第18話 買い物

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 コリンとの会見を終えた翌日、レイガルは新しい武具を購入するために魔道具を扱う店にやって来ていた。長剣を得物する彼だが、今回新調するのは武器ではなく防具と決めている。昨日の特別報奨金に今まで稼いだ分を足して、魔力の加護を付与された盾と鎧を購入するつもりなのだ。何しろ遺跡の深部に向かうほど、番人として現れる怪物は強くなる。経験を積む事で自身の腕前が上がっているのも実感しているが、それだけに頼ることは出来ない。仲間を敵から守る前衛役としては、少しでも良い防具を装備するのは当然の義務だった。

 生きるための金を稼ぐ遺跡探索なのに、そうして得た金を装備に費やすことは、ある意味ジレンマを感じさせる行いではあったが、前述のとおり装備を疎かにして探索半ばに命を落としては元も子もない。遺跡探索で稼いだ金で冒険者が強力な武具を買い求め、更なる遺跡探索に挑む。これがゴルジアの経済を回し、街を繁栄させている理由の一つだった。

「足りなくなったら、ある程度は貸してあげてもいいわよ!」

「ここで売られているのは、まさに掘り出し物ばかりのようですね」

「・・・今日はそれぞれ、自由に時間を過ごす予定だったよな?」

 後ろに従うように付いて来た二人の仲間にレイガルは少々困惑しながら伝える。メルシアの本気なのか冗談なのか微妙に判別不可能な台詞のせいではない。彼はこのパーティーを結成してから遺跡に潜る時以外も打ち合わせや情報共有、単に暇つぶしの話し相手として、彼女達とギルドや宿屋の酒場等で多くの時間を一緒に過ごしている。いくら二人が美人でも、いや美人だからこそ四六時中近くにいると我慢しなくてはならないことがあり、レイガルは今日の買い物を気分転換にするつもりでいた。特に用件を終えた後は街の南側にある歓楽街に立ち寄るつもりだったで、苦笑を浮かべるしかなかった。

「あくまでも予定でしょ。値切り交渉ならあたしの方が上手いだろうし、魔力を付与された武具を買うならメルシアの鑑定力はあって困ることはない。むしろ、自由時間にも付き合ってくれる仲間に感謝するべきでは?」

「それはしかし・・・いや、二人とも付き合ってくれてありがとう!」

「そう、それでいいのよ!」

「レイガルの装備が向上されることは、我々全体の戦力の底上げになりますからね。お礼には及びません」

 渋い顔を見せていたエスティだが、レイガルが感謝を伝えたことで笑顔となる。メルシアに至っては完全に善意の気持ちであることが窺えた。これでは『帰りには遊びに行きたいから一人にしてくれ』等とはとてもじゃないが言えない。それに、エスティから分け与えられた特別報奨金は、彼女が第四段階の冒険者として認められたことでギルドマスターのコリンから賜われた賞金である。本来なら、これを必ずしも仲間と等分する義務はエスティにない。こうして新しい装備を購入できるのも彼女の温情のおかげと言えた。

「じゃ、とりあえず店の中に入ろうか・・・」

 レイガルは諦めの境地を悟りながら仲間達に呼び掛けた。


 店の中に入ったレイガルは近くの商品棚には目もくれず、奥のカウンターを目指す。こういった店の多くは本当に価値のある商品は店の奥に隠してあるものだ。どうせ金を使うなら、安物ではなくしっかりした装備を手に入れたい。直接店主と交渉するのがもっとも近道と言えた。

「いらっしゃい。何をお探し?」

 若くはないが、妙な色気を持つ女性がカウンターの奥からレイガルに挨拶を送る。後ろで結った艶のある黒髪が特徴的だ。商人らしく彼とその連れを値踏みするように見つめているが、その声には卑屈さは感じなかった。

「魔力が付与された防具を探している。鎧か盾、出来たら両方ほしい」

「予算はどれくらいで?」

 一言に商人と言っても、露天商のような怪しい者から王侯を相手にする豪商まで様々だ。客層が違うのだから当たり前と言えるが、この女主人は間違いなく後者に近い存在だろう。とは言え、レイガルとしてはこういった率直な態度は嫌いではなかった。心にもないお世辞で財布の紐を緩めようとする商人と、詐欺師は彼にとっては同類だ。

「有り金全部で金貨二十枚ほど」

「それなら、どちらか一つに絞った方が良いでしょう。防具は直接命に係わる品ですから」

 金貨一枚で並の人間なら三か月は暮らしていける価値があったが、女店主は一つに絞るよう促す。やはり魔力が付与された防具は常識を超えた値段で取引されているようだ。

「とりあえず、この店で最高の防具と盾をそれぞれ見せてくれないかしら?」

「・・・ええ、少々お待ちを」

 これまで黙っていたエスティが口を出す。レイガルが店側のペースに引き込まれたと判断したのだろう。女店主は一瞬だけ含みを持った表情を見せるが、その要求に頷く。エスティがレイガル達のリーダーであることを見抜いたに違いない。

「はい、間違いなくこれらには魔力が付与されています。軽量化か強度の向上、あるいは両方を補助されているようです」

 女店主が用意した、一領の板金鎧と前面全てが金属で造られた丸盾を調べたメルシアは太鼓判を押す。実際に盾を構えたレイガルはその軽さに驚く、一般的に盾は樫などの硬木を主な素材として金属部分は縁等の要所に使うだけなのだが、この盾は金属部分の多さにも関わらずこれまで使っていた盾よりも軽かった。これならば戦闘中の取り扱いだけでなく、遺跡内の移動での負担も低くなると思われた。

「気に入りましたか?そちらの盾は金貨五十二枚、鎧は金貨二百三十枚でお譲りすることが出来ます」

 鎧の方は一部、胸甲を身体に当てただけだが、こちらも予想以上に軽い。それでいて分厚い金属板が首から下腹部までを緩い曲線を描きながらしっかりと覆い隠してくれる。女店主が伝えた金額は予算を遙かに超えていたが、レイガルはこれまで戦いを生業と生きて来た傭兵である。これらの防具が戦いでの立ち回り、更には遺跡での活動を劇的に向上させることは間違いないと確信した。

「レイガル。もし、その二つの内どちらか一つを選べとしたら、どっちを選ぶ?」

「そうだな・・・金が足りないんで買うことはないが盾にするかな。俺は遺跡に潜るようになってから盾を使う様になったが、攻撃を軽減させる鎧よりかは、まず攻撃そのものを防ぐ盾を優先させるよ」

「そう・・・じゃあ、その盾はあたしが買う。あなたは自分のお金でもう少し安い鎧を選ぶといいわよ。店主、さすがにこの鎧は高過ぎるから、他の鎧を順々に見せてちょうだい!」

「は、はいただ今!」

 レイガルが唖然としていると、エスティは巻くし立てるように注文を浴びせる。女主人もただその勢いに押され慌てて返事をするしかなかった。


「エスティ、本当にいいのか?」

 店を出てしばらくするとレイガルは前を歩くエスティに語り掛けた。

「ええ、構わないわ。敵との接近戦を受け持つレイガルには少しでも良い装備をして貰わないと!あなたが倒れたら、あたし達も危ないからね。それにその盾はレイガルに上げたんじゃなくて、無期限で貸すだけよ!そこは間違えないでね!」

「それでも、ありがたいよ!」

 エスティに感謝を伝えるとレイガルは新しい盾の表面を撫でた。円の外周に軽く象眼が施された程度で特に華美な装飾等はないが、実用本位の作りは彼好みと言えた。更にこうして実際に装備をして歩くと、その軽さに驚かされる。

「しかし、エスティの値切り交渉は凄いですね。途中で店主が帰ってくれと言った時はどうなることかと思いました」

「ふふふ、あんなのまだまだ序の口よ。本当はもっと粘っても良いのだけれど、あの店との取引は今回で終わりとは限らないから、あの程度で妥協したの」

 メルシアの指摘にエスティは含み笑いを添えて答える。彼女は金貨五十二枚の値が付けられていた盾を交渉によって金貨三十八枚と銀貨五枚で購入していた。

「あれで、まだ本気じゃないのか・・・」

「ええ、あっちはそれでも儲けを出しているからね。あたし達は良いお客よ」

 レイガルはエスティと店主との駆け引きを思い出すと、あれは機転を競い合う戦いであったと実感する。普通の人間ではあそこまでやろうとは思わないし、やれないだろう。彼の見立てではエスティは相手が嫌気を起こすギリギリの線を交渉の中で探り当て、そこを執拗に攻め立てていたようにしか見えなかった。

「・・・まあ、魔道具は時価なところあるし、良い買い物だったとも言えるわね」

「ああ!」

 レイガルは話を纏めたエスティの言葉に頷きながら、自分の金で購入した新しい鎖帷子のことを考えていた。鎧は盾と違い、留め具等の位置を微調整する必要があるため直ぐに持ち帰ることは出来なかったが、エスティによって盾と同時に購入する条件で金貨三十枚の代物を金貨十九枚と銀貨十枚にまで値引きさせている。最初に出された板金鎧に比べれば流石に見劣りするが、それでも現在使っている鎧とは比べものにならないほど軽く、動き易い逸品だ。盾と合わせるとレイガルの防御力は各段に向上していた。

「それじゃ、あたしとメルシアはこのまま宿屋に帰るけど・・・レイガル、あなたはどうする?どこかに寄るつもりなら、その盾をあたしが持って帰ってもいいわよ?」

 大通りに出た所でエスティはレイガルに問い掛ける。この通りを北に戻れば拠点としている宿屋で、南に進めば歓楽街に出た。

「・・・いや、皆で一緒に帰ろう。次の探索の日程等も相談しないいけなしな!」

 エスティなりの気遣いだったと思われるが、レイガルは歓楽街への誘惑を断ち切ると、三人揃って帰ることを伝える。さすがに彼女達を差し置いて遊びに出掛けるほど、彼も無神経ではいられなかった。

「そう、じゃ仲良く帰りますか」

「ええ、そうしましょう。ところで・・・私が店に入る前、街の地下から発掘された魔導具と思いがけなく良品を見つける現象を掘り出し物と掛けた駄洒落を言ったのですが、二人は気付いていましたか?もしかすると難しくてわからなかったのでしょうか?」

「・・・気付いてはいたわよ。・・・ただ、あまりにつまらないから聞き流したの!」

「そんな!あれは・・・かなりの傑作だと思っていたのに・・・」

「メルシア・・・あなたを生真面目だって言ったのは謝るけど、無理に合わないことはしなくていいのよ!あたしは普段のままのあなたを気に入っているんだからね」

 唐突に始まったエスティとメルシアの姉妹のようなやり取りを聞きながらレイガルは、彼女達と一緒に過ごせる時間を過少評価していたことに気付かされる。この二人より個性的で魅力のある女性はこの街はいないだろう。

「まあ、何事も最初はうまくいかないさ!」

 レイガルは笑みを浮かべて彼女達の会話に交じると、これまでにない満足感を持って帰路に就くのだった。

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