1章11話

 古来より日本では、使い続けた道具に宿った精霊を付喪神と呼びました。とはいえ、そんな神格化された存在なぞ見た記憶は皆無で、伝承と御伽の中だけで語られる空想の産物だと思っておりました。しかしこの世界には精霊が住まい、ともすれば私達にその力の一端を貸し与えてくれたりもするらしいのです。


「何だか幻想的なお話ね」

「うむ、精霊の存在は誰もが感じられるわけではないのです。そこから夢物語だと言う人もおりますが、ひとたびその存在を感じ取れば余りにも多くの精霊とこれまで共に暮らしてきたと合点するのですぞ」


 ゼペットさんのお話は解り易く、知識の乏しい私にもよく理解できます。彼の生徒になって本当に良かったと思いました。


「お礼なんて要らないですよ」

「いや、そうはいかん。儂にできることは何かないかね」

「でしたら魔法のお話を聞きたいわ」

「そんなことなら喜んで。立派な魔導士にしてさしあげますぞ」


 昨日正気を取り戻したゼペットさんとそんな会話があり、本日は朝から彼のお宅にお邪魔しております。魔導士になりたいのではなく魔法のお話を聞きたいだけだったのですが、ゼペットさんは私に魔法の何たるかを教える気満々なのでやる気を削ぐのも躊躇われました。結局、彼の生徒として暫く通うこととなったのです。


「精霊との取り引きは錬魔素をもって行われます」

「練魔素なんて聞いたことのない言葉です」

「この辺りの話は魔導を研究していた者しか知りません。空気中には魔素と呼ばれる物質があり、それが人間の体内に入り循環すると錬魔素に変化するのです。精霊はこの錬魔素が大好物で、提供を条件に力を貸し与えてくれるのですぞ」


 空気中にそんな物があるなんて聞いたことがありません。しかし考えてみると空気の成分は酸素と二酸化炭素くらいしか知りませんので、きっとあるのでしょう。


「精霊とは何なのでしょうか」

「儂らと違う次元を棲家としている生命体だと仮定されておりますが、実際にはよく解っておりません」

「そんな不確かな存在と取り引きができるなんて不思議ですね」

「呪文と呼ばれる取り引き方法を使えば精霊は力を貸してくれる、とそれだけしか解っておりませんが、それだけ解っていれば充分とも言えますからな」


 なぜ風が吹くのか、なぜ物は下に落ちるのかなんて漠然とは解っていても、あまり深く考えずに生活しています。それと同じなのでしょうね。


「因みに精霊と相性さえ良ければ誰でも魔法は使えるのですが、その中でも体内に錬魔素を多く貯めておける体質の者が大魔導師と呼ばれております。それだけ多くの取り引き、即ち魔法を行使できますからな」


 大は小を兼ねるということでしょうか。陸上競技でも大柄な他国の選手に対して我が国の選手は不利なことが多いと聞きます。しかしそれだからこそ創意工夫をして新たな技術を身につけ、他国を圧倒することもしばしば。魔導士さんの世界はそうではないのですね。


「その呪文は魔道士さん達が研究して編み出したのですか」

「多少の昇華はさせておりますが大凡は古代の文献に書かれていた物のコピーか、先祖代々受け継がれてきた一子相伝のどちらかですな」

「ではその文献を書いた人は、どうやって呪文を見つけたのかしら」

「何も知識のない状態で見つけることなど不可能。故に神からの啓示だと儂は思うております」


 神様が魔法を授けて下さったなんて本当に素敵な仮説ですね。でもあながちその仮説は間違っていないように思えます。だって私や翔くんを異世界に落とせるような方なら、何だってできるのでしょうから。


「さて、それでは魔法を使う前の基礎を教えましょうかの。まずは体内の錬魔素を体外に放出する技術ですが――」


 それから昼食をはさんで夕刻まで教わりましたが、錬魔素を放出することはできませんでした。


「錬魔素貯蓄量はかなりの物ですが、こればかりは練習あるのみですからな」


 励まそうとしたのか、それとも本当にそうなのかは分かりませんが、ゼペットさんがそう言うのなら帰ってからも練習してみましょう。いつか箒で空を飛んだりできるのかしら。


 帰り道、私は魔女になって空を飛ぶ光景を妄想していました。古ぼけた箒にまたがり上空からローマンの街を見渡します。体いっぱいに風を受けながら下を見ると子供たちが手を振ってくれていたので私も振り返します。箒の柄先に乗っている黒猫は微動だにせず私の操縦に身を預けて……。

 そうです、魔女といえば大鍋で怪しげな薬を作っている姿と、傍らに黒猫のいる姿が思い浮かびます。明日はお友達になってくれそうな黒猫を探してみようかしら。ふいに頭の片隅で回り始めた黒ネコのタンゴを反芻しながら宿までの道を歩き続けました。

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