取る。

 人々ばかりじゃない――多くの動物達、植物達の波動が彼女の心を震わせていた。そしてその意識の深層には、もっと大きくて暖かくて優しくて、それでいて厳しい存在も――。


「時間がないって……そう言うイメージが頭の中に……」

「僕達も星の意識とコンタクトを取っている」

「じゃあ、これって地球の……」


 カレンは地球の意識を感じる事でこの星の状況を知った。身体としての地球は長年の循環による衰えはまだ見せていないものの、心としての地球の意識はもうボロボロだったのだ。

 マイナス感情が人の心を弱らせるように、多くのこの星に住む生物達の発する負の意識が星の意識を衰弱化させていた。


「ねぇ……例えばだけど、新生を選んだらどうなっちゃうの?」

「新生はこの星の環境を新しい環境に作り変える事なんだ。今の多くの生物はその環境に耐えられない」

「え……っ?」

「けれど、いつかはそうしないとこの星はやがて力を失ってしまうだろう」


 モノリスの話によれば、星が力を失えば循環の調和は崩れ、天候は荒れ、地震は多発し――やがて生命の住めない死の惑星になってしまうらしい。それを防ぐ為には環境を作り変えるしかないと。

 新生すればその危機は回避されるけれど、そうする事で環境はガラッと変わってしまう。すると多くの生物はその変化に耐えられずに死滅し、新しい環境に耐えられる生物のみが生き残る事になるのだと――。


 つまり生物が全て滅ぶのではなく、新しい環境に耐えられない生物だけが滅びると言う事らしい。勿論人類も例外ではなく、その多くが耐えられないだろう――と言う話だった。


 地球の事を思えば今すぐにでも新生をした方がいい。

 けれど、そうすれば多くの生命が失われてしまう……。カレンは自分の心に流れてくる地球の苦しみと、自分達の未来の板挟みになってしまった。

 そうして、この星に休む事なく流れ込み続ける負のイメージが、感応する彼女の心を蝕み始めていた。その事に気付いたモノリスがカレンに向かって叫ぶ。


「ダメだカレン、あまり入れ込み過ぎちゃ!」

「ごめん……ちょっと手遅れかも」


 カレンはそう話した直後、しゃがみこんだまま意識を失ってしまった。

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