幕間 俺が冒険者になった理由
老朽化した長屋を壊して新たに建て直す。この街に着いて二日目で、そんな仕事を見つけられたのは幸運以外の何物でもない。だって一歩間違えばスラムの住民になっていた可能性もあるからな。
若い頃(相田さんに言わせれば今も充分若いらしい)はグレていて、高校を中退してから何となく就職したのがゼネコン大手の建設会社――の下請けの下請け会社だった。就職と言っても賃金日雇いだからバイトだけど。俺と同じようなヤツラがいっぱいいて、喧嘩もしたけど最終的には仲間になった。仕事をしながらユンボの免許も取ったしガス溶接の資格も取った。資格は無いけど測量も出来るし玉掛けもできる。物を作るのは好きだったし気の合う仲間もいたからグングン仕事を覚えて行った。今となってはもうその技術も活かせないな……と思っていたので、その募集を教えてくれた宿屋の女将さんには感謝している。
教えられた大通り沿いの現場に行ってみると、素人くさい連中が何やら非効率な方法でチンタラ作業をしていた。俺は「この現場なら余裕だな」と思い、棟梁らしき人に働きたい旨を伝えたら、とにかく人が足りてなかったようで即日採用されたというわけだ。
その現場も今日で一ヶ月目。同じ人足仲間もできたし、この世界の建築方法も大体理解できた。要するに楽しく過ごせている。資金が溜まるまでの繋ぎとしては何の問題もないほどには。
「ショウはまだ宿屋に泊まってんのかよ」
昼休みに仲間の一人が喋りかけてきた。コイツは顔も雰囲気もモブなので俺の中でモブタロウと命名している現地人だ。名前は聞いたけど、ぶっちゃけ日本語っぽくなかったので忘れてしまった。そう言えば普通に日本語で会話できている不思議。そのへんを深く考えだしたらキリがないけどな。まあ異世界だしこんなモンだろ。
「他に寝起きできる場所もないしな」
「地方から出てきたってのに外のヤツラと違って金持ってるんだな」
壁の外側にあったスラムで生活しているヤツラは貧しい地方の村から仕事を探しにローマンへ流れてきた人達らしい。まあそれだから文無しで辿り着いたヤツも多く、宿屋にも泊まれないので街の外に掘っ立て小屋を作って住んでいるそうだ。街中で家を借りるにも大金が必要だし普通はそうなるわな。風呂にも入れず着の身着のままで身奇麗にもできないから、街中での仕事が見つからずスラムから抜け出せない負のスパイラル。どこの世界でもやっぱ金は大事なんだとヒシヒシ感じてしまう。
「当たり前だろ、俺にはパトロンがいるからな」
「本当かよ。どんな豚野郎なんだ」
「聞いて驚くな、可憐な少女だぜ(七十年前はな)」
「あーはいはい、そうしておいてやるよ」
相田さんがいてくれて本当に助かった、やっぱ年寄りは金持ってるぜ。俺一人ならスラム生活まっしぐらだった。それはそうと、あの人が座って目を閉じていると昇天したのかと思ってしまう。老人らしくプルプル震えていたら生きてる目印になるのに。そもそも老人は何故あんなに震えてるんだ? 震えてる生き物なんて他にはチワワと生まれたての子鹿くらいしか知らないぞ。生まれたてじゃないことは確かだから、チワワみたいに寒がりなのかもな。相田さんは震えてないけど老人だから、やっぱ寒さは苦手なんだと思う。帰りにハオリでも買って行ってやろう。
「おい見ろよ、あの馬車」
「すげー立派な馬車だな。アイドルでも乗ってるのか」
俺達の前を豪奢な馬車が通り過ぎる。
「お前たまに変なこと言うよな。ほらあの紋章、あれは領主様の紋章だ」
売れば高そうな白馬二頭立ての、黒光りする材質で造られた馬車。その側面には巨木をモチーフにした紋章が彫られている。そしてその上に据え付けられた窓の奥に見える少女。頭冠りをしていたので詳細には分からないが、それでもかなり綺麗な娘だというのは分かった。でもその眼差しはどこか寂しげで、何かを思いつめているように見える。目に見えない力で絡め取られたように、馬車が通り過ぎて小さくなった後も彼女のことが頭から離れなかった。
「どうしたんだショウ、ぼーっとして」
「いやほらあれだ、領主様と会う方法ってあるのかなと思ってさ」
「ふぅん、さっきの御令嬢に一目惚れでもしたのかよ」
「ち、違うし。断じてそんなのじゃない、純粋に綺麗だと思っただけだ」
「それを一目惚れって言うんだよ」
モブタロウのクセに論破するとか超絶ウザいな。世が世ならお前なんか、繰り返し同じ台詞しか言えない生き物なんだぞ。
「まあでも領主様に俺達みたいな輩が会うのは土台無理な話だ」
「やっぱそうだよな」
「ローマン迷宮の未踏破階層を制覇でもすれば別だろうけどな」
「なるほど、迷宮の制覇か」
そう言いながら見上げた先には、森の出口からでも確認できた縦にも横にもデカい塔があった。この街ができるきっかけとなり街の象徴でもあり、今も多くの冒険者が挑み続けているらしい古の迷宮が。
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