SF作品

論評者:草月玲

⑤「いちこわびすけ」 作:大家一元

作品URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054885626264



 「あらすじ」

終末の世に秩序を打ち立てんとした伝説の総裁・錦戸しげるが『文明の非協力者』と指弾した『灰色の町』。

そこは、終末の道理をとことんまで弁えた悪党たちと、終末に取り残されようとするはみ出し者が集う、暴力と退廃が支配する町。


そんな町に、二人の若き鼻つまみ者が帰還した



 「読んだエピソード」

 プロローグ「夜明けを拒む子」から第一章「ミスミ・コミュニティ」まで。



 「地の文」

 地の文は硬すぎることがなく、かと言って砕けすぎてもいない、読むのにちょうどよい文章です。また、完全なる三人称視点であるために、登場人物の心情よりかは周囲の状況や環境の説明などが描写され、場面が想像しやすくなっています。

 とはいえ、文芸的な地の文が無いというわけでもなく――


・しかし今、たまの心を満たしているのは、小さな背中の温もりと、二人分の体重で踏み締めた落ち葉の音。

そしてぎこちなく交わした、幾つかの会話。(ケヤキ通りの別れ より)


 例えばこちらの文は体言止めが適度に使われており、また心に残っているものがわびすけの声などではなく、“落ち葉の音”という意外性が含まれています。個性が感じられ、非常に興味深い文です。


 次は読む際に気になった点を二つお伝えします。

私が気になったのはすべての文に「段落1字下げ」がないことということです。個人的には多少の読みにくさしか感じませんし、文と文の合間に適度な空白が挿入されているので、これによって読む気がそがれたなんてことはありません。

それでも多くの小説作品は字下げが施せれているため、特にこだわりがない限りはこの"規則"に則ったほうが良いかと。カクヨムの編集画面を開くと「本文を整形」というツールに「先頭段落を字下げ」機能が用意されています。これを使えば一発ですので是非!


 もう一つの指摘点は、漢字のルビについてです。

 先述しました通り、同作品の地の文は良い意味でのシンプルさを含んでおり、読みやすいものとなっています。そして、途中で引っかかってしまうところがあるとすれば、それはルビの振られていない難読漢字でしょう。どれが難読か、なんて分かりっこないのですが、私は(恥ずかしながら)「半纏・鎌鼬・佩刀」などが読めませんでした。

 確かに読めたところで意味は分からないということも多々あります。でも、例えば中央の“かまいたち”という言葉は、読めてしまえば想像は容易です。



 「表現」

 先ほど申し上げたように、同作品の地の文は適度な堅さを持っています。真面目さを感じます。でも、だからこそ次に示すような擬音語が目立ちます。


・呆然と枝にしがみ付く「人質だった」女性を尻目に、鼠色の小男が茶碗に入ったぜんざいをズズッと音を立てて啜り、口に入った白玉をもちゃもちゃと咀嚼した。(ミスミ事件 より)

 

 「ズズッ」や「もちゃもちゃ」などが擬音語に当たりますが、後者はともかく、前者は無くとも読者は同じ光景・状況を想像するはずです。“音を立てて啜り”という句の中に、聴覚的説明も含まれているからですね。

 適度に使えば良いアクセントとなり、地の文を飽きさせないものたらしめる擬音語・擬態語ですが、濫用した場合は“幼稚”だとか“描写が浅い”と思われてしまうこともあります。無意識に使用している可能性もありますので、一度自分の「癖」についての理解を深めていくとよい方向へ進むでしょう。


 もう一つの指摘点はこちら。


・「ぐえぇっ……! な、何をするんじゃ、貴様……」

「吐けっ! わびすけはどこだぁっ! 」

「何をそんなにいきり立っておる……」

「う、うるさいっ! そんなこと話してやる義理はない! とっとと吐かんと捻り殺すぞ! 」

「分かった! 言う! 言うってぇ~っ……グググ……」(鼻つまみ者の帰還 より)


 全体的に分析をしていくと、擬音語と共にしようが多いと感じたのが「三点リーダ」と「感嘆・疑問符」の使用です。そして特にこの文はその傾向が顕著です。

 どんな方でも意識しなければ、大声でまくし立てる場面などはどうしても感嘆符が多くなってしまいます。でも、例えば促音「っ」が文末にあれば、ある程度感嘆符の代用が出来ますし、地の文での描写を駆使すれば、適度な沈黙や緊張を描写することも難しくはないと思います。二度目になりますが、こちらは大家様の文章力が高い方だと感じたからこそのアドバイスです。少なくとも意識をして損をしてしまうことはないかと思います。

 様々な感情が入り乱れている場面こそ、これらの記号や特定の語句に頼りきりにならず、地の文での描写に挑戦してみてください。そうすれば、自分でも気が付かなかった得意分野が拓けるかもしれません!


 そして、表現といえば会話表現ですね! 登場人物たちが繰り広げる言葉の駆け引きに関して意外と欠点の多い作品もありますが、「いちこわびすけ」にいたっては欠点といえる欠点が見当たりませんでした。冒頭の熱烈な演説や、その後に展開する町長たちのアウトローな会話。またいちことわびすけの掛け合いもテンポが良く、どのキャラクターも“生きている”と感じました。不自然な部分が無く、しかも読みやすい会話を完成させるのは難しいことです。高い技量が輝いています!



「設定について」

 程よく荒廃し、また程よく技術がのこっている(官邸や新聞の存在より)世界を舞台に、二人の“戦に生きる者”を軸に話が進んでいく……。何とも少年の心をくすぐるような設定。私は惹かれました!

 政治家と“組織”の絡みなどにリアリティを感じますし、「灰色の町」の悪の蔓延りようがまた素敵です。

 SFとはいえ、あまりハイテク機械などが出てこないことを鑑みるとタグにもあるように「裏社会」が主体となっているのだと思います。そうであれば、設定はOKです。文句なし、です。


 お次はキャラについてです。

 ひょうひょうとしており、掴みどころのないわびすけと、男顔負けの気力と武力をもついちこ。2人のキャラ&からみは、読者がその後の展開に興味をもつ材料として見ても、非常に優秀と思われます。現在公開されているエピソードから考えるに、二人の間には"何か"があるようですね。一見すると全く正反対の性格をもつ二人が何らかの関係を持っている、この事実を知るだけで、私は最後まで見届けたくなりました。ですので、キャラについても◎。特にイレズミたちの描写が絶妙です!



「展開」

 個人的にはいまのままできれいにストーリーが展開していると感じたのですが、どうやら一般の読者はそうでもないようです。

根拠ですが、PVを見ると、「紅の少女」までは一定数読まれていることが確認出来ます。しかし、次の「杉林を行く」でPVは一気に1桁降下していますね。となると、読者は「紅の少女」にて、読み進めることをやめたということです。通常、PVは序盤のエピソードから徐々に減っていくものです。しかし同作品では減り方が少し急です。いったいなぜでしょうか?

 個人的な意見ですと、このエピソードの内容があやしいと思っています。ここではいちこの血なまぐさい過去が描かれているのですが、その前後は軽快な戦闘シーンだったり、わびすけの活躍する場面だったりします。考えれば、確かに前エピソード「ミスミ事件」を読み終わったら、気になるのはわびすけと女性の行動です(少なくとも私はそう思いました)。いちこも「ミスミ事件」には登場していましたが、彼に遅れを取っている+数エピソードの間はいちこが中心だったという点で、やはり次はわびすけに焦点を当てたエピソードが望ましいです。

 と、こんな個人的な考えを言っても仕方がありません……。何はともあれ、PVが半減しているということは事実です。なので大家様が特にこのあたりの展開にこだわらないのでしたら、例えばわびすけが女性と別れ、話の中心がいちことなる「風の便り」まで「紅の少女」はお預け。そして章がかわる「先生と生徒」の前後にいちこの過去についてを挿入してみてはどうでしょうか。

 

 実を言うと、展開には私も随分と悩まされています。以前他の論評者様からいただいた批評を活かして改善した点もあるのですが、まだまだ満足できる点には至っておりません。でもどこから直せば良いのかも、いまいち釈然としないのです。

 人からアドバイスをされたとしても、そう簡単には変えられないのが展開です。大家様も、この批評はあくまでも一意見としてお受け取り下さい。



 「個人的感想」

「灰色の町」という名称と、あらすじから香る荒廃感。ゲーム「フォールアウト」シリーズのウェイストランドや、映画「ザ・ウォーカー」のような世界観を想像していたのですが、中身を空けてみればあら不思議。悪徳社会を舞台としたバトル作品ではありませんか! 私はまずそのギャップに衝撃を受けました。また、ひらがなだけのタイトルからは想像もできない程犯罪のニオイがする世界観・ストーリーにも驚きを禁じ得ませんでしたね。

 いちこさん、素敵ですね。私はキツネ大好き人間ですから……。あと頼もしい人物も大好きです。わびすけの方は、何やら闇が深そうで少し怖い!


 また、次の文にはどきりとしました。


「うるせーな……さっき運ばれてった奴が渡してきたのがアーモンド臭くて、食い損ねたんだよ。腹いせに腕すっ飛ばしてやったけど……」

いつの間にか合流した野茨と日車が呟く。

「あやつ、なかなか手の込んだことしおるのう」

「最近の若造はイレズミでも賢いんじゃのう」(ミスミ事件)


 最初はイレズミがアーモンドを食べていたりとかしたのかな、など淡い考えだったのですが、二人の言葉から「これ青酸カリのことを言ってるんじゃないか?」という恐ろしい予測が浮かびました。結局、話が進むにつれて正体が確定するのですが、情報の後だしが上手いと感じました。

 

 ただ主人公たちが強いだけの小説は山ほど見てきましたが、同作品のようにそれに加えてアウトローな雰囲気+とっても強いおっさん(政治家)という組み合わせは読んだことがありません。わびすけといちこの今後が気になりますし、また灰色の町がストーリーにどう関わっていくかにもとても興味があります。執筆、応援しています。またこちらへ読みに来るかと思うので、その時はよろしくお願いしますね!

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