1,Who are you?

 傭兵。


 普段はどこの国や組織にも所属していないが金銭などの報酬を条件に契約、任務に服す武装兵のことである。


 ただし彼らは自分達で独自のグループを作っていることが多い。

 幼馴染だったから、個々の欠点を補うため、似たような依頼を受けることが多いから、活動場所が同じなどなどなど、その結成理由は様々である。


 中でも「アンテロープ」は特に傭兵が多く活動する国だった。


 理由は遡ること約三年前、当時の国王トニック・アンゴスチュラの暴政に耐えかねた国民達がクーデターを起こしたことに帰せられる。

 その陣容は国王と対立し閑職や辺境に追いこまれたり、冤罪を着せられて領地を没収されたり親族を殺された貴族・元貴族達が主であったが、戦場の主戦力となったのは理不尽な法律や高すぎる税金などに苦しめられた平民達だった。


 約二年に渡る内戦の後、トニックは捕らえられ一族郎党まとめて処刑。アンゴスチュラ王政は滅亡した。

 そして代わりに立て上げられた政府には身分・クーデター以前の罪状問わず、戦争で活躍した者達が就いた。


 しかし与えられる職や金には限りがある。

 そのため内戦に参加したもののあまり実績が残せなかった者達には満足のいく報酬を与えることは出来なかった。


 ただここで衝動のままに暴れるほどあぶれた者達は馬鹿では無かった。

 家業や再就職先のアテが無い達は戦場で知り合った縁を辿って集まり、次々に独立組織を結成。

 チームだとかパーティだとか傭兵団だとか様々な名称を名乗り、アンテロープとは関係ない立場で勝手に活動を始めたのである。

 これがアンテロープに傭兵が沢山いる理由である。

 

 そんな彼らの溜まり場である酒場の片隅に向かい合う一組の若い男女の姿があった。


「私、クラン、いいます。依頼、持って、来ました」

「ここは受付じゃないぞ」

「行きました、断られました、だからあなた、頼りたいです」


 外国人なのか、独特かつカミカミなイントネーションで懸命に話すクランと名乗った長い金髪の少女を黒髪の青年は椅子に座ったまま睨みつけていた。

 しかしクランも引くつもりはないらしく、テーブルを掴みながら逆に睨み返した。


「なんでよりによって俺なんだ……」

「女将さん。あなた、オススメ、言ってくれた」


 青年のため息混じりの呟きにクランが律儀に答える。

 ひょんなことから事の元凶が分かった青年は犯人を睨みつけたが、相手は下手な口笛を吹きながら明後日の方向を向いていた。


「あなた、気分次第、どんな依頼、受ける言ってた」


 女将からの情報を片言で訴える、病人かと見間違うほど肌が白い少女に視線を戻した青年はしばらく黙った後、手元にあったメニューに目を移した。


「……お前、アビレオか?」


 その言葉にクランは目を丸くした。


「どうして私の生まれがわかった?」

「……アビレオのやつのは語尾が微妙に上がるらしい」

「そうなのか。意識したことがなかった」


 青年が母国アビレオの言葉が喋れるとわかったからか、一転して母国語で流暢に話し始めたクランは安心した様子で勝手に対面の席に座った。


「……俺はアビレオ出身か、と聞いただけだぞ」

「まあまあ、何かの縁だ。とりあえず話だけでも聞いてくれないか? あまり人には聞かれたくない話なんだ」


 まるで聞き分けのない子供を宥めるような一方的な口ぶりでクランは周りを見回してから手を組んだ。


「あまり人に聞かれたくない話を受けるかどうか分からないやつに話すのか?」

「アビレオ語が分かるやつなどアルバート殿以外ここにはいないだろうからな。もしここで大声で叫んだって問題なかろうよ」

「お前、そういう問……」


 さっきと言っていることが違う、と顔を上げた瞬間、クランの泣きそうな顔が青年アルバートの視界に映った。


「ようやくこっちを向いてくれたな」

「てめぇ……!」


 今にも泣き出しそうな表情からは考えられないほど勝ち誇った声色で言うクランにアルバートは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて睨みつけた。


「どうした? 聞きたくなければさっさと立てばいい」


 鼻をすすりながら挑発してくるクランだが、アルバートは微動だに出来なかった。


 なぜなら先ほどからアビレオ語で喋っていたせいで周りの人間達はクランやアルバートが何を言っているのか分かっていない。

 そうなれば彼らは動きで話の内容を推測するしかない。

 そんな状況下で「外国人女性の涙ながらのお願いを断っている男」というはたから見えるシチュエーションが作られてしまった。


 傭兵という、信用と実績が物を言う仕事で今の状況は非常にまずい。

 ここでアルバートが席を立てば、間違いなくクランは泣く。

 そうなればさらにアルバートの立ち位置が悪くなることは火を見るよりも明らかだった。


「……聞くだけだぞ」

「ありがたい」


 アルバートが降参宣言をするとクランは目をこすって頭を下げた。


「では……アルバート殿、私を殺してくれないか?」


 まさかの申し入れにアルバートは衝撃を受けたのか、真顔になって長い時間黙り込んだ後、疑いと嘲りの混ざった視線を向けた。


「……正気か?」

「残念ながら本気だ。こう見えて私の体の中には街一つが消し飛んでしまうくらいの爆弾があってな。それが爆発しそうになったら私の息の根を止めて欲しいんだ。で、報酬の方なのだが……」


 クランはいつのまにか横に置いてあった布袋の中身を漁ると一本の短刀を取り出した。


「銘は『安成あんぜい』という。剣士でないアルバート殿は知らないかもしれないが有名な刀匠が打った物だ。ちゃんとした所に売ればしばらく何もせずに暮らせるだけの金は得られるだろう」


 差し出された短刀を一瞥したアルバートはゆっくりと目を細めた。


「まぁ、別に無理強いをするつもりはない。もう人を殺したくないというのなら断っても」

「君達、お手すきかい?」


 クランが逃げ道を作ろうとした瞬間、二人に声がかけられた。


 二人が一斉に振り向くとそこにはまだ顔にあどけなさが残る金髪の少年が笑顔で立っていた。

 真新しい革鎧に鞘に欠けが見当たらない片手剣を腰から下げている、いかにも新人ですといった風態である。


「依頼を受けようにも意見が合わなくて困ってるって感じに見えたんだけど、良かったら俺達のパーティに加わって一緒に受けない?」


 あまりの間の悪さと見当外れな理由に二人は揃って怪訝な顔を浮かべたが、少年は全く悪びれることなく別のテーブルから椅子を引っ張ってきた。


「うちのパーティ、人手はあるんだけど経験不足でさ。あんた達見た感じそこそこ経験を積んでるみたいじゃないか。損はさせないからさ、俺達と一緒に行こうぜ」


 ノリノリで話し続ける少年のテンションの高さに反比例するようにアルバートの視線は鋭く、厳しくなっていく。

 それも当然。どれだけ良い条件だったとしても、名前も素性も知らない相手に唐突に誘われて、はいよろしくと簡単に頭を下げてしまうようでは長生きできるわけがないからだ。

 それは逆の場合も然りである。


「どんな依頼、受けました?」


 しかし話に乗らないとこいつは離れなさそうだ、と思ったのかクランは短刀をしまうと少年に話を向けてしまった。

 すると脈があるとでも見たのか、少年は思わず天を仰いだアルバートを無視してぱっと顔を輝かせ、なぜかどこか得意げな表情を浮かべて告げた。


「簡単な討伐依頼だよ。俺のパーティ、格闘家と魔術師二人なんだけど、もしかするとちょっと相手の数が多いかもしれなくて」

「何の、討伐? 簡単、分からない」


 しつこく食い下がるクランに少年はため息を吐き、大した話じゃないだろう、と言わんばかりに肩をすくめた。


「ゴブリンだよ、ゴブリン。森に出たゴブリンの群れを討伐してくれって」

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