第二章

第12話 いとこって言っとこう


 激闘の翌日、校内は真川さねかわの話題で持ちきりとなっていた。

 どうやら、彼は高校を自主退学したらしい。通り魔事件の犯人だという噂も出回っていた。


「勉強ばかりで追いつめられていたんだろう」とか「あのヒョロい体で通り魔なんてできるわけがない」とか、勝手な憶測や意見が入り乱れていた。


 それは正鵠を射ているものもあったし、まったく見当違いのものもあった。俺は真実を知っていたが、訂正する気にはならない。本当のことを言ったところで、誰も信じてはくれないだろうが……。


 あんなことがあったにもかかわらず、授業は通常通り行わる。

 昨日の疲れのせいで、頭がボーっとしていた。瞼が重くなってくるが、午前中の授業はどうにか耐える。


 ちょっとしたイベントが起きたのは、昼休みのことだった。

峰樹みねき、お客さん」

 昼食を食べ終えて机に突っ伏していた俺は、クラスの女子に呼ばれる。


「ん? 俺?」

 その女子は俺の肩を叩いて、小声で「やるじゃん」とニヤニヤしながら言った。何がだ? 心当たりがない。


 また姫歌ひめかが宿題を写しにでも来たのだろうか。いや、先ほどのクラスメイトの反応からして違うだろう。姫歌が俺を呼び出すのは日常茶飯事だし。


 眠い目をこすりながら教室を出ると、廊下に昨日見たばかりの女子が立っていた。

「会長?」

 昨夜、真川しゅうの標的となっていた高校の生徒会長だ。


 サラサラの髪が、蛍光灯の光を反射してきらめく。きっちりと身なりの整った彼女は、昨日の百倍くらい清楚なイメージだった。


「えっと、峰樹さん……ですよね。今、お時間大丈夫ですか?」

「あ、はい」


 俺も会長も、高校生としてはごく平均的な身長だと思う。しかし、性別によって十センチ程度の身長差が生まれているため、俺は会長に見上げられる形になる。ただ話しているだけなのに、ドキドキしてしまう。


「じゃあ、ちょっと付き合ってください」

 会長は背を向けて歩き出した。ふわりとなびいた髪から、石鹸の香り。


 ついて来いということだろう。発言通り、特にやるべきこともなかったので、会長の後ろに従う。


 歩くという単純な動作すら、彼女が行うと神聖なことのように思える。途中で何人もの男子生徒が見惚れていた。

 隣に並ぶのは恐れ多くて、俺は君主に仕える従者のように、少し離れて歩いた。



 彼女に連れられてたどり着いたのは、生徒会室だった。普段なら来ることのない場所に少し緊張する。


「どうぞ」

 会長がドアを開けて言った。

「あ、はい。お邪魔します」


 机が内側を向いて並べられていて、壁際にはファイルや冊子が収納された戸棚がある。物は多いが、整理整頓が行き届いていた。


 入り口付近には、来客用らしき応接スペース。俺と会長はテーブルを挟み、向かい合ってソファに着席する。


「まず、昨日は本当にありがとうございました。不審者に追いかけられているところを助けてもらって」

 会長は深々と頭を下げる。見本のような、丁寧なお辞儀。


 オトハの言った通りだ。『不審者に追いかけられているところを』。彼女はそう口にした。真川のことも、ストーブが降ってくる不思議な力のことも、きっと覚えていないのだろう。


「いえ。そんな、大したことは」

 と言いつつも、右腕に包帯を巻いていては説得力がない。それなりに痛い思いもしたことはたしかだ。


「改めまして、生徒会長の柏木かしわぎ清華きよかと申します」

 生徒会長という役職でしか認識していなかったため、彼女の名前は今初めて知った。名前まで清楚だ。名は体を表す、というのはこのことか。


「えっと、二年の峰樹健正けんせいです」

 俺の方も名前だけ名乗っておく。


「峰樹さんがいなかったら、今ごろどうなっていたかわかりません。もしあのまま誰にも気づいてもらえなかったらと思うと、ぞっとします。本当にありがとうございました」


 再び深くお辞儀。そんなにお礼を言われると、なんだかこっちが申し訳なくなってくる。


「いや、そんな。会長が無事でよかったです。って、無事ではないですね。怖い思いもされたと思います。無神経なこと言ってすみません」


 初対面ということもあるが、それにしても低姿勢で会話のペースがつかめずにいた。


 それに、下級生の俺にも敬語を遣っていて、逆に落ち着かない。きっと彼女は、誰に対してもこんな感じなのだろう。


「私に何かお礼できることがありましたら、何でもおっしゃってください」

 真剣な表情で会長は言った。


「いえ、とんでもないです。本当に、ただ偶然通りかかっただけなので……」

 そこまで言ったところで、彼女の顔がわかりやすくシュンとなっていたのが見えた。


 なので咄嗟に、

「あー、でも、もし何かあったら、そのときはぜひお願いします!」

 そうつけ足しておく。俺にしては上出来だ。


「はい!」

 会長の表情がパァっと明るくなった。とてもわかりやすい人だ。


「じゃあ、そろそろ失礼しますね」と席を立とうとしたところで、会長が口を開いた。


「すみません。もう一ついいですか?」

「はい。何でしょう」


 柏木会長は唾を飲み込んだ。何か重要なことを言おうとしている雰囲気だ。

「あのとき一緒にいた女の人って……」

「ああ、オトハのことですね」


 どう説明しよう……などと考えていたら、

「その人とは、えっと、その……つつ、つっ付き合ってるんですか?」

 予想外の質問が飛んできた。


「えっ⁉ いや、オトハは別に、そういうのじゃなくって……」

 フェリク・ステラという異世界から日本に来たフェリク人という人種で、空中浮遊とかができます……なんて正直に言えるわけない。ヤバい人を見る目で見られたくない。


 どうしよう……。夜中。一緒に外出。自然な関係……。うん、これしかないか。

「あいつは、俺のいとこなんです! たまに家に泊まりに来るんです! 昨日もそれで一緒にコンビニに行ってました!」


「そっ、そうなんですか! いとこなんですね!」

「はい! いとこなんです!」

 復唱。必要以上のいとこアピール。とりあえず納得してくれたみたいだ。



「それで……ですね」柏木会長は口ごもる。「もし峰樹くんがよければ、なんですけど……。れっ、連絡先を交換しませんか?」

 最後の方は一気に言い切った。


「はい。ぜひ」

 拒否する理由もない。それどころか、こんなに清く美しい方と知り合いになれるのは嬉しい。

 お互いにスマホを出して、俺と柏木会長は連絡先を交換する。


「では、何か私にできることがあったら、遠慮なく言ってくださいね」

「ありがとうございます。失礼します」

 挨拶して、生徒会室を出る。


 学校でも有名人である生徒会長と知り合いになってしまった。思わぬ収穫に頬を緩めながら教室へ戻る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る