第11話 明日の予定

 その日の夜のこと。凛太郎の部屋で布団を敷きながら、健三からの話を正樹に聞かせる。客用の布団に胡坐をかき、腕を組んで正樹は頷いていた。


「石尾村には、神社や寺はないのかい?」

「無いですね」

「じゃあ、お葬式とかは?」

 坊主がいなければ、経を読んでもらうこともできない。それとも、この辺りの地域にそういう習慣はないのだろうか。


「葬儀は葬儀屋じゃないんですか?」

 その返答を聞いて、後者であることを悟った。本来は加持祈祷をするような機関の有無を知りたかったのだが、今度はこの土地の埋葬について興味が出る。


「お墓とかどうしてるんだい? 管理する人とか」

「墓地はありますけど、管理する人なんて必要ないですよ」

 合点がいかないというように、正樹は顔をしかめる。それに気付いたのか、凛太郎はもう少し説明を加えた。


「墓地には家の墓があって、その管理はその家々がやるんです。見てのとおりこの村も年寄りが多いので、放置している家もあるみたいですけど」


「へぇ……。でも、そんなことしたら骨壺が入りきらなくなるんじゃないか?」

「こつつぼ?」

 初めて聞いたというように、凛太郎は目を瞬かせる。正樹はそれに少し驚きながら、子供にするような説明をした。


「ご遺体を焼いた後に残る骨を入れておくものだよ」

「え、焼くんですか!」

 その驚き具合に、凛太郎が違う世界の人間であるかのような錯覚に陥る。


「じゃあ、ご遺体は?」

「山に埋めてます」


 江戸時代ならそれでもよかっただろうが、今は死体遺棄という立派な犯罪だ。何か意味がある習わしなのか、それともこの村が封鎖的なのか。しかしそれにしては、家電が揃っている。


 先ほど入った風呂にしてもそうだ。公美子の様子を見ている限り、ボタン一つで簡単に風呂が沸く。最新とは言わなくとも、そこそこ最近出たものには違いない。

 このアンバランスさは何なのか。正樹は今更ながら、恐ろしい場所に足を踏み入れたのではないかとわずかな恐怖が背中を走った。


 正樹の慄きなどつゆ知らず、凛太郎は呑気に明日の予定を聞く。

「明日はどこに取材に行きましょうか。資料館があったにはあったんですが、今はもう閉めちゃったんですよね。頼めば話くらい聞けそうですけど」

 どうやら同行する気満々らしい。少しはしゃいでいる様子を見て、正樹は少し落ち着いた。


「図書館は、あるかな?」

「はい、ありますけど。でも規模が……」

 田舎の公共機関が充実していないというのは、珍しいことでもない。

「無かったらそれまでだよ」

 正樹は肩をすくめ、そう答えた。


「じゃあ、リゾート地跡を見に行きましょう」

 何がじゃあなのかわからないが、凛太郎はそう提案する。きっと昼間の言葉を逆手に取った発言だろう。


「じいちゃんの旅館、まだ残ってるんですよね。案内しますよ」

「本当かい?」

 少しからかうように正樹が言う。しかし内心では行ってみたい気がしないでもなかった。


 正樹は廃墟に興味はないが、盛者必衰のなれの果ては見てみたいと、ふと思った。今と昔をよく知る凛太郎が案内をするのだから、それはよくわかるだろう。

 それに、肝試しにはもってこいの暑さだ。


「もちろん、夜に行くんだよね?」

「えっと……」

 困らせようと少し意地の悪いことを言えば、凛太郎は頭をがりがりと掻く。その目は逸らすように、宙を彷徨っていた。


「冗談だよ。太陽が出ているうちに行こう」

 その言葉に凛太郎は、安心したようにため息をついた。


「それじゃあ、もう寝ましょうか」

 時刻はまだ十時だが、特に何もすることがないので大人しく布団に入る。それに、明日は沢山歩くのだ。少しでも体を休めていた方が良い。


「電気消しますよ」

 そう言うと、凛太郎は紐を引いて灯りを消す。すると部屋の中は窓から入ってくる月明かりに照らせれた。縁側に続く窓は網戸にしてあり、時折ふわりと、カーテンが揺れる。


「おやすみなさい」

 お互いそう言い合うと、二人は瞼を閉じた。

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