へっぽこ女体化魔導士と最強の嫁 ~ かしづけ! ひれ伏せ! 甘やかせ! 私を何と心得る!! ~

音無 一九三

第1章『嫁、降臨』

01 入学式とラブレター! 始まる『守護天魔』召喚

 

「……」


 空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。


「──ったく、ふざけた召喚をしてくれたな…! 見ろ、私のドレスが滅茶苦茶だ!」


 恐らくドレスだったのだろう、ボロボロになって足元に落ちた布切れを踏みつけながら、少女が憤慨する。


 ぷんすかぷんすか。

 まるで爆発でもあったかのような、そんな惨い跡地に、少女は立っていた。


 月明かりと街灯に照らされ、その美しい金色の髪が煌めいている。ああ、いや、実際に近くの芝生とかも燃えているから、厳密には火花やらも散っている訳なのだが。



 ともかく、闇夜に浮かぶような紅と緑の瞳が、少年を見下ろしていた。



 そう、一糸纏わぬ裸体の美少女が、仁王立ちで爆心地の中央にいた──!



 そして、彼女の全身に付着している……ドロッとした甘い香りのする液体が、裸体ということも相まって、恐ろしく犯罪的な雰囲気を醸し出していた。



 色々とツッコミを入れたいところだが、何にせよ、ちょっとその、何というか……。


「……設定、盛りすぎじゃね?」


 少年の第一声が、それだった。



 その少女は、頭に2本のそれは大層な角を持ち、右腕には何らかの紋様があり。

 その背には、3対の紅蓮の翼を持ち、そして、魔法陣の輪が頭上に浮かんでいる。



 何故こんなことになったのか。自分はコンポタを買おうと自販機のボタンを押しただけなのに。


 それが何をどうしたら、無惨な姿に変わり果てた自販機の上に立つ、コンポタにまみれた素っ裸の少女に睨み付けられている、というようなことになるのか。





 その発端は、今日の朝に遡る。





 ********************



『幻想魔導士』という職業がある。


 いつの頃からか、この世界の人間は、魔力なる力に目覚めた。

 それを発端にしたのか、はたまた逆なのか。


 異形の化け物が、時折『人間界』でも見受けられるようになった。


 そう言った化け物達の退治や、魔法を用いた犯罪等の対処に当たるのが、『幻想魔導士』である。


 そして、その『幻想魔導士』になれそうな適性を持つ者を選別して、教養教育と共に、魔法の教育を行う学校が、全国に幾つかある。



 ここ、国立天魔第6高等学校も、その1つである。

 ここには、天魔省というところから直接の案内書が届かなければ、入学出来ない。



 そして、この学校は今、とあるとんでもない生徒が入学してくるというニュースで持ちきりだった。



 曰く、魔力量、ランク規格外。

 曰く、召喚適性、ランク規格外。

 曰く、依代適性、ランク規格外。



 まさに『幻想魔導士』となるべく生まれてきたかのような、そんな者が入学してきた、と。



 その、入学式の日。事件は起きた。


「……これは…!」


 昇降口で、スニーカーから用意されている上履きに履き替えるため、自身の名前が書かれた下駄箱のロッカーを開けるなり、少年はそう声を漏らした。


 上履きの上に、桃色の封筒が乗せられていたのだ。


 その封筒は、自分宛のもののようだったが、裏返してみても、送り主の名前は書いていない。



 そも、入学式でいきなり──


「──ラブレターって…どうなのよ…」


 言いながらも、少年はホクホク顔で、その封筒を丁寧に学校指定の鞄にしまい込み、トイレへ駆け出した。


 逸る気持ちを抑え、個室に駆け込んで、封を開ける。

 中から、その封筒に似つかわしい、桃色の手紙が出てきた。


 そこには、可愛らしい丸文字で、こう書かれていた。


『急にこんなお手紙を出してしまい、ごめんなさい。でも、どうしても、あなたに伝えたいことがあります。ここに書いてしまえれば楽だけど、やっぱり直接言いたいん──(中略)──今日の放課後、体育倉庫裏で待っています』



「……マジか…」


 本当に、これはラブレターなのか。

 まさか。とうとう春がやってくるのか。


(──いやいや待て待て。確か中学の時に、こんなイタズラされたことあったような…)


 それは最早虐めなのでは、とのツッコミは、少年には届かない。

 如何せん、この少年は楽観的だった。



 そんなわけで、少年はどこかそわそわしたまま、入学式を終えたのだった。


 終えたのだが、寧ろここからが、この学校にとっては本番なのである。


 集められたのは、整備が行き届いた校庭。

 そこに、新入生全員が集合していた。


『あー、これから君達には3年間、『幻想魔導士』見習いとして、魔法等、様々なことを学習してもらうわけだ。魔法の使い方については、明日の『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』の配布と共に行う。それよりもまず大事なのが、『幻想魔導士』の相棒──『守護天魔ヴァルキュリア』の存在だ』


 拡声器を通して、男性教師の言葉が響き渡る。


守護天魔ヴァルキュリア』とは、まあざっくりと言ってしまえば使い魔のような存在である。


 潜在的に魔法の適性が高いと判断された者には、高校の教育過程でこれが付くことになる。

 勿論、生きていく中で魔力に目覚めた場合は、別途機会が設けられる。

 何にせよ、以来、一生涯を共にするパートナーである。


『まだ魔法の使い方を教える前段階のため、君達は魔法を扱えない。そこで、君達の潜在的な魔力の強さと幻想を読み取り、別の世界へと繋げる魔法陣を用意してある。各自、もう暗記はしていると思うが、魔法陣の上で呪文を詠唱することで、君達1人1人に、『守護天魔ヴァルキュリア』が与えられる。各クラスに1つあるし、他人が何を喚んでもそう変わるものではない。焦らずに召喚を行って欲しい。えー、で、一応召喚の呪文をもう一度、ここで言っておくぞ。いいか──』


 この『守護天魔ヴァルキュリア』に何を喚び出せるのか。

 これは非常に重要なことだ。


 より強い『守護天魔ヴァルキュリア』を喚び出せるということは、それだけ潜在的な能力が高いことを意味するからだ。


 そう、何を喚び出せたかが、真っ先に下される評価の対象なのだ。



 特に、過剰な期待が掛かっている場合なんかは。



「……で、どの者かね?」


 教師の説明は既に終わり、『守護天魔ヴァルキュリア』の召喚の儀が、校庭では行われていた。


 1学年全10クラス。それぞれクラス毎に用意されて魔法陣の上で、1人ずつ、儀式を行っていく。


 そんな様子を、この学校の校長──『鷹倉たかくら 誠二せいじ』は、ブラインド越しに見ていた。


 鷹倉校長──通称、ハゲ鷹。


 校長というより、「や」のつく職業を思わせるような強面。

 でっぷりと膨れ上がったみっともない腹をした身体つきが、スーツの上からでも見て取れる。


「ええっと、3組の──ああ、次の次の子ですね」


 そのハゲ鷹の横に、若い女性教師が並び立ち、その方向を指差す。


「……未だに信じられんのだが、本当なのかね?」


「天魔省の調査によれば、間違いないとのことなのですが……」


「……その調査通りなら、何が喚び出されると?」


「最低でも、天使か魔族…だそうで。何にしても、固有の名前を持つ個体の可能性が高い、と」


「……それが本当なら、我が校にとってもこの上ないことだな」


「……そうですね。ところで校長、にじり寄って来るのを止めていただけますか? 加齢臭が酷いです。あと、口臭も」


「……ハッキリ言うなぁ、まったく。……これでも気にしてるのに…」


「そう思うなら、もっと体臭対策をしていただけますか」



 この毒舌な若い女性教師が、この学校の教頭先生である。

 勿論、ハゲ鷹が顔とスタイルで選んだという、不健全極まりない抜擢。のだが、思いの外優秀だった。


 今では校長の方が、顎で使われているような状態だった。



 そんな校長室のやり取りはさておいて、彼等の視線の先、3組では、順調に召喚の儀が行われていた。


 順番は、特に決まっていない。早い者勝ち。

 別に誰が何を喚び出そうが、自分には何ら影響ないのだから。


 そんなわけで、ある者は我先に、ある者はより良いものを喚べるように精神統一をし、と、それぞれだ。



「はい次の奴ー、名前ー」


 そう言って次の生徒を促したのは、3組の担任教師である、『防人さきもり 雪奈ゆきな』だ。

 今年で28歳の独身。メガネと茶髪のポニーテール、そして気だるげな表情が特徴である。




桜宮さくらみや 璃由りゆです。…行きます!」


 彼女の名前を聞いて、生徒達はざわめいた。


 学校側からも注目を受けている生徒だった。

 そして、それはやはり、先輩やらの口から漏れるところには漏れる訳で、新入生達の間にも、それは知れ渡っていた。


 羨望や嫉妬といった様々な視線が向けられるが、それら全てをはね除けるような、凛とした少女だった。


 透き通るような白い肌に、鴉の濡れ羽のような艶やかな長い黒髪。濁りのない紫水晶の瞳。


 ややスレンダー気味だが、十分にスタイルも良く、真新しいブレザーも相まって、男子達の視線は前情報などなくとも釘付けだった。



 魔法陣の中央に立った璃由は、目を閉じて、凛とした声で召喚の詠唱を唱え始める。


 それに呼応して、魔法陣が淡く輝き出し、そして──


「──出でよ我が盟友!」


 最後の呪文が唱えられた。


 途端、快晴だった空が、突如として暗雲に覆われた。

 今にも鳴き出しそうな黒い雲。その雲を割るようにして、一筋の光が降りてくる。


 それは、一直線に璃由を目指して降り注ぎ、少女の身体は温かな光に包まれた。



「──おお…!」


 生徒の1人が、驚きの声をあげた。

 気づけば、少女の背後には、人影があったからだ。


 白いローブを纏った、金髪の女性。

 頭の上に輪が浮かび、背中には2対の翼。


 それを、いつの間にか元の快晴に戻った空が、明るく照らしていた。


「すげぇ! 天使だ!」


 その声を皮切りに、歓声があがった。

 滅多に見ることが叶わない、天使の『守護天魔ヴァルキュリア』。


 勿論、実物を見ることなど初めての生徒達は、殆ど悲鳴に近い声をあげていた。



 天使は、下から三級、二級、一級と位がある。

 階級が上がる毎に、翼が1対ずつ増えるので、一目瞭然である。


 璃由が喚び出したそれは、2対の翼を持つ天使。

 つまり、天使の中でも2番目の階級に位置する、ということだ。


 他の生徒は、妖精か精霊、サラマンダー等の魔獣がせいぜい。

 羨望されるべき『守護天魔ヴァルキュリア』だった。



「ほう……。本当に喚び出すとは…」


 感心し、感嘆の声をあげた校長──ハゲ鷹。


「校長先生。彼女ではありません。彼女の次ですよ。さっき次の次の子と言ったでしょう? 耄碌されましたか?」


「次…? ……ズボンだから…あれは男か。何だ、パッとしなさそうな奴だな……」


 国立天魔第6高校は、男女共に臙脂えんじ色のブレザーだ。

 パッと見た違いと言えば、その通りズボンかスカートかではある。


「私は男には興味が無いんだがね……」


「本当にゲスですね、校長。彼が天魔省が太鼓判を押している人物です」


「……本当なのかね…? 私には、頼り無い砂利ガキにしか見えんのだがね…」


 そんなやり取りが校長室でかわされているとも知らず、璃由が魔法陣から離れ、いよいよとなった。



「おら次ー。さっさと行けー」


「あ、はい。『赤月あかつき れい』です。どもー」


 そう言いながら魔法陣の上に立ったのは、中性的な顔立ちの、人懐っこそうな少年だった。赤みが掛かった黒髪と、青い瞳が特徴的だ。

 ズボンを履いていなければ、そしてウィッグでもつけていれば、女子に混ざっていても違和感が無さそうだ。


 確かにそれは、校長の差した通り、少年としてはパッとしない感があった。



 返事こそすれども、未だに意識はラブレターに半ば向きっぱなしの少年。

 だが、ふと気づくと、周りの反応がちょっとおかしかった。


 明らかに、全員が少年の立つ魔法陣から今まで以上に距離を取っていた。


 事前情報は、漏れるところからは漏れるものである。

 そう、この少年についても、既に漏れていた。



 曰く、魔力量、ランク規格外。

 曰く、召喚適性、ランク規格外。

 曰く、依代適性、ランク規格外。


 まさに『幻想魔導士』となるべく生まれてきたかのような、そんな者が入学してきた、と。

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