水原さんとの食事

 昼休憩を挟んだ後、俺は3時間くらいずっとパソコンとにらめっこしていた。

 仕事量的にはそんなに多くなかったはずなのだが、考え事などをしていて途中で手が止まっている事もちょくちょくあり、あまり進まなかった。


「珍しいな。秋本が考え事してるなんてさ」


 隣に座っている野田から失礼な言葉が飛んできたため、作業を中断する。

 野田の表情は笑ったりした顔ではなく、真顔で言ってくるため、余計に腹がたつ。

 俺だって考え事の一つや二つくらいあるわ。確かに仕事場でってのは珍しいかもしんないけどよ。


「ああ、ちょっとな。気になることがあってよ」

「へ〜。まさか女絡みとかか?」


 ニヤニヤしながら右手の小指を立ててくる。

 いや、まぁ確かに女絡みだが、お前のこと好きな女の事だよ! などと言えるわけがない。ましてや、悪口を言われた挙句、喧嘩してからまだ仲直りできてないときたもんだ。


「いや、女関係って言えばそうかもしれんが」

「ついに秋本にも春がきたってことかねぇ」


 何をどう勘違いしたのか分からないが、野田は微笑んで俺のことを見ている。


「俺に春がきてたら、こんなに悩まねーよ。むしろ俺にはあり得ないことだな」

「そうなのか?」

「ああ」


 実際に直接ではないが言われたからな。などとは言えなかった。

 あの会話を聞くに、ここで働いている女性は大半が俺のこと気持ち悪いと思っていると認識しても良さそうだしな。

 だって告白しただけで笑いもんだぜ? それに気持ち悪いときたもんだ。軽いジャブだけでなく、左ストレートを叩き込まれ、KOさせられた気分だったな。

 むしろ春が来そうなのは野田の方だろう。良かったな、野田よ。リア充の仲間入りまでもう少しだぞ。


「そういや、八城とはどんな感じなんだよ」

「どんな感じも何も、いつも通りだよ」

「何、もう諦めたとかか?」

「まぁな。よく言うだろ? 諦めも肝心ってよ」

「そりゃそうだが。でも、ほんとにそれでいいのか?」

「いい悪いの話じゃないだろ。振られたってのは事実だし、これ以上何したって無駄だろ」

「まぁ秋本がそれでいいっていうなら、俺はこれ以上言わないよ」

「おう。そうしてくれ」


 そこで話を終わらせ、中断していた仕事を再開する。後2時間くらいで終わらせて帰りたい。そういや、今日は水原さんとご飯行く約束してたんだった。すっかり忘れてたわ。陽菜に今日はご飯いらないよっていうメールでも送っとくか。

 メールを送った後、今度こそ仕事を再開する。


「秋本さん、できました」


 数十分して、水原さんが作った書類を見せてくる。

 うーん、何だろう。文章が所々おかしいし、漢字ミスはいつもの事だし、全体的にあまりよろしくない。


「文章が所々おかしいのと、漢字ミス多すぎるから、直しておいて」

「……すみません! 早急に直します」


 書類を受け取った水原さんは自分の席に戻り、またカタカタと打ち直している。

 それを確認して、多分大丈夫だろうと思った俺は残りの仕事を片付けるため、手を動かす。といっても、後30分もあれば終わるんだがな。

 自分の仕事が終わり、水原さんを待つ事にした俺はグデーと、だらしない格好で座っている。


「す、すみません。私のせいで帰りが遅くなってしまって」


 水原さんが深々と頭を下げてきた。

 別に水原さんが気にすることでもないだろうに。


「いや、別に大丈夫だよ。そもそもそんな頭下げて謝るような事じゃないぞ?」

「わかりました。直ししてきたのでみてください!」

「おう。了解した」


 水原さんが作ってきた資料に目を通す。文章はよくなっているが、漢字のミスは何箇所か直っていないところがあったため、パソコンを起動させる。


「もしかして、またどこか直してないところがありましたか?」

「まぁな。といっても漢字ミスだし、俺が直しておくよ」

「すみません。直すこともできなくて」

「気にすんなって」


 俺は何箇所か直しして、完成させた。


「よし、これで今日の仕事も終わったし、昨日言ってたご飯、行くか?」

「はい! 行きましょう!」

「なら帰りの準備終わったら外集合な」

「はい!」


 水原さんは、さっきとはうって変わり、嬉しそうに帰りの準備をしだしている。それを確認してから、俺も帰りの準備をする。といっても、バックを待つだけでよかったから、一足先に外に出た。

 6月のため、日中は暖かかつたが、夜は少し肌寒く感じた。

 少しして水原さんがきたため、移動する。


「今日はどこに行くとかって決めてるの?」

「はい! レストランの予約とりました!」

「レストランか〜。もしかして高い?」

「ん〜。そんなに高くないところなので大丈夫ですよ!今回はちょっと個室のある所で食べたかったので」

「そ、そうか。でも、どんな所チョイスするのか楽しみだな」

「期待していてください!」

「そうだな。レストランなんてほとんど行かないから、楽しみだ」

「楽しみにしててください!」

「そうだな」


 その後は休みの日は何してるのか、など話しながら目的地の場所に向かった。

 目的地のレストランについたのはいいのだが、見るからに高そうなんだが。


「な、なぁ水原さん。ここって結構高いんじゃないのか?」

「そうでもないですよ? 2000円くらいですから」

「そうか。なら中に入るか」

「そうですね」


 俺たちは高そうなレストランの中に入った。

 レストランとしては普通くらいか。よかった〜。万単位だったらすぐ店出てたわ。5000円でも高いと思うのに、万単位だったら泡吹いて倒れそうだからな。


「まぁレストランでその値段なら安い方だな」

「はい! といってもいつもはファミレスとかの方がよく行くんですが、今日は個室で話ししたかったので」

「それで、話ってなんだ?」


 席について早々に俺は聞いた。個室じゃないと話せないような内容とはなんだろうか。


「その前に注文しちゃいましょう。話はその後です」

「お、おう。そうだな」


 お互い、メニューを決めて注文する。俺は無難にステーキにした。水原さんはパスタ系を注文しているみたいだった。

 ステーキとか、滅多に食べれるもんじゃないし、この値段なら今度陽菜も連れてきて一緒に食べようかな。

 そんな事を考えていると、注文した物が運ばれてきた。

 食べている最中も水原さんは楽しそうにしていないし、なんだかさっきまでの水原さんはどこにいったんだい、というくらい難しい顔をしていた。


「なぁ水原さん。個室じゃないとできない話ってなんなんだ?」

「……仕事についてです」

「……そうか」


 なんとなく察することがてきた。前に一度偶然その話になって相談された事があったから、今回もそうだろうとは思っていた。だが、あの時はファミレスだったのだが、なぜ今回は個室なのだろう。そこが胸につっかかる。


「……わたし、仕事辞めた方がいいんですかね? 何度言われてもミスはするし、直すのは遅いですし。それに直ってない時とか多々ありますし」


 やっぱその事だったか。今度はやめる、ね。まぁ確かに水原さんは要領はよくないし、何度言ってもミスが多い。でもまぁ、気にすることないのにな。


「俺の意見だが、聞くか?」

「……はい」

「まぁ確かに、客観的に見て、水原さんは仕事の要領は悪いし、何度言っても漢字ミスはするし、正直言って使えない」

「な、なら、やっぱりやめた方が……」

「まぁ俺から言わせて貰えば、でっ? だからどうした? って感じなんだよな」

「秋本さんも私のこと使えないって思ってるってことですよね?」

「一言もそんな事言ってないだろ。客観的に見てっていう話だよ。俺だって入りたては仕事できなかったし、要領も凄く悪かった。パソコンなんてクソくらえって思ってた時期もあったさ」

「そ、そうなんですか?」

「おう。だから俺は水原さんの事を使えないとか、邪魔とか一切思ってないから安心しろよ」

「ど、どうしてですか?」

「人は、ひとりひとり個性があるんだから、仕事できる人だっているし、勿論できない人だっている。そこをとやかく言っても意味ないだろ」

「……」


 俺の言葉を黙って聞いている水原さんは、俯いていた顔を上げて俺の方を見ている。

 心なしか泣きそうになっているようにも見える。


「要はできないなら、できないなりに頑張ってればいいんだよ。俺が怒る時はできないくせに、何も努力しない奴を見てる時くらいだ。その点、水原さんは頑張ってくれてるのは見ててもわかるしな」

「そ、そうですか」

「おう。だからまぁあれだ。俺は水原さんには辞めて欲しくないと思ってる。あくまで俺はだけどな。辞めるか辞めないかを決めるのは水原さんだが」

「わ、私は、これからも、秋本さんの元で頑張っていきます!」


 泣きながら言われたため、どうしたらいいか分からず、とりあえずオロオロしている。

 他の人から見たら俺、ダサくね?


「お、おう。これからも頑張ってくれ」

「は、はい。頑張ります!」


 涙を拭いて笑顔を見せた水原さんに、俺は目を奪われたのであった。





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