第46話 男の性(さが)

 俺はアパートを引き払い、明日の昼にはここを出て行くことになっている。今日はこのアパートで過ごす最後の夜だ。


「ロバート、お父様大変だったね。このアパートを出ても私たちの関係は変わらないよね」


 ガランとした部屋を見て泣いているのはソフィアだ。


「ソフィア、これから俺はスペードの家を守らなければならない。今までのように気楽な生活はできなくなる。逢えない日の方が多いだろう。だが、お前への気持ちが変わったわけではない。そんなに泣くな」

 

 ソフィアの手を取り俺の方へ引き寄せる


「今日はお前を朝まで抱いてやる」



 泣いているソフィアを胸に抱きしめ、柔らかな髪を指で梳かしながら頭を撫でる。ソフィアの頬を濡らす涙を指で受け止めると優しく耳たぶから首筋へと指をすべり落とす。ピクッと反応したソフィアは、ちょっと大きな吐息を吐く。


 俺の子猫は、いつだって俺のものだ。久しぶりのソフィアとの情事は俺の感情を激しく揺らした。悲しみや怒り、何も言わずにすべてを受け入れるソフィアは俺の背中にしがみつき、なんども果てていく。


 ガランとした部屋。最後に残されたベッドは、大海原に漂流した小舟のようだ。俺たちは、そんなベッドの上で愛を確かめ合った。激流に巻き込まれた小舟の上で夢を見る。



 

 朝が来て目を覚ました時、ソフィアは俺の腕の中でぐっすりと眠っていた。俺は彼女の頭を撫でながら小さな声でつぶやくように話しかけた。


「ソフィア、お前はいい女だ。俺よりいい男が現れたらそいつと付き合え」


 ソフィアは眠ったまま何も答えなかった。



◇ ◆ ◇


 ロバートの胸の中は暖かくて気持ちがいい。朝まで何度も愛し合い、私はぐっすりと眠っていた。

 

 お父様の不幸な事件。ロバートの悲しみをなんとか紛らわせてあげたかった。私に出来ることは、そっと寄り添うこと。

 

 ロバートが先に目覚め、私の頭を撫でてくれる。目は覚めていたけど眠ったふりをしよう。だって、二人で過ごす時間は久しぶりなんだもん。ロバートの愛に飢えていた私は少しの時間でも彼の愛を感じていたい。


「ソフィア、お前はいい女だ。俺よりいい男が現れたらそいつと付き合え」


 えっ? ロバート、今なんて言ったの。


 これは、あなたからの別れの言葉なの。私は無言で寝たふりをするしかなかった。


「ソフィア、他の男と寝たら俺とは終わりだ。お前は俺だけのものだ」


 寝ている私のおでこにそっとキスをした。


 ロバート、あなたはなんて勝手なの。私はあなた以外の人なんて考えられない。でも、あなたには、きっと他に気になる女が出来たんだね。私にはわかる。はっきり別れを言ってくれたら、諦めもつくのにこんな言い方されたら、想いを断ち切れないよ。



 ロバートは、そのまま起き上がりシャワーを浴びに行った。



◇ ◆ ◇


 ちょっと熱めのお湯でシャワーを浴びる。俺の心は親父を亡くした悲しみもあったが、これからしっかり家を守らなければという使命のような感覚が心に芽生えていた。俺がしっかりしなければ、家を守れない。


 すべて、俺が守ると宣言したからには、やるしかない。


 石鹸の泡がシャワーのお湯で流されて行く。今日から俺は生まれ変わる。



 さっぱりした気持ちでシャワーから出て来るとソフィアはまだ眠っていた。昨日は久しぶりに激しく求めあったから疲れてるんだろう。俺は、ソフィアの頬にキスをして話しかけた。


「ソフィア、朝だぞ」


「あっ、ロバートおはよう。もうシャワー浴びたんだね。私もシャワー浴びてくるね」


 まだ、眠たそうに伸びをしながらソフィアは裸のままシャワーを浴びに行った。その後ろ姿は、少女からすっかり丸みを帯びた大人の女の体になっている。


「しばらく、お前との情事はお預けだな」

 俺は一人つぶやいていた。




 



 




 

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