3章5話

 大切なのはイメージです。以前は重たくて持ち上がらなかった斧も、軽いとイメージすることで難なく持ち上がりました。私はそれを肩に担ぎ、自宅へと戻ります。まるで空飛ぶ金太郎さんになった気分でした。


 屋敷の玄関に斧を立てかけ、もう一度空へと舞い上がります。まだまだ夜は長く、私の時間は続いているのですから。


「ルリコが帰ってきたにゃ。おいらと遊んでくれるのかにゃ」


 夜のお散歩をしていた黒助が私を見つけてまとわりついてきました。この子のこういう性格は本当に可愛いですね。


「宿場町まで行こうと思うのだけど、黒助も一緒にどうかしら」

「が、頑張るにゃ。しがみつくにゃ」


 黒助は箒の柄先へと移動し、そこにしっかりと爪を立てます。

 私の体にしがみつくほうが安全だと思うのですが、彼の中ではそこが定位置であり特等席なのでしょう。


「では行きますよ、振り落とされないでね」


 今よりさらに上空へと昇り、そこから一気に加速します。流れる景色が歪み、引き伸ばされ、線になり、心の臓が丁度七つ太鼓を叩いた頃、宿場町の上空へと到着しました。ローマンの街から馬車を使ってここへ来るには二日かかるらしいので、それと比べれば非常識が過ぎる速度ですね。


「目がグルグルにゃー」


 フラフラしながら胸に飛び込んできた黒助を抱え、ゆっくりと町中へと着地しました。ここには今、第二の迷宮を攻略している翔くん達が滞在しており、この時間帯の彼は間違いなく酒場にいます。睡眠時間を削って遊べるのは若者の特権ですね。


 私達が降り立つと、どこからともなく猫達が集まってきました。ローマンの街と違い、ここにはたくさんの野良猫が住み着いています。


「おまえら元気だったかにゃ。今日は酒場のゴミ箱を襲撃するにゃー」


 黒助の呼びかけに答え、にゃーにゃーと可愛らしい鬨の声をあげる野良猫達。


「ルリコ、おいらは戦いに出てくるにゃ」

「はいはい、気をつけてね」


 白、茶、斑、色とりどりの野良猫を引き連れ、山賊の親分気取りで先頭を歩く黒助が微笑ましいです。猫軍団を見送った私は酒場へと向かいました。狭い店内からは喧騒が聞こえ、繁盛しているのが表からでも伺えます。


「席は空いているかしら」


 おっ、ラズリーヌさんがきたよ。

 こんばんは、夜の魔女さん。

 誰だ、あの美人は。

 ラズリーヌさんこっちで一緒に飲もうぜい


 この酒場に出入りするようになってからお知り合いになった、常連さん達が声をかけて下さいます。たまに酔っ払いや一見さんも見受けられますが概ね皆さんとても良い方達です。


「ラズリーヌさんじゃねーか、待ってたぜ」


 嬉しくなるようなことを言いながら近づいてくるのは翔くんです。彼はここで深夜まで騒ぎ、ほろ酔い気分で宿へと帰るのを日課としているのでした。因みにラズリーヌというのは私の偽名です。るり子のるり(瑠璃)をハイカラな言い回しにするとラピス・ラズリですので、そこから安直につけました。


「数日ぶりね。元気だったかしら」

「それだけが取り柄だからな。丁度コリーとドーラが帰って一人なんだ。一緒に飲もうぜ」

「ええ、喜んで」


 ズルいぞバール天国。

 お前はさっきも美人と飲んでたじゃねえか。

 そうだぞ、独り占めは許さん。


「何だとテメーら、表出ろや」


 望むところだこの野郎。

 今日こそはぶちのめしてやる。

 美人は希少な資源だ、もっと分かち合え。


 皆さん良い感じに酔いが回っているようで、ゾロゾロと表へ出て行かれました。いつものことなので私は翔くんが座っていた席の隣に腰掛け、果実酒を注文します。


「本当に皆さん元気ですよね」

「彼奴等にしてみりゃこれも意思疎通の一環だからね」


 店主が差し出してくれた果実酒をゆっくりと啜り、外から聞こえてくる物騒な音に耳を傾けます。男衆の友情は何かと面倒くさいですね。


「そういえば以前試行錯誤していた乾麺はできたのかしら」

「ああ、ショウのやつが発案したアレね。できたよ、食べてくれるかい」

「ぜひ食べてみたいわ」


 店主さんは頷くと奥の調理場へ引っ込みました。何がきっかけだったのかは忘れましたが、以前ここで翔くんと話していた時に乾燥麺の話になり、興味深げに聞いていた店主さんを巻き込んで試作品を幾つも作ったのです。その時はどれもこれも成功とは呼べない代物だったのですが、いつの間にやら完成していたようですね。


「ふう。どいつもこいつも一昨日来やがれ」


 肩をくるんと回しながら翔くんが店に入ってきました。


「今日は早かったわね」

「俺も日々レベルアップしてるから楽勝だぜ」

「はい、おまちどうさま」


 奥から店主さんも戻ってきました。丁度三分くらいですね。


「これだよこれ。ラズリーヌさんに見せたくて毎日この時間に待ってたんだ」

「そうだったのね、じゃあお味見させて頂くわ」


 やや底の深い器に入っているのは、具こそ見慣れない素材ですが所謂ラーメンです。先ずはスープを、それからゆっくりと麺だけを喉に通し、最後に具と麺を同時に食してみます。


「どうかな。感想を聞かせてもらいたいな」

「俺も発案者として聞きたいぜ」

「そうね……この料理の真髄は具材に変わったものを使うことでも高級なものを使うことでもないわ。乾麺の真髄はいかに手軽で持ち運びしやすいかに尽き、そこに従来の携帯食にはなかった熱さと風味が加わり味と香りを重層的に構築するのだから高級食材を使うのは違うと思うの。その点、今回のお料理はシンプルな具材を巧みに使い美味しさと手軽さを見事に両立させているわね」


 要するに、懐かしい味と出会えて大満足なのです。


「おお! ラズリーヌさんからやっと及第点をいただいた」

「ラズリーヌさん、さすがだぜ。俺だとこうも的確に感想を言えねぇ」

「お役に立てたなら何よりです」


 亀の甲より年の功でしょうか。今まで食してきた量と種類が八十一年と十九年とでは天地の差がありますので。きっとあと六十年も経てば翔くんにも表現できると思います。


「ところでこの乾麺、名称はもう決まったのかしら」

「ショウがさっき、名前をつけてくれたんだ。ショウ、教えてやりなよ」

「この乾麺は冒険者をターゲットにしたものだ。迷宮で、野宿で、お湯をかけるだけで美味しく食べられる新しい非常食。敵を恐れぬ勇敢な奴らが食べるに相応しい名前。俺はこれをブレイブラーメンと命名したぜ」


 どこかで聞き覚えのあるような、ないようなそのネーミングに私は苦笑いするしかありませんでした。


「あれっ、何だこの雰囲気は。もしかして俺はスベったのか……」


 でも強そうな名前なので良しとしましょう。大丈夫よ翔くん、貴方はスベってなどいないわ。

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