003:『黒』


 言うまでもないが俺達は、これから様々な敵と対峙していく事となる。

 敵と言うと語弊(ごへい)を招くかもしれないが。

 たまたま今回の物語は、俺が主人公だったというだけで、俺が呼んでいる『敵』というのが主人公だった場合『敵』というのは、つまり『俺達』と言う事になるわけだ。

 しかし、今回は俺の物語なわけなので、敵というのは俺の視点で言って奴らの事である。

 よって今回の物語では俺が正義と言う事になるのだ。

 敵や悪というものは正義の数だけ存在する。

 簡単に言うと、人の数だけ正義は有るわけで、自己の正義に反する者はその人物にとっての『敵』、つまり悪と言う事になる。

 一見、悪役の様に見える者も、その人物にとっては『正義』となる。

 

 争いの理由と言うのは至りて簡単だ。己の正義に反する者が許せないという思いから生まれる。

 自分の中の平和、自分の中の幸せ、それを乱す者が現れたのなら、排除したいと思う事は普通の感情だ。

 そんな事は無い、と思った人に一つ例を挙げよう。

 

 例えば、気持ち良く寝ている自分の平和で幸せな空間に突如現れた一匹の蚊や蝿。

 これを五月蝿(うるさ)いと思はない人が果たしているだろうか?

 体にまとわりつく苛立ち。

 耳元で聞こえる不快な音。

 何よりも、自分の平和で幸せな時間を邪魔する者への怒り。

 誰しも、その者を排除したいと思うだろう。これが争いの始まり。

 他にも色々な要因は有るだろうが、争いというものはいつもそこに有るという事を伝えたかった。ただそれだけでこれほど時間を使ってしまった。


 では、今回の物語を始めよう。



 この可愛らしい小動物の様な少女があの男の娘なのか? 

 と、前回はこんな感じだったよな? (うんうん)


 「灯夜? 何さっきからブツブツ言ってんの?」


 「いっ! いやぁ なんでもないなんでもない!!」


 俺の心の声が気付かぬうちに口に出ていたのか。それともこの娘(こ)は人の考えを読み取る事が出来るというのかっ?! 

 おそらくは、いや、絶対に前者なのだろうが。

 

 「お前、もしかしてあの男の娘なのか?」


 「あの男って誰の事?」


 それもそうか。いきなりあの男の娘なのかなんて言われても分かる筈がないよな。

 もしかしたら、この娘は人の気持ちを読み取る超能力者なのではないかと密かに期待していたのだが、そんな筈もなく、さっきの二択はやはり前者で正解だったようだ。


 「悪いな。何でもないよ。忘れてくれ」 


 そんな風に、俺は自分の発言の撤回作業に取り掛かった時、その後少女から言われた一言に俺は、『この娘はやっぱり超能力者なのでは?』と思わされてしまった。

 俺のベッドに腰を掛け、まるで付き合いたての恋人同士の様に、遠からず近からずの距離を保ちながら俺の隣に座る小さな女の子は、床に着かない足を前後にプラプラとさせ、自分のその足先を見つめながら、地に足が着いていないにも関わらず、【地に足が着く】といった様な落ち着いた面持で言った。


 「血だらけの男」


 正直怖かった。

 超能力者じゃないかとか勝手に期待しておいて、いざ直面すると今度は怖がって、本当に人間とは勝手な生き物だ。

 この場合は俺の事なのだが。


 「なっ・・・何で分かったんだ?」


 「私は灯夜の事なら何でも知ってるよ」


 少女は淑(しと)やかな笑顔でそういった。


 「どういう事なんだよ? 俺はお前の事なんて全く知らないぞ!!」


 「それもそうだよ。灯夜は夜を知らないから」


 夜を知らない。何の事なんだ。この娘を知らないのと夜を知らないのとはどんな関係があるっていうんだよ。

 少女は続ける。


 「灯夜? 月って知ってる?」


 「馬鹿にするなよ。月ってあれだろう? 地球の衛星の」


 「そうそう、その月。簡単に言うと、私は月なのさ」


 「全く分からない。脳が焼き切れそうだ」


 「ごめんごめん。えっと・・・月は夜にしか確認出来ないでしょ? 昼間だと薄くてよく見えないということ」


 「もっと訳が分からなくなった。そもそも、俺には夜の記憶は無いんだ!! 月なんて地球の衛生だって事位しか知らないんだよ!!」


 「ごめん、そうだったね!! ちゃんと説明するね」


 自称『月』だと言う小動物こと水瀬美月はこう言う。


 今のこの世界は【色】と【夜】が失われた世界。

 今の人間はそれが普通で、それが普段で、それが日常。

 もともとの夜の時間にも、今はギラギラと太陽が輝いていると。

 俺にはその夜と呼ばれる時間の記憶が存在しない。

 色も夜も無い世界で人間は、元居た色と夜が存在する世界の事は覚えておらず、ずっと此処に居たと思い込んでいるという。

 その原因というのが、突如現れたもう一つの太陽。

 その太陽は神として突然現れたと言う。

 

 この世には沢山の神と呼ばれる者が存在する。

 どの神が本当の神なのかと人々は争った。神々もまた然り。

 どの神が正しいなんて事は無く、信仰する人々、祀られる場所が違えば神もその数だけ存在する。

 じゃあ、その神々を作ったのは誰なのか、という事だ。

 神々が生まれ、人が産まれた。だが、神々を創り賜(たも)うた親なる神自身にはそんな自覚は無く、ただそこに在るだけ。

 だが、そんな事を忘れ争い合っている神々や人々。

 そして、世界から色と夜が失われた。

 もう一つの太陽――それは、子を叱る親の『思い』と言った所なのだろうか。


 太陽から生まれたのが『光』、つまりは『色』。

 

 美月の説明はこんな所だ。俺の勝手な解釈も含まれてはいるが。

 

 美月は『黄』の化身 属性は『月』。

 そして、俺は光を唯一必要としない色、『黒』の化身 属性は『夜』。

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