第三章 秋生の死

 秋生が死んだ! あの白いシートの中身は秋生だったんだ。

 僕にメールを送った直後に、秋生はマンションの十五階から飛び降りた。遺体は大きな物音に驚いた、犬の散歩中の老人が発見通報したのだ。

 当初、遺体の損傷が激しく身元が分からなかったが、十五階の階段の踊り場に携帯電話が置かれていたので判明したらしい。秋生のお母さんは看護師で、その日は夜勤で不在だったが警察から連絡を受けて、遺体の『身元確認』をしたらしい。


 飛び降り自殺は高い所から落下するので重力がかかって、もの凄い重さになって落ちていく――だから地面に激突すると身体中の骨がバラバラに砕けてしまう。まるで熟したトマトを思いっきり壁に投げつけたようなもので、グチャグチャになって人間の原型を留めていないのだ。

 マンションのエントランスに、僕が立っていたときは、秋生の遺体を運搬する車を待っていた時だった。すでに死亡が確定している人間を救急車は乗せてくれない。


 ――お葬式の日、どうしても秋生の死が受け入れられず、僕は悲しむことさえできなかった。まるで夢の中の出来事のようで――傍観者のように眺めていた。秋生のお母さんも茫然として、心ここに在らずという顔だった。しかも、この数日の間に十歳は老け込んで見える。

 小さい頃「秋生はひとりっ子だから……」と言って、僕も一緒に遊園地や映画館、プールにもよく連れて行ってくれた。男っぽくて、さっぱりした気質の人で、離婚して女手ひとつで秋生を育てていた。看護師をしているので勤務時間が不規則だったが、うちの母親が秋生の面倒をよく見ていたので、そのことをいつも感謝してくれていた。

 僕の下には妹と弟がいて、三人兄弟だったし、ひとりくらい増えても手間はかからないと母は笑っていた。実際、秋生はとても大人しい子どもだった。

 おばさんにも「秋生は内気で弱虫だから、イジメられたらツバサくんが助けてあげてね」と僕はいつも頼まれていた。なのに、それなのに……僕は秋生が苦しんでいるときに知らん振り、何も力になってやれなかった。――僕は最低だ、薄情な人間だ! 壁に頭を打ちつけたいほど、激しく後悔していた。


 おばさんが泣いた!

 火葬場で骨になった秋生の遺体見たとき、おばさんが大きな声で泣き出した。

 僕も骨になった秋生を見た瞬間、堪えていたものがプツンと切れて、堰を切ったように涙が溢れた、俯いた僕の黒いローファの上に涙の雫がポタポタと落ちた。

《秋生のバカ野郎! みんなをこんなに悲しませやがって、なんで死んだんだ? どうして自殺なんか……》心の中で叫びながら僕は泣いた。


 ふと気付いたら、僕と同じ学生服を着ている人がいる。彼も後ろを向いて壁に向かって肩を小刻みに震わせている。秋生の死を悲しんで泣いているのだろうか?

 顔はよく見えないが、確か三年の『深野』という人で、秋生が所属している文芸部の部長で生徒会の会長もしている。

 成績が良くて、人当たりの良い深野さんは学校では先生たちの信頼が厚く、女生徒にも人気がある。秋生とは創作者仲間だと聞いていた。

 秋生の死を悲しむ人はここにも居るのに、どうして僕らを残して逝ったんだ! 怒りにも似た悲しみで涙が止まらない。

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