本編⑧ ミサキ襲来

 ブロォン、ブロォン、ブロォォォン、ブロッ。

 みんなが食堂で話をしていると、外でバイクの停まる音がした。

 すると、なぜかヤマダは慌てて立ち上がり、あたりで何かを探し始めた。

 バンッ、

「ヤマダー、いるかーっ。」

 ギンヤ達、二〇八研究室のメンバーが話をしている食堂の扉が、突然大きな音を立てて開くとともに、怒気をはらんだ大声が聞こえた。同じく食堂で談話をしていたほかの研究室のメンバーも、みんな驚き、視線が入り口に集まる。

 入り口にいたのは、見るからに豪快な人物だった。

 真っ黒なサングラスに迷彩模様のキャップ、まだ肌寒いこの季節に、トップスは迷彩柄のタンクトップに、ぴたっとした感じのカーキ色のチノパンという姿だ。ズボンの後ろには拳銃でも刺さっているのだろうか。どこか旧米軍の軍服を思い起こさせる。

 右手で肩にかけていた白衣は、なんとも更に男前度を上げていたのだが、なんといっても、そのタンクトップに収まりきっていない、バストの存在感がすさまじかった。その場にいた十三人の新人たちたち、男女区別なく顔を赤くし、目のやり場に困っている。

 いや、一人だけ、カズヤは充血しそうなほど、目を見開いて釘付けになっていた。

(カズヤ、俺は恥ずかしいぞ、友として・・・。)とギンヤは思った。

 その女性はサングラスをとると、室内をきょろきょろとみまわし、カーテンの裏に隠れようとしているヤマダを見つけた。女性は、ズカズカという音が聞こえてきそうな雰囲気でこちらに向かってくると、持っていた白衣を捨て、右手で顔を背けているヤマダの頭を鷲掴みにし、強引に自分の方を向けさせる。

 グギギギギッ、そんな音が聞こえてき気がする。振り向いたヤマダの顔はすっかり青ざめており、目にはうっすら涙が浮かんでいた。

「や、やあ、ミサキ。こんなとこで会うなんて、ぐ、偶然やんなぁ、、、」

 震えた声でヤマダが言うと、ミサキと呼ばれた女性は、左手の指で、皺のよった自分の眉間を、強く抑えて言った。

「おまえ、今日あった共同研究の発表の事、覚えてたよなぁぁ。」

 ミサキは、何かを生み出すのではないかという程、ドスの聞いた声でヤマダに言った。

「あぁ、あれなぁ、あれ、今日やったっけなぁぁ。」

 ヤマダはそういいながら目を背けようとしたが、頭を上から抑えられているせいで、頭は全く動かせなかった。目だけそらしてミサトの視線から逃れようとしたため、顔の下半分だけがそっぽを向いたような顔になってしまった。

 ミサトは、眉間を抑えていた手を離すと、今度はヤマダの顎をもって、顔を正面に向かせると、再び奈落から聞こえてきそうな声で言った。

「おまえ、わざと来なかったな。」

 鼻が付くほど近くで凄まれ、ヤマダは逃げられないことを悟り、あきらめて言う。

「わりぃ、なんかメンドかってん。」

 ヤマダがテヘっとしながらベロをペロっと出そうとした瞬間。

 ドスッ。

 鈍い音が室内に響き渡る。

 ヤマダの頭を持っていたはずの、ミサキの右手が拳に変わり、ヤマダのミゾオチにめり込んでいた。

 少し時間が止まる。

 ミサキが拳を引き抜く。

 ドサッ。

 ヤマダはカハッと血を吐くと、うなりながら、地球の持つ万有引力に引かれ、そのまま地面に崩れ落ちた。

 ミサキは拳をわなわなと振るわせて立ち尽くす。

 震えが肩に、そして足に伝播した次の瞬間、ミサキがガタっと膝を落とす。

 少し沈黙。

 周りは反応できない。

 ヤマダは血を吐き、倒れたままだ。

 少し沈黙。

「わぁぁぁぁぁん、、、あぁぁぁ、、、」

 突然、ミサキは両目を抑えて泣き出した。

 しかも先程の魔界から響いてきたのかと思える声とは打って変わり、女の子らしい可愛らしい声で泣き出したのだった。

 周りの新人たちはあまりにもの状況に、反応できずにいた。すると、トヨシマが何事も無かったかのようにミサキによっていき、肩に手を置いて話しかけた。

「落ち着きましたか、ミサキ先輩。」 

「あぁぁぁドヨビィー、ぎょうのはっびょうがいぃやまぢゃんいっじょにやってくれるっていっだもぉぉ、あぁぁぁぎょうじゅだじにずごいいっばいぃやみいわれだょぉ、、、」

 先ほどまでの男前なミサキはどこへいったのか。まるで小学生の女の子のように、ひきつけを起こし、泣きながら言う。いや、小学生にしては、あらゆるものが大きすぎるのだが、、トヨシマは背中を優し気にさする。

「すいませんでした。うちのヤマダが。

 今度からは僕がしっかり言っておきますから。」

 トヨシマがそういうと、倒れているヤマダは、衝撃を受けたお腹を掴み、口からは血を流しながら言った。

「つ、つぎはかならず、、、いっしょに、い、いくから、、、す、すまんかっ、、、、た、、、」

 そう言うと、ヤマダは全ての力を使い果たしたのか、息を引き取った。

 ・・・いや、気絶し動かなくなった。

 血だと思われたものは、さっき飲んでたトマトジュースだった。

 ミサキは、トヨシマとヤマダの話を聞くと、ポケットからハンカチを取り出し、涙をふき、ついでに鼻をかんだ。そしてハンカチを丸めてゴミ箱に投げると、すっと立ち上がった。

「次はないぞぉ、ヤマダァー。

 クソ教授どもの嫌味なんて二度とごめんだからなぁ。

 トヨシマァー、明日の昼二時だ。よく言っとけよぉ。」

「はい、わかりました。行かせます。」

 再び男前な声でミサキが言うと、トヨシマは終始優しい笑顔で返事をした。

 ミサキは一度うなづくと、帽子とサングラスと白衣を持って、さっそうと食堂を後にした。

 ブロロロォン、ブロォン、ブロォン、

 外でバイクの唸る音がすると、その唸り声はすぐに遠くへ消えていった。

 しばらく沈黙が続いたものの、その場にいたヤマダ以外の先輩たちは、倒れた椅子や机やこぼれた飲み物を片付け、新しくお茶を入れてくれた。ちなみにヤマダは、トヨシマが部屋の隅まで移動させ、そのまま転がしておいた。

「な、なんだったんですか。」

 新人の中でいち早く正気を取り戻したセイジュウロウが、トヨシマに質問をした。

「あぁ、よくあることだから、あまり気にしなくていいよ。」

 あっけらかんと、トヨシマは笑顔で言った。

「さっきの女性はどなたですか。」

「あぁ、ミサキ先輩のこと?

 あの人は、ミサキ・コバヤカワさん。ヤマダさんと同じで来年から修士にいく人だよ。

 あと、第一九七研究室で学生室長やってて、わがゲーム研の会長さ。」

 トヨシマは、ギンヤの質問に答えると、一口お茶を飲み、今回のいきさつを続けてくれた。

「さっきミサキ先輩が言って話だと、今日、ヤマダさんと、教授会への共同研究の発表会があったみたい。それをヤマダさんがすっぽかしたんだとさ。

 まぁ、鉄拳制裁は自業自得といったところかなぁ。」

 トヨシマは笑いながらすごいことを言った。

「きょ、教授会のすっぽかしって、いいんですかぁ?」

 心配そうにミナが尋ねると、トヨシマはやはりあっけらかんと答えた。

「うん、良くないよ。

 まぁ、ただいつものことだから、慣れちゃったかな。

 今日はコダマ学長、国立大論文発表会でいないから、ヤマダさん余計に行きたくなかったんだろうねぇ。

『あんな俗物の阿呆ぅどもと話したかて、時間の無駄や。』

 とかいつも言ってるからねぇ。」

 楽しそうに話すトヨシマを見て、第二〇九研究室の新人たちの不安は、益々膨れ上がっていったのだった。

 ギンヤ達は、部屋の隅でうずくまっているヤマダを見つめ、自分たちの研究室が『電波研』と呼ばれている意味を、改めて理解したのであった。

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