第24話 至上最悪の果たし状


 さて、強盗の件に関しては無事に解決したが、裏には黒幕――永柄暁が存在した。しかも彼には五人以上の仲間の能力者ブレストがいるという。


 渥見を利用して金銭を集めていたということは、また新しい能力者ブレストを使って犯罪をはたらく可能性もある。


 それに……世界に復讐をする、というのも気になる。何か大きな災いが起きそうな予感だ。

 とにかく俺の中で、永柄暁は倒すべき敵となった。


 そして幸運なことに、いとも簡単に相手の居場所までわかった。これは圧倒的に有利だ。例えば、深夜などに奇襲することができる。しかし……。


「なあ、どう思う?」

 俺の部屋。床に寝そべってマンガを読んでいるオトハに尋ねる。


「何がだ?」

 ページをめくる手を止めないまま、オトハが返答する。


「渥見は戦闘慣れしていなかった。あいつが最初から捨て駒なら納得はいくけど、それなら捨て駒らしく、永柄のことは何も知らないでいるべきだと思う。ところが渥見は、居場所も含めて永柄暁の情報を簡単に提供した。上手くいきすぎてないか? 何か裏があるような気がするんだ」


 例えば、もし尋問されたら嘘を教えるように言われていた、とか。しかし、渥見があのとき器用に嘘を言っていたとは思えなかった。


 もしかすると、彼が認識していたアジトというのは、本来は存在しないのかもしれない。


「たしかにな。警戒する必要はあるが、考えてもわからないものは仕方がない」

 その通りだった。慎重になることは大切だが、考えすぎもよくない。


「さて」キリの良いところまで読み終わったらしく、オトハは漫画を閉じた。「私はそろそろ寝る」


「ああ、おやすみ」

 俺もそろそろ寝よう。ベッドに横になる。


 しかし、彼女が部屋を出てすぐのことだった。

「うあああっ!」オトハの声。「健正っ! 来い!」

 いつになく取り乱している様子だ。


 まさか、敵の襲撃か?

「オトハ⁉」


 部屋を出ると、オトハがその場にしゃがみ込んでいた。

「あれを……」


 オトハの指の先に視線を向けると、三センチくらいの虫が天井に巣を作っていた。

「ああ、なんだ。蜘蛛か」


「そいつを、早く! 早く潰せ‼」

「お前、もしかして虫が苦手なのか?」


「苦手なんて生ぬるい表現では表しきれないくらいに生理的に無理だ! わかったら、早く!」

 思わぬ弱点を発見する。なんとなく、虫くらい平気で殺しそうだと思っていたが……。


「わかったよ。ちょっと待ってろ」

 俺の足をつかんで離さないオトハを引きずって、部屋からティッシュと椅子を持ってくる。椅子を踏み台にして、右手にティッシュを構えた。


 しかし蜘蛛は危険を察知したらしく、素早い動きで電気の裏側へ移動してしまった。


「動いたっ! 動いたぞ! 逃がすな! 完膚なきまでに抹殺するんだ!」

 物騒な言葉を吐きながら涙目のオトハ。


「わかったから。落ち着け」

 椅子の上でさらに背伸びをして、蜘蛛が隠れたと思われる場所を覗くが、すでに蜘蛛の姿は見えなかった。


 どこかへ行ってしまったようだ。小さかったし、色からして毒もなさそうだから放っておいても大丈夫だろう。

 問題は、見失ったことを素直に言うべきか否かだ。


 いや、今のオトハの状態から考えると、家じゅうを探せと言われかねない。俺の安眠のためにも、ここは潰したフリでもしておこう。


「ほら、潰したぞ。見るか?」

 蜘蛛などいない、丸めたティッシュをオトハに見せる。


「やっ止めろ! 近づけるな! 早くそいつを燃やせっ! 灰になるまで燃やせえええっ!」

 その慌てぶりがおかしくて、思わず笑ってしまった。




 週末。俺とオトハは休日を利用し、偵察のつもりで渥見の言う通りの場所へ行ってみた。彼の言ったことが正しければ、永柄暁とその仲間がいるはずである。


 たしかにそこには、何か建物が取り壊された跡のようなスペースがあった。人に知られたくないような活動の拠点にするならうってつけだ。しかし、それらしき穴はなかったし、人もいなかった。


 隅々まで探してみたが、穴どころか、手がかりすら見つからない。

 やはりそこまで甘くはないか。


 問題は、向こうが俺たちの動きをどこまで把握しているかだ。敵が知っているのが、渥見が倒されたことだけならまだいい。最悪なのは、逆に俺たちが監視されているパターンだ。


 そんなことはないと思いたいが、能力ブレスという現代の日本の科学技術をあざ笑うかのようなものが存在するこの戦いでは、油断することは許されない。ここは最悪の事態を想定すべきだろう。いつも以上に周りを警戒しなければ……。




 後日、青鳥市のファストフード店に渥見哲矢を呼び出した。

 彼は指定の時間の五分前に、緊張した様子で現れた。改めて見ると、どこにでもいそうな普通の高校生だ。背が高く、柔和な顔立ちををしている。人がさそうな印象。


 教えられた場所にアジトがなかったことを伝えると、彼は答えた。

「もしかすると、場所を変えたのかもしれません」


「俺にやられたことを永柄に言ったのか?」

「いえ。あれから暁さんとは連絡は取っていません。向こうからも何もないので、きっと僕が負けたことは知っているのでしょう。つまり、能力ブレスがなくなった僕は用済みってわけです。あはは」


 言葉では自虐しているが、顔は憑き物が落ちたように笑っている。本当は強盗などしたくなかったのだろう。


「じゃあ、お前から情報が漏れたことを恐れて、場所を移したわけか?」

「たぶん、そうじゃないかと思います。それか、僕にスパイが付いてたのかも……」

「スパイ?」


「はい。詳しくはわからないんですけど、スパイの能力ブレスを持つ能力者ブレストがいたみたいなんです。そのスパイが、僕と峰樹みねきくんの会話を暁さんたちに伝えて……。あああ、ごめんなさい!」

 渥見は頭を抱えた。謝り癖は相変わらずだ。


「いや、いい」

 それはあのときに教えとけよ。そう言いたかったが、渥見が泣き出しそうな顔をしていたのでグッとこらえる。


「あの後、お前をバカにしてたやつらってのはどうなった?」

 気になったので聞いてみた。


「それなら、もう大丈夫です。一度能力ブレスを見せたときに相当びっくりしたみたいで、むしろ怖がられています。それに、これからは不思議な力に頼らず、自分でなんとかしていきます!」


 そりゃあびっくりもするよ。モデルガンとはいえ、いきなり十丁の拳銃が自分の方を向くんだもん。俺だって、いきなりそんなことがあったら腰抜かすわ。


「それならよかった。ああ、あと被害を受けた店にはフェリク・ステラから賠償金が出るらしいぞ」


「それはザイから聞きました。あ、ザイってのは僕のパートナーのフェリク人です。でも、脅されていたとはいえ、罪を犯したのは事実です。せめてこれからは立派な人間になろうと思います」


 罪悪感と強い決意をにじませながら、渥見が言った。

 なんだ。普通にいいやつじゃないか。


「そっか。もし、また何かされたら言ってくれ。少しは力になれるかもしれないから」


「み、峰樹さん……」

 渥見が上半身をのけ反らせる。


「なんだよ」

「あんなに悪いことをしたのに、僕のことを心配してくれるんですね! うああああああああ! ごめんなさいいいいいい!」


「おい、何で泣くんだよ⁉」

 そして何で謝る⁉


「うれし泣きですううううう!」

 周りの視線が痛い。ああもう! どうにでもなれ!


 最後に一つだけ、をして、俺は渥見哲矢と別れた。

 彼は悪いことをしていたとはいえ、元々は優しい人間だった。臆病な彼を利用した永柄暁への怒りがわいてくる。




 翌日、俺の元へ一通の手紙が届いた。


『峰樹健正様へ。すがすがしい初夏の季節となりました。いかがおすごしですか。四つ葉高校での生活を楽しんでいますでしょうか。私どもは渥見の盗んだ金で優雅に暮らしております。


 さて、不意打ちで私を倒そうなどとお考えのようですが、残念ながらそれはできません。なぜなら、渥見の教えた場所には、すでに私たちはいないからです。


 新しいアジトの場所をお教えしますので、同封してある地図にてご確認くださいませ。明日の正午、そこにお一人でお越しください。お待ちしております。』


「クソッ!」

 俺は手紙を床に叩きつける。差出人は永柄暁だった。


 内容を要約すれば、指定した場所まで来い、という命令だ。俺に拒否権はない。丁寧な言葉で書かれているが、その内容は有無を言わせぬ脅しである。


 切手もなく消印もない手紙が、俺の家のポストに入っている。ということは、永柄かその仲間の誰かが、直接俺の家まで来たことになる。つまり、住所がバレている。


 それに、名前と学校名。こっちはお前の素性をわかっている。この手紙には、そんな無言のメッセージが秘められていた。


 紺野環と戦いになったときも、同じような流れで脅されはしたが、彼は真正面から直接訪ねて来た。それに比べ、永柄暁は文面だ。意地の悪さが透けて見えるようだった。


 ……でも、どうしてバレたのだろう。やはり渥見が喋ったのだろうか。いや、あの男には俺の住所までは教えていないはずだ。


 だとすれば、渥見の言う通り、スパイされていることになる。部屋を見回してみるが、監視カメラや盗聴器らしきものは見つからない。となると、誰かの能力ブレスである線が濃厚だ。

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