第17話 攻略者は公平に!



 サリフォン――


 天井から落ちてきた姿に、学校での記憶が甦ってくる。唇を強く噛んだが、脳裏には少し前の授業風景が鮮やかに浮かんだ。


「おい、リトム! いつまで不調の真似事をしているつもりだ!」


 俺は練習場で持っていた剣を弾き落とされて、地面に片手をついていた。そんな俺をサリフォンが冷淡に見下ろしてくる。秋のうす曇の空を背に、冷たく輝く白金の髪を見上げて、俺は瞳を歪めた。


 ――くそっ!


 なんで、剣を握る時間が長くなれば体が動かなくなるんだ?


 それなのに、サリフォンは悔しげな俺の様子を鼻で笑っている。


「ふん。いつまで無様に地面に手をついているつもりだ? 戦えないのなら、故郷に帰れ」


 サリフォンの嘲る声に、遠くで見ていた貴族のやつらが囃し立ててくる。


「そうだ、そうだ! おまえみたいな貧乏人が首席ということ自体が間違いだったんだ!」


「これで、やっと身の程をわきまえたか」


 囃し立てる奴らを一睨みで黙らせた。


「リトム」


 だが、まだ体が重くて立ち上がれない俺にきづいて、コーギーが駆け寄ってくる。


 入学したときからの親友だ。それがもう一人の親友のラハルトと一緒に駆け寄ると、蹲ったままの俺の顔を覗き込んできた。


「おい、リトム。お前どっか悪いんじゃないか?」


「そうだ。最近の不調は普通じゃない。私が医者を紹介するから、一度診てもらった方がいい」


「いや、そんなことは――」


 ――ない、はずだ。


 ただ、体が重くて動かなくなるだけで。


 けれど、ラハルトは亜麻色の髪の下から心配そうに俺を見つめている。


「大丈夫だ。必要なら手術でも人体実験レベルの薬でも投与して、治してもらうように頼んでおくから――」


「いや、やっぱりやめておく――」


 ――というか、お前、今さりげなく何を言っているんだ?


「何を強がっている。あんなに言われて悔しくない筈がないだろう」


「そうだ。お前の意地の悪さはわかっているが、自分の体に対してまで発揮すると、ただの変態だぞ?」


「だから、お前らは揃って俺をどう思っているんたよ!」


 だけど、つっこんだ時、ティーラー先生の呆れた声が響いた。


「ああーリトムはまた不調かー。困ったな、お前は白銀騎士団の来年の有力な推薦候補なんだが」


「白銀騎士団?」


 聞いたことがある。確か毎年、最終学年から推薦されるアストニア国の精鋭部隊ではなかっただろうか。


 けれど、ティーラー先生の言葉にぴくりとサリフォンの眉が動いた。


「今までの総合成績では、サリフォン・グリフィン・パブルックとリトム・ガゼット、お前達が筆頭だからな。なんとかそろそろ治してくれんか」


 ――そんなことを言われても、治し方がわからないから困っているんじゃないか!


 けれど、次の瞬間俺を見るサリフォンの瞳が冷たく変化した。


「ふん。そんな有様で僕と並ぶだと。無様だな、リトム」


「くっ!」


「病気ならさっさと故郷に帰れ。そして療養しろ。元々、町人のお前に、ここは不相応な場所だったんだ――」


 ――くそっ!


 なんで、町人生まれというだけでここまで言われなければならない。


 それなのに曇り空を背に立つサリフォンの瞳は、ひどく俺をさげずむように見下ろしている。


 ――そんなに町人が嫌いか!


 ぎゅっと剣を握り締めたが、今ならあの瞳の意味がわかる。


 ――奴隷を母に持つ生まれのくせに。


 冷たい眼差しの下、きっと鼻で笑いながら、俺をそう見ていたのだろう。 



 そのサリフォンが、今ここにいる。俺は、突然暗い天井の穴から落ちてきた白い金髪の持ち主を身動きもできずに見つめていた。


 サリフォンは、おつきの男に支えられながら泉から這い上がると、ごほごほと咳き込んでいる。一緒に落ちてきた側仕えの男の方が早くに体を立て直して、背中をさすってやっているようだ。


「大丈夫ですか? サリフォン様」


「だ、大丈夫だ……ちょっと、驚いただけだ……」


 心配する男へ咳の合間に答えている。けれど、目の前の姿を見つめて、俺は手を強く握りしめた。


 ――まさか、もう来るなんて!


 迷宮までの道のりの分、竜の翼でだいぶ時間を稼いだつもりだったのに。まさか薬を手に入れる前に追いつかれるとは。


 俺は焦る気持ちを抑えて、剣を確かに身につけているか、腰にある柄に触って確かめた。


 けれど、やっと咳の止まったサリフォンが顔を上げて叫ぶ。


「なんだ! この迷宮は!?」


 だがまだ少し喉をおさえている。しかし、どうにも我慢ができなかったのだろう。サリフォンは水のしたたる白い金髪をかきあげると、きっと俺の方を睨みつけてくる。


 いや、睨むべきは俺じゃなくて、この迷宮を造った主だろう?


「最初の天井の矢以外、碌に罠らしい罠もなかったぞ! 通路の扉は開きっぱなしだわ、敵は出てこないわ、やっとゴーレムに出会えたと思ったら、そいつは半身しか動かせないわ! 五つ星なんて言っておいて名前倒れもいいところだ!」


「おい」


 聞いた言葉に思わず俺の瞼が下がった。そのまま横を見つめると、さっとマームが目をそらしている。


「顔をそらすな。おい、攻略者への罠は平等にしろ」


「仕方ないでしょ!? 誰かさんたちが毎度壊しまくってくれるから、修理が追いつかないのよ!」


「それについては同情するし、竜にいくら手伝わせてもかまわん! しかし、そんなに簡単に攻略されて五つ星迷宮の誇りはどうした!?」


「あんたに言われたくないわよ! だいたいあんた達のせいで、今までどれだけの攻略者に薬を持って行かれたと思っているの!? 私は慈善事業でこの迷宮をやっているわけじゃないのよ! 攻略者をいたぶるという趣味でやっているのに、あんたらのせいで私の方が大損だわ!」


 その本音は炸裂させていいのか!?


 しかし、まさかの趣味! もっと読書や歌とか平和的なものにしてくれたら、人類にとってもありがたいのに。いや、間違いなく拷問崇拝賛美歌だろうけれど。


 けれど、マームはああもうと美しい額に手を当てた。そして、心底頭が痛そうに目を閉じている。


 けれど、すぐにふわりと緑の髪を光らせて、先ほどまでの威圧的な空気を纏う。


「仕方ないわね。じゃあ、どちらかに薬の挑戦権を上げるわ。ただし、それぞれどういう理由で欲しいのか、それによって決めるわよ?」


緑の瞳のあまりの雰囲気の変わりように、俺が頭を切り替えるよりも早く、サリフォンが空中に浮かんでいるマームの冷酷な笑みに口を開いた。 


「僕は剣術学校の上級剣士の称号を手に入れるために来た!」


 そして立ち上がると、大声で叫ぶ。


「そして、そこにいる卑しい生まれの男を倒すためだ!」


 おい。ここではっきりと俺を指さすか。


 それなのに、聞いた瞬間に、マームはにっこりと嬉しそうに笑ったのだ。


「はい、合格。決定!」


 なんでこんな時だけ、女神みたいに慈愛に満ちた笑みなんだよ!?


「ちょっと待て! まだ俺は何も言っていないぞ!?」


「なんで私があんたにあげなきゃいけないのよ。むしろ今までの破壊分を弁償して欲しいぐらいだわ」


 さてはこいつ、最初から俺には渡したくなかったんだな!?


「さっきしもべと戦って勝てば渡すと選ばせたばかりだろうが!? なんで舌の根も乾かないうちに自分の言葉を忘れているんだよ!」


「そうだよ、健忘症!」


 おい、竜。お前後ろからなに突然喧嘩を売っているんだ。


「誰が健忘症よ!?」


「健忘症でないなら呆け老人だね! いくら自分の本性が老婆で朝ごはんを食べたかも思いだせないからって、それをこんな姑息な手段で誤魔化そうとは! とうとう認知症の自覚が出てきたのかな?」


「誰が認知症!? 忘れているわけがないでしょう!?」


「ふうーん。じゃあ、しもべと戦って勝てたら、兄さんが回復薬をもらえるんだね?」


 おい、こいつ。実は結構確信犯なんじゃないか。


 ふふんと笑う竜の言葉に、マームの眉が悔しそうにきりきりと上がっていくが、むしろ殺意が増していっているような気がする。


 おい、竜。お前、やっぱり俺に命の危険を味合わせたいだけじゃないよな?


「わかったわ」


 けれど、マームの赤い唇が動くと、にっと大きく釣りあがった。


 同時に、凄まじい殺意が空中の体から押し寄せてくる。


「じゃあ、お前と、そこの新しく来た人間。回復薬を持つ私のしもべと戦い、手に入れた方に渡すことにするわ!」


 それなら文句はないでしょうと、マームの緑の髪がふわりと浮かんだ。


 伸ばされた右手の先の暗闇から、青白い肌の人影があらわれてくる。まるで、蛇のような目だ。酷薄な瞳はじっと俺達を見つめている。


 こいつがマームの言うしのべなのだろう。身につけている服は戦闘用だが、肌に密着した薄いものだ。ただその両手に金色と銀色の玉がついた大きな腕輪をつけているが。


「見た通り、回復の効果を持つ玉はどれかよ? 果たしてこの私のしもべと戦って本物を手に入れられるかしら?」


 言われた言葉に、俺は咄嗟に横にいるサリフォンを見つめた。


「ふん。俺が下賎な生まれになど負けるか!」


 相変わらず腹がたつ。しかもそれだけではなく、俺を緑の瞳で睨みつけてきた。


「いいな! 僕が勝ったら、お前は学校を出て行け! そうでなかったら、お前の母親を必ず牢屋送りにしてやるからな!」


 言われた言葉に、俺は剣の柄を握った。


「わかった。だが、俺が勝ったら、誰にも話すな! もし、口外すれば、たとえ俺がお前の命を奪うことになっても許さん!」


 ――そうだ。最悪、ここでこいつを殺すことになっても、母のことを話されるのだけは阻止しなければ。


「ふん。絶不調のお前が僕の命を? やれるもんならやってみろ」


 負けられない。絶対に――


 嘲うように見つめてくるサリフォンの瞳を、俺は正面から睨み返した。




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