第9話 第二層

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 ランタンの光を前方だけを照らすようにして、レイガル達は第二層に至る回廊を進む。五百年前に滅んだとされる古代人の遺跡だが、彼の目にはそのような永い月日の痕跡を感じ取ることは出来なかった。人の背丈の倍ほどの幅を持った通路の床はまるで定期的に掃き清められているかのように綺麗で、それを構成するきめの細かい灰色の石材にもヒビや欠損はない。まるで、滅んだその瞬間から時が止められているかのようだ。

「いるのよ、掃除している奴が。半透明の地虫みたいな怪物がいるって言ったでしょ?そいつらはこちらからは手を出さない限り襲ってはこないのだけど、床に落ちている有機物は何でも取り込んで消化しているの。だからそれが通った跡は磨いたみたいに綺麗になる。・・・ここに死体を放置しても、しばらくしたら跡形も無く消えてしまうでしょうね」

 疑問を指摘したレイガルにエスティは答える。恐ろしい事実ではあるが、遺跡が在りし日の姿を保っている秘密の一つが解けた気分だった。

「掃除役の怪物もいるってことか・・・」

「そう。見た目は不気味だけど無害だから、遭遇しても手を出さないでね・・・ああ、そろそろここから出られそうよ」

 会話の途中でエスティがランタンを持った左腕を僅かに突き出すと、それに導かれるようにレイガルは視線を送る。確かに前方にランタンとは異なる豆粒のような白い光の点が見える。出口はもう直ぐだ。

 通路を抜けて光源の空間に出たレイガル達は建物群を前にしていた。終りが見えない天井と光源に関しては第一層と同じであったので今更驚くことはなかったが、似たような灰色の建物が規則的に建つ風景は異様だった。

「ここは工房って呼ばれている場所。遺跡に古代人が暮らして時代には、ここで様々な生活用品を作っていたみたい。建物が乱立していて探索する場所が多いから、手付かずのところもあるはずなのよ。レイガルに経験を積ませるためとは言え、ある程度は稼ぎたいからね。最初の探索にはここを選んだってわけ!」

 どの建物から手をつけて良いか、わからなくなるほど似た建物が並んでいるが、エスティの頭の中には手付かずとされる場所の目処が立っているのだろう。説明を終えた彼女はランタンを背負い袋に戻すと奥地を目指して歩き出した。

 やがて、それらしい区画に辿り着くとエスティは、自分が選び出した建物内を忍びの技を使って慎重に調べ始める。時には腹這いになり床を眺め、またある時は壁を短剣の柄で軽く叩く等して、隠されているかもしれない何かを見つけ出そうと必死だ。レイガルはそんな彼女を見守りながら、出入口を含めた周囲の警戒を続ける。何しろ探索はかなりの集中力を必要とする作業で、その間はほとんど無防備な状態となるからだ。

「だめね。何もないみたい・・・」

 もっとも今回、彼女の苦労が実ることはなかった。既に二つの部屋を探索していたが、これまでレイガル達が発見したのは幾つか工具と錫の板金だけだ。これらも価値がないわけではないが、宝というには語弊があるだろう。ギルドの取り分を引くと数回分の食事代になる程度と思われた。

「そうか、エスティに見つけられないんじゃ、本当に何もないんだろうな」

 気落ちするエスティにレイガルは労わる声を掛ける。元より最初から上手くいくとは思っていないし、幸いにして彼が活躍する機会はまだない。仲間を責める気などなかった。

「ええ、そういうことにしておいて・・・別の・・・」

 エスティは気分を変えるように笑顔を浮かべてレイガルに次の指示を出そうとするが、それは途中で遮られる。鼓膜を驚かすように何かの炸裂音が辺りに響いたからだ。

「なっ・・・どうする?!」

 咄嗟に腰の長剣をいつでも抜けるように身構えながら、レイガルはエスティに問い掛ける。炸裂の音源は建物の外から発せられたに違いないが、比較的に近い場所と思われた。

「・・・まずは状況を確認!対応は見極めてから!!」

「ああ!」

 レイガルは頷くと彼女に続いて建物の出口を目指した。

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