優しかったのは、みんなでした。

むむ山むむスけ

『優しかったのは、みんなでした。』


これは山口県の田舎町に住んでいた

ずっとずっと昔の事。


私の家には入退院を繰り返している

おばあちゃんがいた。


おばあちゃんはいつも病院と家とを

行ったり来たりで

もともと足腰が弱かったせいもあって、

たまに退院して家に帰って来ても

ずっと自分の部屋に籠りきりだった。


オマケに若い頃に事故で鼓膜が破れてしまったらしく、耳がほとんど聞こえなかったおばあちゃん。


私が一生懸命話しかけてもどうせ聞こえない

だろうから私もだんだんと話さなくなって、

同時に話しかけても私からの返事が聞こえないおばあちゃんも、だんだんと私に話かけてくる事はなくなっていった。


それでも私は、優しいおばあちゃんが大好きで、全くと言っていいほど会話はなかったけれど、おばあちゃんの部屋で一緒にテレビを見たり、必要な事はお互いジェスチャーをしたりして一緒に過ごしていた。


おばあちゃんがまた入院すると、

学校が休みの日はお母さんと一緒に

バスに乗っておばあちゃんの病院に

お見舞いに行った。


『次は青山町~』

『次は慶万けいまん~』

『次は桜馬場さくらばば~』


どうしてもバスの『止まりますボタン』が押したかった私は、バスの停留所に近づく度に流れるアナウンスにいつも耳を澄ませていた。


病院につくと、おばあちゃんは私の姿を見て微笑むけれど、やっぱり耳は聞こえないので相変わらずあまり話はしなかった。


それでも帰るときにはいつも小銭を握らせてくれて、私は病院のロビーにある自販機で桃のジュースを買って帰るのが日課だった。


そんなある日、小学校の社会科見学で郵便局へ行く事になった。


郵便局員さんに手紙の宛名の書き方や、郵便物の出し方を教えてもらったり、初めてみる手紙を仕分ける機械とか見せてもらったりして子供ながらに感動した。


帰る前に先生が言った『お家に帰ったら大好きな人に手紙を出してみましょう』という言葉に奮起して、私はその日の内におばあちゃんに手紙を出すことに決めた。


だが、いざ手紙を書こうと思っても何て書けばいいのかなんて全然分からなかったし、

まだ小学校にあがりたてで、字を書く事にも慣れていなかった私は「はやくげんきになってね」とか「またおみまいにいくね」くらいしか書けなかった。


それでも一生懸命頑張って書いて、お母さんの戸棚から切手を勝手に取って貼り付けた。


…が、ここで1つの問題にぶち当たった。


なんと私は、肝心の病院の住所を

知らなかったのだ。


仕方なく私は、宛名に自分の家と同じ郵便番号を書き、『青山町』『慶万』『桜馬場』と病院に行くまでのバスの停留所の名前と、かろうじて覚えていた病院の名前、そしておばあちゃんの名前を書いて送る事にした。


数日後、

おばあちゃんから返事の手紙が届いた。


おばあちゃんからの手紙は便箋にビッシリと3枚くらい書かれてて、所々に水滴で滲んでいる箇所がいくつかあった。


難しい漢字も沢山書いてあって、

おばあちゃんからの手紙は自分ではほとんど読めなかったからお母さんに読んでもらったけれど、「手紙が嬉しくて涙が出たよ」みたいな事が書いてあったから、多分あの水滴はおばあちゃんの涙だったんだと思う。


普段耳が遠くてほとんど話さなかったけど、

そのビッシリと書かれた三枚の手紙を見て

「本当はおばあちゃんは話が好きな人なのかなぁ…」と子供ながらに思ったりもした。


手紙を読み終えて、


「まさかあんたが勝手におばあちゃんに手紙を送ってるとは思わんかったわ。あんたは本当に優しい子やね。」


とお母さんに誉められたりしたけれど、

今思えば多分本当に優しかったのは私がどんなにとんちんかんな住所を書いてもきちんとおばあちゃんの元へと届けてくれた郵便局の方々なのだと思う。


もしあの時、あの手紙が

『宛先不明』で戻ってきていたら、

私は恥ずかしくてもう二度とおばあちゃんに

手紙を書くような事はしなかっただろう。


今はもう、

手紙をきちんと届けてくれた方々に、

ただただ感謝しかない。


ちなみにその後退院して家に戻って来た

おばあちゃんの部屋で私が勝手に親に内緒でハムスターを飼いはじめて大繁殖させてしまったのはそれからさらに数年後の話である。


そのお話はまたいつか

また別の機会に――――――…。




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