翡翠の瞳のカレン ２０１８改稿板

第2話 失われた記憶

　――やっと来てくれた。

（う……うぅん……）

　その時、カレンは夢の中にいた。実体のある夢の中に。そうしてその声はカレンを導いていく。

　お願い、僕の声を聞いて……。

　その声はよく聞きなれた石達の声。

　けれど、それはいつもの脳天気な世間話のトーンではなく、とても真剣で一刻を争うような切迫した緊張感に満ちていた。

（い……一体……、何？）

　薄目を開けたカレンはこの場所が淡い白い霧に包まれている事に気付く。現実ではないと頭では理解しながら――けれど、それがただの夢でもない不思議な現実感に彼女は戸惑っていた。

「ごめんね……僕が君を呼んだんだ……」

　カレンが目を覚ますと、さっきから聞こえる声がよりハッキリとその耳に届いていた。夢の中で目を覚ますって表現もちょっとおかしいけど……。

　その時、カレンはその声に応えなくちゃと――何故だか強くそう思っていた。

　気がついたカレンはガバっと勢い良く起き上がると、どこからか聞こえる声の主に向かって大声で叫ぶ。

「教えて！　私は何をすればいいの！」

　初めてだった。石の声に反応するのは。そこが夢の中だからと言うのもあったのだろう、けれど彼女にも薄々と分かっていた。

　もう、時間があまりないと言う事を――。

「カレン、君に選んで欲しいんだ……」

　風がざわめいている。夢の中のその世界にひどく現実的な風が吹き荒れていく。そしてその風はカレンの周りを包んでいる白い霧を吹き飛ばしていった。

　霧が吹き飛ばされて現れた世界はどこかで見たような森の中。この森は――合宿で来た、さっきまで歩き回っていたあの森――によく似ている。

　視界がハッキリして少しばかり安心したカレンは、そのままあてどなく歩き始めた。夢の中の余りにもリアル過ぎるこの森を。

　歩いても歩いても森はずっと続いている。この森には何故だか動物の姿が全く見当たらなかった。それはこれが夢の中だからだろうか……。

　生気のない森の中で時々迷いながら、カレンは何かを探すように歩いていた。その何かの正体も分からないまま。

　それからもうどれだけ歩いただろう。隅から隅まで森を調べようと思っても、歩く度に森は新しい景色を形成していく。

　それはゲームで進む度に背景に新しいポリゴンが形成されるように。

　散々歩き回って歩き疲れたカレンはちょうどいい頃合いの石を見つけ、ため息を付きながらその場にペタリと座り込む。

　この時、それまでにかなりの時間を費やした気がしながら、それとは逆に全然時間が経ってないような、そんな何とも不思議な時間の感覚にも襲われていた。

　不思議な事はもう一点あった。何処かから聞こえるあの不思議な石の声以外の石の声が全く聞こえてこないのだ。

　つまりこの夢は、その不思議な石からのメッセージだけが聞こえる世界と言う事なのだろう。

「ふぅ……」

　一息つくと同時にカレンは空を見上げる。その空はやはり夢の世界らしく、現実にはない紫のような赤いような色んな色が混ざったような不思議な色合いをしていた。

　その空の色を見ただけで、ここが現実でない事を悟らせるのに十分な程だ。

「その瞳ならもう見えるよね」

　石に座って落ち着いていたカレンに対し、不意をついてまたしても何処かから聞こえる石の声。彼女はその声に従って目を凝らしてよく周りを見渡してみた。この瞳になっても今まで特に何も変わらなかった視界が、ついに別の何かを映している。

　けれどそこで見えるものが何なのか、何の意味があるのか、今の彼女には全く見当がつかなかった。

　そしてうっすらと見え始めたその"石"に向かって、カレンは無意識の内に語りかけていた。

「これって……」

「そうだね……。じゃあ君から預かったものを返すよ」

　カレンは忘れていた。

　いや、その石に忘れるように頼んでいたんだ。

　石はカレンのその願いを叶え、そのしるしに瞳の力を与えた。それが約束の証、翡翠（ひすい）の瞳。瞳に力が宿る時、彼女は忘れていた記憶を思い出す。

　その瞬間、翠（みどり）の光が彼女を中心に放出されて、意識の中の時間が巻き戻されていった。

　そう、全ての発端は、空から星が落ちて来たあの日――。