第10話 大人の悪さ。


「……むぅ、何だか眠れないな」


布団に入ってまだそんなに時間は経ってはいないが、妙に目が冴える。今日は珍しくお店にそこそこお客さんが来たからかね。……とはいっても、本当に多少だけど。


少しお腹もすいているし……。


「たまには、どこか飲みにでも行こうかな」


思い立ったが吉日、早速アパートから出ていくらか歩き、まだにぎわいを見せる通りまで向かう。


夜道っていくつになっても怖かったり、わくわくするような気持ちになれるよな。


「さて、適当にぶらつくか」


しばらく歩いて通りに着くと、飲みに良さげなお店を探す。


お気に入りの店で飲むのもいいけど、初めて行く店もワクワクするもんだ。


「うん、ここでいっか」


少し懐かしさを感じる趣の店に入る。中に入ると結構人がいたが、なんとかカウンターに座れた。


「すみません、適当につまみと生ひとつお願いします」


「あいよっ!」


とりあえず注文をしてしばらく待っていると、隣の席に男性が座った。


えらく疲れた顔をしてるな。子供がこんな大人になりたくないっ、と言って表題にされそうな面持ちだ。


「親父さん、いつものお願いします」


「あいよー、少々お待ちを」


この男性はどうやら常連のようだ。


何だか他人事とは思えないな。俺もいつかこんな疲れきって飲みにくることがあるのだろうか。


……いや、きっとないな。言ってて悲しくなる。


「つまみと生いっちょ、お待ち!」


「おっと、どうも」


頼んでいたものが来たので、早速一浴び。


あー、うまい。いつも来るわけにはいかないけど、偶にはいいだろう。


「はぁーーー」


だが、隣では疲れた男性がため息を吐いている。


こっちまで気が滅入りそうだ。これは、話を聞いてあげたほうがいいのかな。


いや、でもなー。


「へい、お待ち!」


「はい、ありがとうございます」


隣の男性にも品が届き、早速一飲みしている。


ここで会ったのも何かの縁だし、将来の手本として話を聞こうか。


「あのー、何かあったんですか?ため息がとまらないみたいですけど」


「……えっ、あぁすみません。気がつかなくて、申し訳ない」


「いえ、別に気にはしてないんですけど。何かあったのかと気になってしまって。

野次馬じみててすみません」


「そんなことはありません。……そうですね、実は悩みというかなんというか、困っていることがあって、聞いてもらえますか」


「はい、俺なんかでよければ聞かせてください」


男性はグッと一杯あおり、俺に話してくれた。


どうもこの人は学校の先生をやっているみたいだ。もうかれこれ十年ほど勤めているらしい。いくつものクラスを担任してきたらしいけど、いま担任しているクラスがどうやら悩みの種らしい。





~~~~~~~~~~~~~





「……あと、授業中に騒ぎ出し、やることなすこと私の言ううことも聞いてくれません!!しかし、なぜか皆勉強はできるようで、提出物もしっかり出すし、遅刻なんてもってのほか、いじめや誰かに迷惑をかけることも全くせず本当にいい子たちなのですっ!!休憩時間も高等生なのに先生、先生と、私を慕ってくれて、もうどうしたらいいのか。あげくに恋愛相談まで持ちかけられる始末、私は先生としてしっかり出来ているのかとっ!!」


「………………なるほど」


もうすでに出来上がってしまっている。


ただ、聞かせられている内容は悩みというか惚気だろ、これ。最高の先生と生徒をやっているじゃないか。誰もが羨むような先生を出来てるんじゃないか。


この先生、俺よりよっぽど充実してる生活を送っているぞ。


「その恋愛相談の一つで、私にも何と答えてあげたらいいか悩むものがありまして……。


その子の話では、同じアパートに住んでいる年上の方らしく、売れないお店で働いていて、その子も同じお店で働いているようで、お客さんも全然入ってこないから貯金もなくなったら、仕方が無いから将来私が養ってあげると言ってるんですよっ。

その方はなかなか変わり者の人らしく、異性にかまってもらえないダメ人間だから私が相手をしてあげないといけないともっ。


そんな甲斐性なしな人からは離れるべきだと、私は先生として言うべきだったんでしょうか」


「…………なるほど」


どこかで聞いたことがあるような話しだが、おそらく人違いだろう。どうやら自意識過剰がすぎるようだな。


俺も酔いが回ってきたんだな。


「…………ですが、その子が話している表情がとても輝いていて、そんなことを言う気になれなかったんです」


「……子供の恋愛なんかは、まだ相手のきれいな部分だけを見て恋をしている子が多いでしょう。その子がどのような気持ちを抱いているのかはわかりませんが、自然と目を覚ますのではないですか?」


「そうでしょうか? ……私にはとてもそう思えなかったのです。彼女の目はとても真っ直ぐでした。きっと自分に都合のいい部分だけを見ているわけではないのだと、私はそのとき思ってしまったのです」


「……だとしても、まだ学生なのでしょう?これからいくらでも出会いはあります。そんな甲斐性なしの男のことはそのうち忘れて、本当に好きな人を見つけますよ。まだ心緒も情緒も成長していく過程の年頃です」


「………………」


「……もし、それでも先生がその生徒さんのことを信じたいと言うなら、これから先生が導いてあげたらいいんじゃないですか?」


学校の先生と生徒の関係は、ただ勉学や道徳を教えるだけの枠に収まる必要も無いだろう。ちょっとぐらい生徒の悪さも笑って手伝ってあげるぐらいしてもいいさ。


俺にはよくわからんから、また適当なことを言っているけど。


「先生が導いてあげたら、そのうち勝手に生徒さんが答えを見つけているでしょう」


「……そうかもしれませんね」


先生がグイッと杯をあおったので、俺もついでにあおる。


それにしても、結構飲んでしまったな。まずい、アパートまでちゃんと帰れるかな。



「……よし、もっと飲みましょう!!私のおごりです!たくさん飲んでください!!

さっさっ、どうぞ、どうぞ!!」


「いや、先生?俺はもう明日にもつかえるのでそろそろお暇をしようかと……」


「私の相談に乗ってもらったのにこのまま帰してしまっては私は恩知らずになってしまいます。さっさっ、どうぞ、どうぞ!!」


「いや、本当構わないので、もう俺は……」


「どうか、遠慮なさらず!親父さん、酒を二つ追加で!!さっさっ、どうぞ、どうぞ!!」


「…………」


仕方ないか。えらく清清しい表情をされながら勧められているのに、断るのも悪い気がしてくる。


今日はとことん先生に付き合って飲みまくろう。おごりらしいし。


「……私にはもったいない生徒ばかりです。だから、彼等の悩みには精一杯どんなことでも応えてあげたいのです。私は彼らの先生ですから」


「とてもいい先生だと思いますよ。あなたのような先生のもとで学んでみたかったとも思います」


「……はっはっはっ、そう言っていただけるのは嬉しいですが、少々お恥ずかしいですね。

さっさっ、どうぞ、どうぞ!!」


勧められるがままに飲んでいく。


こんなに酒を飲むのはいつぶりだろうなぁ。何だかちょっと弱くなった気がする。



…………いい先生に教えてもらってるじゃないか、あの子は。





~~~~~~~~~~~~~~





「先輩、起きてください」


「んー、ふわぁあぁぁ…………あずさちゃん?」


「おはようございます、やっと起きましたか。大家さんに、朝ごはん出来ているから起こしてきな、って言われて起こしに来たんですよ」


「あー、そっか。ありがとうね」


「夜、どこかに出かけてたんですか?……まさかムフフなお店ですか?であれば、大家さんにそのとおりに伝えてきますが。先輩の朝ごはんは私のお腹に収まりますが。夜は不用意に出かけないように監視する必要性がでてきますね」


「ち、違うって、だから大家さんにそんなこと吹き込まないで!!

えーと、昨日は、……そう!ちょっと飲みに行っていただけだって!」


「本当ですか?怪しいですねー」


朝起きて早々に、浮気を、夜遊びを疑われる夫のような目にあっている。


あ、確か誰かと一緒に飲んで、最後に名刺をもらっていた気がする。


ポケットに入れっぱなしになってたはず………。


「ほら、この人だよ」


「……えっ、この人」


「ん、知ってる人?」


「この人、私の担任の先生ですよ」



「…………えっ」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


店主は飲みすぎると記憶が曖昧。



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