024:『憑代』

 「やっぱりな。そんな事だろうと思っていたよ」


 急にやってきた九十九(つくも)はそう言った。

 

 「どういう事なんだよ?! 己己己己は何処に行ってしまったっていうんだ」


 「何処に行ったか、それは知らないねぇ。黒峰よぉ、お前は私が何でも知っていると思っているのか」


 「何でもは知らないにしても、己己己己の事を俺よりは知っているだろう」


 「いや、何も知らない。私は何も知らないという事を知っている。それだけだ」


 九十九は階段を上がり終えた所で仁王立ちしながらそう言うと、吽形(うんぎょう)の様に固く口を結んだ。

 九十九の回りくどい話しを理解するまでの間、俺は阿形(あぎょう)の如く口を開け、その場に突っ立てしまっていた。これこそ仁王立ち、阿吽(あうん)の二王立ちである。

 阿吽の呼吸という言葉があるが、俺達二人は阿吽の様に仁王立ちをしていたわけではあるのだが、決して阿吽のように息がピッタリと合っているわけではなかった。むしろ、全くといって言っていいほど意思疎通ができていなかったからこその結果だった。


 少しの沈黙の後、九十九が固く結んでいた口を解き、こう言った。


 「黒峰よぉ、己己己己を見つけたいか?」


 地を這う様な、耳に住み着く様な、例のそんな声だった。


 「そりゃあ、見つけたい。まだ何もお礼をしていないからな。己己己己の頼みごともまだ何も手伝えていないし」


 「己己己己はまだ死んではいない。」


 「もしかして己己己己は...」


 「そうだ。己己己己は怠った。神としての行為をしなかった。奴の事だから、出来なかったのではなく、やらなかった。おそらくは、そんなところなのだろうな」


 いつの間にか、美月、景、妹達は九十九から逃げる様に、俺の後ろに移動していた。

 俺は四人に説明した。九十九について、忘れてしまっている己己己己について。

 己己己己について四人は、初めこそ理解していなかったが、話しを聞き終わる頃には、俺の真剣な説明のお陰あってなのか、信じてくれた様であった。


 俺による説明会が終わると同時に、九十九は俺に対して質問を投げかけてきた。


 「もう一度訊く。己己己己を見つけたいか? お前にその覚悟はあるのか?」


 見つけるのに何の覚悟が必要だというのか。

 何かにつけて引っかかる様な事を言う男だ。


 「覚悟とは何の覚悟だよ。見つけたい気持ちはある」


 「それなら良い」


 そう言うと九十九は、境内の己己己己が使っていた布団の横に静かに横たわる剣に指を指し言った。


 「それが今の己己己己だ」


 「はぁ?」


 思わずそんな事を言ってしまった。

 まるで、生意気な子供の様に。喧嘩でも売ってる不良の様に。

 別に、九十九に反抗心があったわけではないのだが、突拍子もない様な九十九の言葉に俺は不意を食ってしまい、頭で考える暇もなく、反射の如く、とっさにそんな言葉を発してしまった。


 「信じなくても構わない。黒峰、いくらお前が信じなかろうが真実は真実。どうしたってそれが真実なんだからどうしようもない」


 「いやぁ、別に信じないわけではないのだが、急な事だったから驚いただけだ」


 信じないわけではないとは言ったものの、この剣が己己己己だというのは些(いささ)かばかり信じがたい。

 この剣は、消える前から己己己己が所有していた十束剣(とかのつるぎ)であって、己己己己がこの剣になったというのならば、本来の十束剣は何処にいったっていうんだ。


 「元の剣は何処にも消えてなどいない」


 いや、確かに俺は、元の剣の在処(ありか)を疑問視する様な事を考えていたのだが、熟考(じゅくこう)してはいたのだが、まだ何も言ってはいない。口に出してはいない。、九十九は俺のそんな、言葉にすらしていない疑問に対して言葉で答えたのだ。

 九十九、こいつは己己己己とどことなく似ている風に思えた。こいつら二人にはきっと、俺なんかの幼稚な考えなど俺が言葉にするまでもなく、言葉というのは手には取れないが、手に取る様に分かってしまうのだろう。


 「じゃあ、この剣に己己己己が入ったとでも言うのかよ」


 「入ったと言うよりも、元々その剣は己己己己だ」


 「いまいち理解出来ないのだが」


 「その剣は元から己己己己の一部、言わば神としての心臓の様なものだ」


 「心臓?」


 「あぁ、心臓。 神がこの世に存在する為には憑代(よりしろ)が必要だ。それが己己己己の場合はその剣だった。憑代であって神の心臓」


 九十九はさっきから微動だにしていない。マントの様な上着に隠れてよくは確認できないが、おそらくは両手をスーツの様なズボンのポケットにしまっている様に窺(うかが)える。


 「体は消えてしまったが心臓がある。だからまだ望みはある。そんなところか」


 「あぁ、概ねあっている」


 「じゃあ、己己己己の場合は、具体的には何をすればいいんだ?」


 「鬼退治」


 「鬼退治?」


 「鬼とは言っても角の生えた鬼とは違う。鬼とは本来、異形(いぎょう)の者の事。己己己己は神としては須佐之男。須佐之男(すさのお)の退治した鬼の事くらい、黒峰、お前でも知っているだろう」


 日本神話で言うところの須佐之男が退治した鬼。対峙して退治した鬼。

 それは八岐大蛇(やまたのおろち)。蛇であり邪。邪という鬼。

 さっき九十九が言っていた覚悟とはそういう事だったのか。己己己己の強さがどれほどのものかは分からないが、おそらくは俺よりも遥かに強いであろう己己己己でも敵わなかった八岐大蛇と対峙する事の危険についての覚悟の事を言っていたのであろう。


 「八岐大蛇...」


 「あぁ、その通りだ」


 俺なんかでは八岐大蛇には勝てないかもしれない。殺られるかもしれない。死ぬかもしれない。

 でも俺の頭の中には選択肢など存在せず、戦う以外の考えなど浮かんでこなかった。

 八岐大蛇が太陽を操っているとして、八岐大蛇、そいつはおそらくこの物語の最後の敵。ラスボスなのだろう。

 それまで己己己己を待たせてしまうのは申し訳ないが、もう少し待っていてくれ。


 「九十九。俺、やるよ。八岐大蛇と戦う。対峙して退治する」


 「そうか。黒峰、お前はお人好しだな。いや、この場合はお神好しになるのか」


 お神好しはよく分からないが、お人好しというのならばそうなのかもしれない。俺は人が好きだ。

 色々な奴と接してきて俺は変わってきた。

 今までの俺では感じなかったであろう感情。人とはいいものだと思うようになった。

 俺の場合、接してきたのは人ではなく神なのだが、この場合、他人という意味での人である。

 お人好し、文字通り俺は人を好きになったのだ。助け、助けられる。この大切さに気づいたのだ。


 「何とでも言え。俺はやる。己己己己は変な奴だけど、見た目は変態なアニメ好きなおっさんだけども、俺には大切な仲間だ。一人でも欠けたらダメなんだ。皆で笑いたい。それだけだ」


 「己己己己、あいつも好かれたもんだなぁ」


 九十九は何かを思い浮かべる様な顔をしながらそういった。


 「時に九十九? あんたは己己己己とどういう関係なんだよ?」


 「何でもない。ただの古い知り合いだ」


 そう言うと、九十九は急にこちらに向かって歩き出し、己己己己の憑代であり心臓であるところの十束剣をキレの良い太刀筋で振り回し、こう言った。


 「黒峰、お前の物語の終焉はどんななんだろうな」


 「どういう事だ?」


 「ハッピーエンドになるのか、バッドエンドになるのか。果たしてお前が、最後まで生きているのだろうか」


 「それは分からない。でも、俺の行為によって起きた終焉、それが俺の物語の終わりならば、俺には文句は言えない。俺が願う事はただ一つ。敵味方関係なく最後に皆で笑いたい。それだけだよ」


 「敵も笑わせたいとは、黒峰、お前は本当に面白い奴だ」


 「面白いのはお前の髪型だろうが」


 再度登場した九十九の髪型について、今まで触れてこなかったが、なぜなのかは分からないが、またもや俺には表現出来ないのだが、登場二度目の九十九の髪型は初登場の時の九十九の髪型とは異なっていた。

 初登場からそれほど時間が経っていないにも関わらず、髪型が変更されている。これは、初期設定ミスだったのか、髪型を変える日にたまたま俺達が出会ったのか、あるいはただの変態なのか。

 もしもその髪型に名前を付けろと言われたならば、俺は『変態』と付けるだろう。

 本当にその髪型は変態なのだ。変態で大変な髪型なのだ。


 「私はとらわれたくないんだよ」


 「どういう事だ?」


 「水の様に在りたい。水の様に形は無く、だが存在する。どんな形にでもなれる。そんな水の様な存在で在りたい」


 その考えは悪くないと思う。悪くないとは思うのだが、それを髪型で表現するとは、やっぱり変態だ。良い意味での変態だ。

 ピカソの絵だって俺から言わせればただの変態だ。

 でも、九十九の髪型もピカソの絵の様に、分かる奴には分かる芸術の様なものなのだろう。

 九十九は、『これは』と話しだした。


 「これは__挑戦でもある。文章ならば、表現できないという逃げ道があるが、映像ならば逃げられない。私をどう表現するのか、絵師やアニメーターへの挑戦の意味も込めている」


 「そんな挑戦するな!! 己己己己といい九十九といい、あんたらは本当に表現が難しい奴らだよ。あんたらを映像化する事は絶対に出来ない。残念ながら諦めるんだ」

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