第33話 思い出にするなよ!

 嵐のようなプロムが終わり、卒業式がやってきた。


 気づいてしまった心の炎はくすぶり続けていたが、何事もなかったかのように平静を装い過ごすしかなかった。





 卒業式の日。


 会場には親父と康代、そして俺の実のお袋とその旦那が勢ぞろいしやがった。俺は朝から機嫌が悪くイライラしている。


 ちくしょう。なんなんだ!


 親父の勝ち誇った顔。康代と公の場に出るのは初めてだからってなんで俺より喜んでるんだ。今日は俺が主役じゃないのかよ。俺の卒業式なんだぞ。



 康代は初めて俺の生みの母親に会うが、お袋は若い康代を少しバカにしたような口調で話し始めた。


「あら〜、リチャード久しぶりね。今度のロバートのお母さん候補は、お若いこと。ロバートの彼女みたいね」


 俺はムカッとなって親父より先に怒鳴ってた。

「お袋の今度の再婚相手も若そうだな。いい歳のくせに恥ずかしくないのかよ」


「ロバート。あなたなんてこと言うの。まっいいわ。あなたも私たちの子ですもの。いつか私たちのことを理解する日が来るわ」


 親父は、何も言わずに笑ってやがる。康代は、嫌味なお袋の言葉に萎縮して下を向いてた。


「康代、このババアのいうことなんて気にするな」


 康代は、ちょっと悲しそうな顔で俺にうなずいた。




「ロバート、あなた……」


 お袋は何かを言おうとしたが、それ以上口をつぐんだ。歳を取っていても女の勘ってやつが働いたのかもしれないな。




 

 卒業式が終わり、ババァたちは引き上げていった。俺はホッとした。親父も同じ気持ちだったのかもしれない。





 残された俺たち3人は卒業を祝うため予約してあったフランス料理レストランへと向かった。


 レストランは、高層ビルの最上階にあり夜景がキラキラと見える高級店でミシェランの三つ星獲得店だ。味も雰囲気も最高で親父にしてはいいセンスだ。




 席に着くと康代は小さな箱を俺に差し出した。


「ロバート、卒業おめでとう。バイトで買ったものだから大したものではないけど、私から心ばかりのお祝いよ」


 予想していなかった贈り物に俺は天にも昇る気持ちになった。 




 お前はやっぱり俺のことが好きなんだ!



 俺は包みを開けた。そこには、日本製の腕時計が入っていた。


「いまどき、腕時計なんてと思うかもしれないけど、他に思いつかなくて……」


 腕時計なんて一度もつけたことなかったが、SEIKOの時計は、俺の腕にピッタリだった。


「康代、ありがとな」


 俺はうれしくて、もらった腕時計を身につけ、ニヤニヤしながら眺めたぜ。







 ……その時。


 一人のバイオリン弾きが俺たちのテーブルにやってきたんだ。


 バイオリン弾きは、エルガーの「愛の挨拶」を弾き始め、レストランにいる誰もが俺たちのテーブルに注目した。何が起こったかわからない俺と康代は目を白黒させて驚いた。


 親父の演出にしてはまぁまぁだが、俺の卒業式の祝いで「愛の挨拶」はないだろう。なにを考えてるんだ。恥ずかしいぜ。




 親父は、バイオリン弾きが弾き終わるのを見計らうと……



 スッと席を立ち上がった。そして、康代の前にひざまずいたんだ。


 レストランの中はしーんと静まり返った。親父は、スーツのポケットから大きく輝くダイヤの指輪を取り出した。そして、康代に差し出して言ったんだ。


「Will You Marry Me ? (結婚してくれないか)」


 シンプルだが、俺が最も聞きたくない言葉。親父のプロポーズが俺の目の前で行われた。




「結婚は、卒業してからでいい。僕の婚約者になってくれないかい?」


 親父は優しく囁き、誰もが息を飲んで康代の返事を待った。



「学生なので今すぐ結婚はできませんが、お受けします」


 康代の返事を合図にバイオリン弾きが、軽やかにバイオリンを弾き始め、レストランにいた客からは拍手喝采が起こっていた。



 なんて日だ! 最悪の日だ。


 俺はがっかり、うなだれるしかなかった。

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