春とうららと桜色の夢

CHEEBOW

第1話

 ──また、あいつだ。

 いつもの視線を感じた。振り向かなくっても分かってる。

 思い当たる人間は、一人しかいない。

 この学園きっての変わり者──桃園ももぞのうらら。

「みーどーりこっ」

 弾んだ声で、足取りも軽く回り込み、私の顔を覗き込む。

 思わず、目が合ってしまいあわてて目をそらす。

 聞こえない振り、聞こえない振り。

 足を早める私に追いつこうとして、うららも速度を上げる。

「ねーねー、緑子ってば。緑子ー。ねーってば。つれないなぁ、もう」

 さらに、足を早める私。

 だけど、うららは執拗について来る。

 おい。ここのところ、しつこさがパワーアップしてないか?

「緑子。緑子ー」

 えーい、しつこい!

 耐え切れずに、私は振り返ってしまった。

「あのねー。人の名前を気安く呼び捨てにしないでくんない?」

「緑子」

「だからぁ」

「緑子って……」

 そこで、いったん言葉を切り、にこりと笑う。ふわふわの髪が揺れる。

 悔しいけど、それだけ見ていると天使のようだ。

「なによ?」

「緑子って──」

「……」

「緑子って、いい名前だよね」

 思わずこけてしまう。

 なんなのだ? なんなのだいったい?

「あたしも、緑子って言う名前が良かったなー」

 そして、うららは、もう一度極上の笑みを浮かべると、『じゃねっ』と言って去っていった。

 な、なんなんだ……。

 いつものことながら、訳が分からない。

 遠ざかる、うららの後ろ姿を見つめながら、私は思いっきり脱力した。

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