第2話 毒舌少女とラブコメに稀によくいるような人

 その可能性に至った瞬間、これまでの浮かれた感情が砂の城のように崩れて壊れた。何故こんな単純な結論を思いつかなかったんだ、俺……。


「世界は、なんて残酷なんだ……」


「あら、ずいぶん間抜けな顔をしているけれどどうしたのかしら。大事なお友達の蟻が見知らぬ人に踏みつぶされでもしたの?」


 突然横から毒を吐かれた。そちらに顔を向けると一人の女子生徒が項垂れている俺を切れ長の瞳で見下ろしていた。どうやら二番目のクラスメイトが登校してきたようだ。


「馬鹿をいえ。俺が蟻さんとお友達だったのは小三までだ。その後にカマキリのかっこよさに気づいて浮気してしまったからな。おはよう、神月」


 黒いショートヘアの彼女の名前は神月楓。俺のクラスメイトにして隣の席の隣人だ。神月は椅子を引きながら俺に挨拶を返す。


「ええ、おはよう。よく朝からそんなに言葉を並べ立てられるものね。感心を通り越して気味が悪いわ」


「そりゃお褒めいただきどーも。てかそれブーメラン突き刺さってるぞ」


 挨拶から流れるように吐かれる毒。そしてそれを受け流す俺。神月にとって毒を吐くことはコミュニケーションの一環なのだ。むしろ毒を吐かないとまともに会話できないのではとすら思われる。天邪鬼さんなのである。そんな彼女と会話を成立させるには毒舌を受け流す術を持っていなくてはいけない。その結果俺は毒舌受け流しスキルを習得してしまった。おそらく今後活躍する場面はほとんど登場しないだろう。


 神月とは去年からのつきあいだ。去年も俺がクラスで最初に登校してきて、その次に神月がやってくる、というのが常だった。教室に二人きりなのにも関わらず会話をしないというのを気まずく感じた俺が話しかけるようになって今に至るという感じだ。今では神月との会話が朝のルーチンの一つに含まれてしまっている。


「なあ、神月」


「何かしら」


「ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか」


「私の朝の貴重な時間を食いつぶすのに足る理由があるのならどうぞ」


 この言葉も翻訳すればきっと「もうっ、しょうがないわね! 聞いてあげるから話してご覧なさい!」となるのだろう。多分、おそらく。やっぱ言葉通りの意味かも。

 だがこんな言葉ごときで諦めてしまったら神月との会話は出来ない。俺は言葉を続ける。


「もしかしたら神月様の貴重な時間を代償にするほどの話ではないかもしれんが、まあ聞け。……自分の下駄箱に封筒が入っていたとする。ピンク色の女の子したかわいい封筒だ。その中には自分に好意を寄せていると思わしき内容の手紙が入っている。しかし封筒の送り主は素性が不明。これってどういう意味の封筒だと思う?」


「古木君、いじめられているのね。かわいそうに」


 ばっさりであった。ふええ、神月さんひどいよう。そんな同情のかけらも感じられない冷たい目で「かわいそうに」とか言われても傷口が広がるだけだよう。


 たとえそうだろうなと薄々感じていたとしても、そこまではっきりと言われると反論したくなるのが人間の性である。もちろん俺も百パーセント純正の人間なので、神月に反論しようと試みる。


「待て、その結論は早計すぎないか。そもそも俺は別にいじめられるようなことしてないぞ。おまえと違ってぼっちでもないし」


「別に本人に自覚がないだけでそういう原因を作っている行為をしてしまっているかもしれないでしょう。それと友達がいるからと言っていじめられないという訳ではないわ。あなた友達が多いというわけでもないし。その友達もあなたが友達だと思っているだけで相手はそう思っていないかもしれないわね。あと、私はぼっちなのではなくて好きで一人でいるのよ。その違いも分からないようではあなたの脳みそに存在価値はないわね」


「お、おおう……」


 怒濤の反論に思わず引き気味の返答をしてしまった。ぼっちって言われるの嫌いなんだな、神月……。


「まあ、その手紙が送られてきた原因に本当に心当たりがないのか、自分の胸に手を当ててよく考えてみることね」


 そこまで言うと、神月はもう話すことはないと文庫本を取り出してページに目を落とした。三番目に登校してきたクラスメイトがやってきたのだ。先ほど俺がぼっちと揶揄したように、神月は基本一人でいることが多い。他人と群れようとしない彼女は俺と話している所を誰かに見られるのがよっぽど嫌なようで、三人目のクラスメイトがやってくると会話を終わらせ、その後は俺と目も合わせようとしない。そういう所も去年から変わらない。


 それにしても、原因、原因ねえ……全くもって身に覚えがない。ほんとに何かしたか、俺?


 俺は手紙の入った封筒を見つめながら考えたが、結局答えは分からないまま朝のホームルームの時間がやってきてしまった。


 ***


 退屈な授業も三分の二が終了した。つまり、昼休みの時間である。教師と勉強に支配された学校という檻の中で数少ない生徒の休息の時間。自由の尊さを感じる。


 この一瞬の自由を少しでも無駄にすまいと急いで弁当を開こうと鞄に手を突っ込んだところで前から声がかけられた。


「なあなあ、古木! 今から面白いことが始まるらしいんだが、一緒に見に行かねえか?」


「なんだ小西。貴様が俺の自由を奪おうとするのなら容赦はしないぞ」


「自由ってスケールでかいなおい! てか小西じゃなくて大西だし……去年からのつきあいだよなあ? いい加減覚えてくれよ……」


 つっこみが追いつかねえよとぼやくこの男は小西……じゃなかった。大西将人。一応去年も同じクラスで割と会話をしていたのだが、俺は未だにこいつを馬鹿の二文字以外で形容することが出来ない。あと名前も覚えられない。こいつ小物っぽいから大って字が似合わないんだよな。


「で、なんだ。女子の水着写真闇市場なら同行はしないって前言ったと思うが」


「ああ、それは結局ガセネタだったんだ……じゃなくて! 今日はそういうのとは違うんだよ!」


「分かったから早くしろ。後うるさい」


 正直すごくどうでも良い。早く飯が食いたい。そう思いながら大西をせかす。


「あの卯崎桜が告白されるらしい! 昼休み、体育館裏で! だから一緒に見に行こうぜ!」


 何がそんなに楽しいのか、えらくハイテンションで話す大西。うるさすぎて横の神月さんがすごい睨んでるんですが。怖すぎてちびりそう。


 だが、さすがに神月ほど不快感を感じてはいないが、俺も大西のテンションの高さには疑問だった。何故なら、


「卯崎ってあれだろ? 入学してから1ヶ月半で十人に告られたっていう、超絶美少女。なら別に目新しいものでもないだろ」


 そう、卯崎桜は入学二ヶ月にしてこの学校でも有数の有名人。彼女は入学一ヶ月半で学年問わず計十人の生徒に告白されており、そのすべてをお断りしているという、正真正銘の美少女だ。俺も一度だけちらっと見たことがあるが、確かに高一とは思えない可愛さだった。美少女オーラとでも言うのだろうか。ある種の神々しささえ感じられた。


 その卯崎が告白される。そう聞いても、そうかまたかと思うだけで、大西のように騒ぎ立てる程ではない。そう思って言った俺に対し、大西はちっちっちとわざとらしく人差し指を振った。うぜえ……。


「確かに、卯崎が告白されること自体は珍しいことじゃない。だが、これまで当事者以外、誰も卯崎が告白される現場を見たものはいないんだ」


「まあ、わざわざ自分が告白する場所を人に教えたりはしないだろうしな」


「だが今回はとあるルートで告白の現場が判明した。ああ、安心しろ。情報は確かな筋から入手したものだからな。信憑性はかなり高い」


「それ逆に怖いんですが」


 誰にも漏らしていないはずの情報手に入れるって怖すぎでしょ……個人情報保護法どうなってるんですか。


「と、いうわけでこれはもう見に行くしかないでしょ!」


「え、嫌だけど?」


 人の告白のぞき見して昼休みが潰れるなんてとんでもない。俺はノーを突きつけた。俺はノーと言える日本人なのだ。


「……分かった。ところで古木。最近学校で話題になってるある噂があるんだけど」


「は? なんだよ急に」


「卯崎桜は付き合う条件として大金を要求してくる。そして別の噂では卯崎桜に金を払って恋愛相談をすると百パーセント好きな人とつきあえる、というのもある。それらが指し示す結論は……」


「結論は?」


「――卯崎桜は金の亡者」


 大西は真犯人を見つけ出す名探偵のような口ぶりでそう言った。何故にどや顔なんだ、大西。


「ま、大方フラれたやつが腹いせに流したデマだと思うけどなー。だから噂が本当なのか確かめに行こうぜ!」


「結局それか……はあ、もういいよ。ついて行ってやるよ」


「マジかー! さっすが、古木は話が分かる!」


 これ以上こいつと話していても無駄な問答になるのは目に見えていたからな。ならさっさと諦めて折れた方が良い。俺は大西と一緒に告白が行われるという体育館裏へと向かった。……あ、そういえば昼飯まだ食えてないわ。

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