エロDVDから学ぶ教訓

 ぼくは地元のスラム大学に通っていた。


 そこは、ある意味けっこう有名な大学で、全国から学生が集まる謎の大学だった。



 当時のぼくが属していた派閥(というかグループ)の中に、学科は違ったがトオルちゃんと呼ばれる人がいた。


 秋田県の出身で、実家は豪農らしく、両親と祖父母それぞれから仕送りをもらっているというなんとも恵まれたミステリーにあふれた人だ。


 大学在籍時の彼はギャンブルに狂っていて、仕送りだけでは足りず、友人によく借金をしていた。


 ギャンブルにおいて、彼の金の使い方は明らかに常軌を逸していて、それはそれで別の話を書こうと思うのでここは省略する。



 卒業後、彼は日産だったか、カーディーラーに就職した。


 しかし、職場が合わなかったのか、仕事が合わなかったのか、そもそも働くことに合わなかったのかわからないが、1年も経たずに辞めてしまったそうだ。ぼくも一年ちょっとで落ちこぼれて辞めてしまったが笑


 次に、彼は葬儀屋さんに就職した。



 そこで彼は、生き生きと働いた。


 葬儀屋さんは、人の生き死にに関わる仕事だ。当然、時間は不規則であっただろう。


 彼にとって、葬儀屋さんの仕事はやりがいのあるものだったらしく、『仕事が楽しい』と言っていたそうだ。


 2日ほど徹夜が続いた次の日の朝、家に帰る途中、単独事故でトオルちゃんの人生は終わった。


 大学時代の友人の円谷くんから電話があって、ぼくはそのことを知った。


 ネットで新聞を見たら、ホントに見た事のある名前がディスプレイに表示されていて、驚いた。


 別の友人達にも連絡を取り、とりあえず行ける人たちで個別にとおるちゃんちに行こう、ということになった。



 ぼくは、大学時代の友人の中では一番悪いやつと思われる飯野(仮名)と一緒に行くことにした。



 この飯野というやつが尋常じゃなく破天荒なやつで、ここで披露してしまうとトオルちゃんのことがどうでもよくなってしまうので別の機会にする。



 トオルちゃんの実家は、秋田県にあった。


 当時のぼくは、宮城県の仙台までは行ったことがあったが、そこまでであり、そこから先は未知の領域だった。


 飯野の車で秋田県に向かったのだが、仙台を通過した頃には、もうここがゴールだろうぐらいの疲労感があったが、車載のナビゲーションシステムはまだ半分も来ていないことを当たり前のように示していた。



 疲労もピークを迎え、だいぶ遅い時間に秋田に着いた。



 トオルちゃんの家には行ったことがなかったから、当然行き方もわからない。電話番号だけ知っていたので、おそるおそる電話をかけ、家の場所を聞く。


 ところどころ迷いつつも、ようやく到着する。


 新築ではないが、かなり大きい家だった。豪農というのは本当だと思った。




 ――――――――――トオルちゃんは、ホントに死んでいたと思う。



 思うというのは、実際に死に顔は見ていないからだ。


 包帯でぐるぐる巻になっていて、顔は見れなかったのだ。なんでも、事故の際、相当強い衝撃があったらしく、体の損傷が激しかったというような説明をしていた。もうはっきりと覚えていないが、お酒を飲んでいると思われる親戚のおじさん的な人が、この包帯もダミーなんだ、的なことを言っていたような気がする。


 顔が見せられないほどの損傷。


 ダミー?


 顔なくちゃっちゃったってことなのか?


 いろんなことを考えたが、いろいろ考えすぎて忘れてしまった。



 徹夜明けで帰宅しようとしたトオルちゃんは、自宅の軽トラで帰る途中、疲労もあって居眠りしてしまったのだろう。


 そのまま左カーブのときに、道を逸れて、道路脇にまっすぐ衝突してしまい、命を落とした、というような検証だったようだ。



 ところで、トオルちゃんには弟がおり、トオルちゃんと違ってコミュ力があり、女の子にもてていた。


 当時、既に結婚していて、学生時代にトオルちゃんから、弟の彼女がかわいくてタイプだ、と言っていたことをいま思い出した。



 弟夫婦はトオルちゃんの実家を継ぐ予定になっていたそうだが、近くにアパートを借りて住んでいた。



 葬儀があるので、トオルちゃんの実家に来ているところを、ぼくたちが偶然訪ねたのだ。



 お酒や食事などを勧められたが、ぼくらは車で来ていたので、丁寧に断っていたが、ちょっとしたおつまみやお茶なんかも出してくれたので、少しつまみつつ、家族の方たちとお話をした。


 弟の嫁から、突然、ぼくに質問があった。



『トオルさんは、学校ではどんな感じだったんですか?』


「どんな感じと言いますと?」


『女の人にモテたりしてましたか』


 ぼくと飯野は顔を見合わせた。


「ぼくが知っている限りでは、モテていたことはありません」


『そうですか』


「なぜですか?」


『こっちに帰ってきたときに、よく大学の話を聞いていました。飯野さんや若菜さんのことも聞いていました』


「!!」

 ホントかよ、なんの話をしてたんだ?余計なこと言ってなきゃいいが。


『彼女がいる、という話を聞いていたので』


 また、ぼくと飯野は顔を見合わせる。


「聞いたことありません」


『そうなんですか』


 実際は、聞いたことはあった。


 でもそれはウソだ。彼女なんかいたことはなかった。

 彼は、いとも簡単にウソをつくクセがあった。それは、スキー場のリフトから飛び降りた話から、高校時代の架空の彼女の話、遠距離の彼女の話、パチンコで大勝ちした話など、多岐にわたるのだが、途方もないウソという共通点がある。



『トオルさんの部屋を片付けるのに、部屋に入ったんですが、DVDとかがすごく散らかってて――』


「DVD?なにをそんなに観ていたんだろう」



『――すごく、エッチな感じのDVDです』



「え!」


 そうか、トオルちゃんだって、いきなり死ぬとは思ってないもんな、エロDVDぐらい観るだろう。


『――それに、ティッシュとかもすごくて』



「ホントかよ」



 そうか、トオルちゃんだって急に死ぬとは思ってないもんな、ティッシュぐらい捨て忘れることもあるだろう。



 ―――いや、ダメだ。



 帰り道、ぼくと飯野は、どちらともなく話し始めた。



「なぁ、人って、けっこう簡単に死ぬんだな」


「ああ」


「かと思うと、意外と長生きしたり、わからんもんだな」


「全くだ」


「生きていられるってのは、けっこうありがたいことなのかもな」


「まさかこんなことで実感するとは思わなかったな」




「なぁ、飯野、さっきトオルちゃんの家に行って、思ったんだけどさ」



「たぶん、オレも同じこと考えてると思うわ」



「そうなのか?」



「やっぱりさぁ、どんなときも部屋は」



「片付けておかないといけないな」















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