episode:2【もう一人の自分】


 いつかの夏の日。怪談話をしようということになった。場所は、テニス部の部室。この日、練習は休みだったのだが、数人の部員たちで自主練習を行っていた。


 その中の一人が「休憩時間を利用して怪談話をしよう」と持ち掛けたのが、始まりだった。


 外では太陽の熱で地面がゆらゆらと揺らいでいる。しかし、部室内は幸いにも日当たりが悪く、猛暑から逃れることが出来た。


 蝉の鳴き声が聞こえる中、数名で小さな輪を作り、時計回りでそれぞれに話していく。トップバッターは、部長であるKちゃんから。キリッと縛ったポニーテールに性格が現れている。キツイ時もあるが、決して横柄な訳ではない。皆を思っての優しさから来るもの。それを皆も分かっているから、彼女は部員全員から慕われている。


「塾の友達に聞いた話なんだけど……。その子が通ってる学校には、なぜか開かない物置きがあるんだって」

「……物置き? 教室とかじゃなくて?」


 Kちゃんの左隣に座っている副部長のYちゃんが不思議そうに訊ねた。Yちゃんは いつも穏やかで、怒った姿を見たことがない。肩下まであるサラ艶ストレートヘアは皆の憧れで、リスのように愛くるしい顔立ちの小柄な少女だ。


 開かずの……と来れば、確かに教室や扉を連想させる。物置きと言うのは、少し拍子抜けにも思う。KちゃんはYちゃんに「私も同じように思ったけど……とりあえず、進めるね」と再び話し始めた。


「野球部の生徒がその近くにある部室を使ってるんだけど、決まって夕方の五時になると物置きから、ガンガンガン……ガンガンガン……て、ノック音みたいに内側から一定のリズムで音が聞こえてくるんだって」


 みんな食い入るようにKちゃんの話を聞いている。【開かない物置き】なのだから、開けて中に入った可能性は低い。だとすると、既に中に何かが……?


 音がするだけでも肩を跳ね上げそうだが、更にそれが一定のリズムで聞こえてくるとなれば、顔面蒼白だ。腕に浮き上がった恐怖を宥めるように擦りながら、私は話の続きに耳を傾けた。


「 あまりにもうるさいから、野球部の部員が 物置きを蹴飛ばして倒したら、中から" 出して……開けて…… "って、女の子の声がして段々と その声と叩く音は大きくなって……" 開けろー!! 開けろー!! " 」

「ぎ、ギブギブッ!! 初っ端から怖すぎッ!!」


 怖がりのAちゃんが右側からKちゃんの左腕を掴み、話を中断させた。Kちゃんの話し方も上手く、特に女の子の話し方の演技が凄まじかった。


「Kちゃんの話、怖かったね」

「うん」


 右隣に座っているHちゃんが話しかけてきた。黒髪のボブヘアーがよく似合う、普段から大人しい子なのだが、恐怖でからか いつもより小声になっていた。


 【開かない物置き】 ……最終的にどうなったのか気になるが、まだまだ怪談話は続いていく。


 次に話したのは、怖がりのAちゃん。二つ縛りをし、眼鏡をかけた知的少女である。怖い話として有名な【 消えたシュウマイ 】の話をした。シュウマイを買って食べようと蓋を開けたのだが、そこにシュウマイの姿が一つもない。……実は、蓋に全てシュウマイが付いていた、というオチ。


「それ知ってる!! 怖い話というより、呆れた話じゃん」

「でも、考えてみてよ! 食べようと思って蓋を開けたら、中身が空っぽって怖くない?」


 その場にいるみんながAちゃんを可愛いと思った。普段は真面目で、勉強もスポーツもそつなくこなす。まさに生徒の鏡。入部当初は完璧な彼女に近寄り難かったのだが極度の怖がりと知り、親近感が生まれ、直ぐに仲良くなることが出来た。


 「次、Hちゃん」と、Aちゃんから Hちゃんにバトンが渡った。


「……今でも謎なんだけど、幼稚園の頃。<>に会った事があるんだ……」


 一瞬にして和やかだったムードは消え去った。部室の窓から吹き抜ける風がビューと唸り声を上げた。


「<もう一人の自分 >って、ドッペルゲンガー!?」

「聞いたことある!! 自分と同じ姿をしてるんだよね?」

「Hちゃん、会った事あるって……え? え?」


 口々に驚きの声を発していく。<もう一人の自分>というのも想像がつかないが、それに出会したというのは もっと想像がつかない。どうやって、Hちゃんは<もう一人の自分 >に会ったのだろうか……。


「幼稚園の園庭で遊んでた時、何となく……園の建物を見たら、見覚えのある洋服の子が居て、" あれ? あの子、私と同じ服着てる。一人でどこに行くんだろう? "って気になって、その子の後を追いかけたんだ」


 先程まで晴れていたのが嘘のように、灰色の雲が空を包み、冷たい風が吹いている。元々、日影の部室。 より一層ひんやりとした空気が行き来し、招かれざる客が紛れているような気さえしていた。


 Hちゃんは外の変化を気に止めることなく、話し続けている。


「前を歩いている同じ服を着た子は私に気付かないまま、中通路を通って教室へ向かう廊下に出たんだけど、この廊下には他の組の教室もあって、中に先生やお友達も居て……何組か忘れちゃったけど、教室の前で自分と似た子に思い切って声を掛けたの」


 先の展開に、みんなは固唾を飲んだ。その瞬間。

ゴロゴロ……ゴロゴロ……辺りに雷鳴が響き、紫色の稲妻が縦に空を切り裂いた。


 降り出す雨。部室の屋根はトタンで、雨が当たる度、不思議なメロディを奏でていく。それでも、Hちゃんは話を中断しなかった。水が溜まっていくコート。散らばったままのボールを眺めつつ、皆も片付けよりもHちゃんの話を優先させた。


「 " 待って。どこに行くの?" って訊ねたら、その子は歩くのをやめて、ゆっくり振り返ったの。そしたらね、その子は……《 私 》だった 」

「それで、そのあとは!? どうなったの!?」


 あまりに気になって、Hちゃんの左腕を掴んでしまった。驚いた顔をしたあと、Hちゃんは困ったように笑った。


「それが……気絶しちゃったみたい。その様子を見てた先生に、" 一人で喋ってたと思ったら、突然倒れたからビックリしちゃった " って後で言われて……。だから、<もう一人の自分 >に会ったのは、夢だったのか現実だったのか、今も謎のままなんだ」


 雷と雨が強さを増してきた時。稲光と共に「何やってるんだ!!」と怒声に近い声が部室の入口から突き刺さった。


「ゲッ……顧問だ」

「あちゃー……片付けしてないや」


 反省に濡れる部室。顧問はズカズカと中に入ると、予想していた言葉とは違う言葉を皆に掛けた。


「よく雨宿りしたな! 雷の時は危険だからな! さすが、部長だ!! いい判断だぞ!! もう少ししたら、雨も弱まるはずだ。そうしたら、皆で片付けをして解散にしよう」


 自主練習をする事を顧問に伝えていた為、夕立ちの中も練習してるんじゃないかと心配になり、彼は見に来たそうだ。その後、雨が上がるのを彼も一緒に待ち、片付けをし、この日は解散となった。


 翌日。昨日の自主練習をしたメンバーは部活の休憩時間、また部室に集まっていた。


「怪談話、怖かったねー」

「うんうん! Kちゃんが話した 【 開かずの物置き 】、怖かったけど結末が気になった!!」


 ショートヘアで気の強いMちゃんと私は話すことが出来なかったが、他の話が怖すぎて、話しても霞んでいただろうと、互いに苦笑した。


「Hちゃんの話、怖かったー。<もう一人の自分 >、居るのかもしれないよね」

「会ったら……と思うと怖いー!!」

「Hちゃんが気絶しちゃったの分かるなー」


 輪に入っているHちゃんだが、何だか様子がおかしい。ポカーンとして、「何の話?」と皆に訊ねた。


「え? 昨日、自主練習した時に怪談話したじゃん。その話だけど……」

「Hちゃんも一緒に居たよ?」


 Hちゃんの顔がみるみる青ざめていく。と、同時に周りにいる皆もつられて青ざめていく。


「私……一昨日の土曜日から、隣の県にある おばあちゃん家に行ってたけど……」


 昨日、この場にいたHちゃんは一体……

 私が掴んだ、あの子は一体……


 部室に ひんやりとした風が通り過ぎていった。



もう一人の自分【完】



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