⑦「Septarche2 エルロック編」 作:智枝理子

URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054885684186


 「あらすじ」

 根源の神、オーが、境界の神にして剣の神であるリンによって切り裂かれて生まれた世界。


 ラングリオン、王都守備隊三番隊宿舎の訓練場で、真剣を構えた二人が向かい合う。

「エル、負けないよ」

 一人は大剣を構えた、黒髪黒い瞳の少女、リリーシア。

「あぁ。かかって来い」

 もう一人は、レイピアと短剣を構えた、金髪にブラッドアイの少年、エルロック。

三番隊の隊員が見守る中、隊長、ガラハドの合図で二人の決闘が始まる。



 「読んだエピソード」

 Ⅰ.王都編の「00 逆手に取る」から「18 箱入り娘」まで。



 「表現」

 地の文はしっとりとしており、大人びた印象をもたらしました。全体的には読みやすかったので、「良い点」をここで列挙していては枚挙にいとまがありません。ですので、以下の三点を指摘します。


 ①繰り返し

・リリーを呼ぶよう告げて玄関先で待っていると、すぐにメイドがリリーを連れてきた(00 逆手に取る より)

・静かな場所でのんびりしたかったから、プリュムに行ったのだけど。ミラベル収穫の最盛期だったプリュムは、忙しくて、どこも宿を閉めていた。(同上)


 同じ名詞を連続しているので、回りくどさを感じます。彼、彼女、同○○など、代名詞やその他の言葉を駆使すれば、文章が洗練されると思います。

とはいえ、こちらの文章は最も初期のエピソードから切り抜いたものですので、「いまさら言っても」感があります……。もうすでに修正されているかもしれませんね。


 ②記号の使い方

・「だから…。剣術大会は、諦めようと思う」(01 女の子は甘いものに弱い より)

「うん…。あれ?どうして朔日にカミーユさんを誘ったの?」(同上)


 三点リーダーと感嘆符・疑問符の使い方が"小説のきまり"に則っていないことを指摘します。前者は偶数個繋げて用いるものですし、後者は後ろに空白を挿入するというきまりがあります。つまり、

例:

・「うん……。あれ? どうして朔日にカミーユさんを誘ったの?」

となります。さすがに77万字もの超大作すべてを修正するのは困難でしょうけれど、するに越したことはないと思います。

 「?と!」の後ろの空白に関しては賛否両論あるので、優先すべきは「…」でしょう。ここまで作品のレベルが高いのに、そのことを気付かれる前に“なめられて”読者が減ってしまうという事態は、何としてでも避けたいものです。

 

 ③説明文

・皇太子のショコラ好きは有名な話しだったから誰もが笑い話にしているけれど、この話しにはもっと裏がある。(12 お茶汲みは基本のお仕事 より)

この後、カカオの関税を撤廃したことに端を発する利益が長々と記述されています。例えばこの情報がストーリーに関わるような重要情報であったら「読まなきゃ」と思う読者もいると予測しますが、大抵の方は読み飛ばしてしまうのではないでしょうか? 

 その一方、一人称の地の文とテンポの良い会話文が続く中で、こうした因果関係の並んだ事物に関する長文があると、良いアクセントにもなります。

 ここに書かれていることは、しかしながら結局一般の読者を考慮した場合ですので、私個人の見解は次の「設定」にてお伝えします。



 「設定」

 私がカクヨムで読んだファンタジー作品はどれも結構設定がしっかりとしていたものでしたが、同作品ほど設定に凝っている作品は未だ且つて出会ったことがありませんでした! カクヨム内でも一二を争う程の詳細さでしょう。その“濃さ”に、私ですら度肝を抜かれてしまいましたよ!


 ⑴魔法

 魔法という概念は、それに対しての知識・設定が浅くても深くても一応は作中に出すことが出来るので、ハイファンタジー作品の“出来”の良し悪しを決めるにはもってこいです。

 そのような思想の持ち主ですから、ついつい魔法に注目してしまうのですが……、先ほども申し上げたように、設定が重厚ですから、この概念についても深く言及されていました。


・魔法使いが魔法を使う為には、精霊と契約しなければならない。契約した精霊の力を借りて、自分の魔力に乗せて魔法を放つのだ。(01 女の子は甘いものに弱い)

・大地、闇、水、炎、光、冷気、大気、真空、天上と地上を繋ぐ、すべての元素。命。

自然と、世界とに同調し、呼吸を合わせて…。(02 愛妻家の朝食 より)

・王城の周りにある堀。水に落ちるなら被害も少ないだろう。

 風の魔法を集める。(05 魔法使いは空を飛べない より)

・要は、月からやって来た大精霊、レイリスの力なんだけど。 (同上)

・「ドラゴンと戦うなら大剣じゃないと無理だろ。これの名前はリュヌリアン。リリーの剣で、名工ルミエールの作品だ。月の石でできているらしい。魔法を斬れる剣で、大精霊が宿っても破壊されなかったんだ」(同上)


 作中での解説をすべて貼り付けるわけにはいきませんので、四つほど抜き出しました。ここからわかるのは、

1.魔法は精霊の協力が必要であること

2.約七つの属性があるということ

3.周囲の環境も魔法の効力に影響するということ

4.大精霊の協力もあり得る

 ということです。大雑把ではありますが、いつも気にしている「魔法の発動原理」「属性」「構築方法」を把握することはできます。

 (作品は途中までしか読めていませんが)全体を通して「欠点のない設定だ」という感想を持ちました。直感的で分かりやすいですし、構築すべきところは一つ残らず構築されているためです。

 しかし、分りやすい故に生じる問題があります。それは、幾らか「個性に欠ける」というものです。キャッチコピーにあるように、智枝様の「王道を目指す」という思想は私も十分承知の上ですが、王道を目指す場合、「王道」部分に加え、「個性」的な部分も無いと一般の読者は離れて行ってしまうのではないかと思います。

 ただ、大局的に見れば、決して作品に個性が無いということはありませんから、70万字越えの魔法に関する描写を加筆・修正するよりは他のことで個性を出す方が良いかもしれません。一意見としてお受け取り下さい。



 ⑵付け足しの情報

 私が設定に“深み”と感じたのは、この「付け足しの情報」の働きによるものかもしれません。大体の世界観の説明などはこの付け足しによって作中に紛れています。


・それぞれイーストストリート、ウエストストリート、サウスストリートと呼ばれ、中央広場から北はセントラルと呼ばれる富裕区、中央広場から南、イーストストリート以南はイースト、同様にウエストストリート以南はウエストと呼ばれる区画だ。

迷ったら、北にある王城を目印にすること。(01 女の子は甘いものに弱い より)

・光の洞窟は、俺がメラニーと契約した場所。

 ラングリオンの聖地・グラム湖のほとりにある洞窟だ。(02 愛妻家の朝食 より)


 以上2文は付け足しの情報です。1つ目はラングリオンの王都についての描写から生じた説明文です。まるで「るるぶ」のような詳細さですね。本当に王都の観光が出来そうです。

 また、もう一つの文は洞窟の場所について敷衍されています。その場で付け足したのか、もともと地図を作っていたのかまではわかりませんが、着目したいのはそこではなく、このような詳細な情報を”適当な位置に“入れ込むことができる技量です。ただ闇雲に情報を付け足していってしまったら、流石の私でも嫌気がさしてくるでしょう。でも、二つ目の説明はラングリオンに聖地があるということと、湖のほとりにあるという二つの情報を提供しています。どちらももっともらしい情報ですから、リアリティが生まれています。

 漫然と読んでいるだけではこの素晴らしさを体感することは難しいので、冗長な説明と捉えられがちでしょうけれど、「説明文は無暗やたらにとちりばめられていない」、そう読者に伝えることが出来たらば、考え抜かれた配置に普通の作品ではないと気づき、定期読者が増えて行くと思われます。私がそうですからね!



 ⑶言語

 舞台となっているラングリオンでは、おそらくフランス語をモデルにした言語が話されているようですね? 「ガレットデリュヌ」は「ガレットデロワ」に似た語感ですし、「ショコラ」や「ポワソン」はそのままです。

 使用言語の統一による「異国感」や「異世界感」は当然大きいものとなり、効果的ではあります。でも、そうすると次のような文が目立ってしまいます。


・振り落とされそうになるのをこらえて、イリデッセンスとロープを掴む手に力を込める。(05 魔法使いは空を飛べない より)

・ソファーに座ると、ライーザがいきなり化粧を始める。(17 挑戦状 より)


 お判りでしょうか? 二つの文にはそれぞれ「ロープ」や「ソファー」といった英語が混じっているのです。調べたところ、フランス語では各々「corde」、「canapé」と言うそうです。せっかくフランス語的な言葉を使っているのに、これでは雰囲気が台無しです。

 そうは言っても、全ての外来語をフランス語にしてしまうと、いちいち面倒ですし、何より読者も「?」となるのは目に見えています。

そこで、私は自作の中で、「英語をはじめとする外来語は極力日本語に置き換える」という原則を作っています。ナイフやドラゴン、エルフなど、いくつかの例外はあり、まだ私も完全にはコツを掴んではいません。ですが、やる意義はあるでしょう。気付いてくれる僅かな読者の為にも、またここまで設定が詳細な作品の為にも。

 時折日本的なものが登場しますが(刀など)、下に挙げた文には賛否両論あるかもしれません。


・和三盆のプリンだったかは知らないけれど、昔、誰かが和三盆のプリンが一番美味しいって言ってた気がする。(15 一番の犠牲者は より)


 和三盆とは、ずいぶん挑戦的なワードです。異国の雰囲気が一気に吹き飛んでしまいました! 後々必要になるのであれば納得なのですが、いきなり和風ワードが出てきたもので、驚きまして……。個人的にはこちらもラングリオンの言葉で記述していいのではないかと考えます。

 


 ⑷神話

 神話ファンの私としては、ちょくちょく○○神とかいうワードが出てくるのを見ると嬉しくなります。また、次の文には神話について直接書かれていますね。


・そもそも、地震が起こる原因は、この星の神、アンシェラートが手を伸ばす為、と言われている。(14 勝てるわけがない より)

・この神々の力が星の力に負けると、星の魂は、片割れである創世の神の魂の一部と一つになって、根源の神オーに還る。つまり、星の消滅。

 ここは、太陽と月の神に守られたアンシェラートという名の星だ。(同上)


まず、"この星"と記述されていることに、これまた随分考え抜かれていると思いました。地球や世界とはいわず、あえてこうした表現を使っているのですから。


 さて神話について申しますと(一連の作品の神話体系を知らないのであまり突っ込むことは出来ないのですが)、「星の神」という表現には神話好きとしてすこし引っかかりました。古代人は普通、世界(宇宙)を“ディスクワールド”とか“亀+象+○○……”というふうに認識していており、始めから地球を球体と解釈していた民族はまずいないでしょう。また、星に関して言及している神話は意外と少なく、聖書の「創世記」に記述されている他には、スマトラ島のレジャング族の世界創造神話に「卵の一部分から太陽と月、また星辰が生まれた」とあったり、フィンランドの「カレワラ」にある「宇宙卵」の話に星が登場したりするくらいです。

ただもしかしたら、私が知らないだけでこの作品の世界ではクトゥルフ神話のように外の世界からやってきた神がいたり、ある程度時代が進んだ時期に改めて神話が制定されたのかもしれません。中央神話というやつですね。

 それに、人間は現実と同じような思考回路を持っているとしても、決定的に異なるのは神が世界に干渉しているということです。それを考慮すると、やはり心配しても意味のないことかもしれませんね……。先ほど「個性」が大切といっていたのに、自分の確実性の無さにうんざりしてしまいます。

 つまり、リアリティを求めると星の神という存在は認めがたいのですが、個性を出すのであれば非常に効果的だと思います。こちらも一意見としてお受け取り下さい。



「男性向けか、女性向けか」

男性向けか、女性向けかという質問が出てくるということは、作品には、双方の要素が入り混じっているということでしょうか? 確かに、私の感想としましては「完全なる男向け」ではありませんし、またその逆もしかり、というものでした。

 では、先ずその理由の前に、個人的な“ステレオタイプ”ではありますが、男性向けと女性向けの要素を区別しておきたいと思います。


・男性向け:戦闘シーン、多少の下品さ、シリアス

・女性向け:恋愛シーン、人間関係、ストーリー展開


 男性向けについてはとやかく言う必要はないでしょう。説明が必要かなと思うのは、女性向けにある「ストーリー展開」でしょうか。こちらは結末と同じくらい、そこに至るまでの“過程”に重きを置くという要素です。

 それらの要素から鑑みるに、同作品は「女性向け」ではないかと思われます。いくつか戦闘シーンが見受けられますが、どれも何百、何千という文字数にわたって描写される大規模なシーンではありませんし、そもそも戦闘シーンを中心にストーリーが展開するといった様子ではなさそうです。

 また、登場人物は(私が混乱するくらい)多く、ひとつひとつの関係がきちんと形作られています。

 恋愛シーンに関しても、男性向けとは違って露骨な下品さや下卑た描写が無く、柔らかな印象を受けます。


 私は上記の通り、女性向けの要素が多いと感じましたが、完全にそうとは断言できません。男性向けの要素も見え隠れするからです。

 ですから、今はどちらへも方向転換可能です。女性向け作品を目指すのであれば、魔法や戦闘の描写も交えながら、より多くの人間関係の描写が必要でしょうし、男性向け作品を目指すなら、戦闘シーンや恋愛シーンを増やすなどの修正が必要そうです。



 「伝えたいこと」

 こちらの「Septarche2 エルロック編」を読んでいて、どうしても伝えたいことが二つあります!


 ⑴あらすじ

 あらすじにいささか問題があるかと。

 今のままでは「エルロックとリリーシアが決闘をする話」と捉えられかねません。

するとどうでしょう? ここまで緻密に構築尽くされた設定と壮大なストーリーが、初見さんには二人の決闘の為にしか無いように思えてしまうはずです! 

 もう少し、ストーリーについての解説があっても良いのではないかと思います。

 あと、もうひとつ。登場人物紹介が初めの方にありますが、未だにエルロックだけしか公開されていません。主要キャラクターはあらかた紹介しておく方が良いと思います。


 ⑵どうして評価されないでしょうか?

 本当に、私が最初から最後まで疑問に思っていることです。どうしてここまでクオリティの高い作品が、星一つすらついていないのでしょう。

 考えられる理由としましては、やはり“しっかりとしたハイファンタジー作品自体がネット小説界ではあまり読まれない”という風潮があるからでしょうか。かく言う私もハイファンタジーを執筆していますが、同じようなことを論評者様にお教えいただきました。

 そういえば最近カクヨムが「BOOK☆WALKER」と連携しましたね。思い切って電子書籍として出版してみてはいかがでしょう? それにはまず三点リーダーを修正しなければいけないので、面倒ではありますが。

 

 もう一つ考えうる理由は、4月20~21日のたった二日ですべてのエピソードを公開している点です。一日に一話ずつなど、継続して投稿していくとユーザーさんの目に留まりやすくなるかと思われます。



 「個人的感想」

 何べんも言いますが、設定の密度に思わず息を呑みましたよ。まさかここまで作りこまれた作品が、私の身近にあったとは。

 文字数もなかなか膨大なことになっているので、書籍販売とか結構容易に出来そうですね! 


 リリーシアがとてもかわいい。まさに文字通り、「可愛い」です。エルロックが独占的なのも分かります。また、エルロックもちょっと強引な所があって、また欠点もありますが、そこが人間らしいといいますか、憎めないといいますか。

 他にもアレクシスやマリアンヌ、カミーユなど、個性あふれるキャラが多数登場するので、読んでいる側もありません。私は(前にも言いましたが)人物をなかなか覚えられない人間なので、少々混乱してしまいましたが……。


 あと、最近フランス語を勉強し始めたので、ますます私と同作品との相性が良いですね。“r”の発音に四苦八苦しております(泣)。

 

 さて、だいぶ文字数も多くなってきましたので、批評はここで終了といたします。ここまでお読みいただき、またここまで私に適した作品をありがとうございました!


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